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第一章 なぜ私であるのか

もちろん男の友達ですから。さようなら

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 左掌の上に乗せた御守りは真新しくもその手触りになじみがあり、そこには何かしらの慰めを感じられそのまま右の懐へと入れた。

「私にだってそんな趣味はあるよ。まぁ今からだけどな」

 そうジーナが返すとキルシュは好奇心が満たされたように微笑んだ。

 休憩後一行は移動を続け夜の時刻にようやく麓の村に到着し朝を迎え予定通りに偵察が開始された。だがしかし……

「村民の目撃談では一週間前にそれらしき影を見たきりでその後は見てないとのことです」

 徹底的なまでなほど事務的にそう言いきった後にハイネは口を閉じて明後日の方向に目を向けた。何なんだろうかその態度は。

 これ以上先に進む前にここを中間地点として野営用のテントを隊員達が張っている最中であるために、こうして離れて二人きりで会議をしているのもなんだか座り心地が悪いうえに眼の前のハイネの不機嫌な態度にジーナは暗い気持ちになる。ハイネにはいつも心を乱されるとジーナは不快感を覚える。

「あのハイネさん?」

「なんでしょうか第二隊隊長さん。用が無いのなら私そろそろ行かないと」

「用があるから声を掛けたんだけど、あの、なにかありましたか?」 

「いいえ別に」

 あったからそうなんだろうと心中で溜息をつくと背後からテントを張る掛け声が聞こえてきた。

 あちらに混じりたいなぁ、思いっきりここではないところで息を吸い込みたいなぁとジーナは思った。ここの空気は澱み濁り、重い。

「指輪の件なんだけど」

「そういう話もありましたね」

「その話なんだけど持ってきたから渡そうかと」

「また? いまなんですか?」

 えっ? とジーナはハイネの冷たい横顔を見ながら首を捻った。今は駄目なのか? どういうことなのか?

「この前もそんなようなことを言って断ったけど、いつならいいのか?」

「それは自分で考えたらどうですか?」

「ならいまで」

「いま任務中じゃないですか。公私混同だと思いません?」

 なんて嫌な感じなのだろう……ジーナの頭は疲労感でいっぱいになった。単純にはいどうぞはいありがとうに何故ならないのだろうか。簡単な話をややこしくして愉快なのかな? それならまだ分かるのにハイネはちっとも楽しそうに見えない、その不可解さと不条理感。

「その態度……後悔していますよね。そんなものを買ったことに」

 ハイネはまだそっぽを向いたままそう言った。

「いいや、してはいないけど」

 半ば怒りを込めた意地になっているような声が出たせいかハイネの口元がいやな感じに歪んで見える。そこで何故嬉しがる?

「いいえしていますよ。いいんですよ無理をしなくて。返却したっていいんですからね。私はそんなものはいりませんから」

 と言うとハイネは立ち上がり呆然と座っているジーナを見下ろしながら告げる。

 冷たい表情とは逆にその茜色の瞳を震えさせながら。

「友達が待っていますからもう行きますね。もちろん男の友達ですから。さようなら」

 そう言いハイネは速足で去っていくのをジーナは無思考のまま背中をずっと目で追いかけていた。どこか腰が抜けたような感覚のもとで。

「隊長お茶だよ!」

 背後からキルシュの明るい声が聞こえたために現実に引き戻され、今のが夢か幻かどうか確かめたくキルシュの顔を見ると、内側からみなぎるなにかを押し殺している表情であった。絶対に見ていたな。なにを喜んでいるのやら。

「どこから見てた?」

「えっなんのこと! あたしわかんないなー」

 声の抑揚がおかしいし反応も早すぎる。目も泳ぎっぱなし。

「これ以上に無く白々しいな。もう全部見たこと前提で話すけど、どうしたんだろうなハイネさんは」

「そうだねぇ! あの子が隊長に対してあんな風に振る舞うだなんておかしいねぇ! 隊長はなにか心当たりでもあるのではないのかな? あると思うんだよなぁ」

 なんだその堅苦しい説明口調風はと思いながらジーナは懐から箱を取り出した。

「心当たりと言えばこれになるが、どうして拒否するのだろうか。押し問答の挙句の果てにはいりませんとか言い出すし」

 見るとキルシュの顔が緊張で引き締まっていた。何だその顔は? そっちに渡すものではないのだが。

「あの、隊長は、さっきハイネが言っていたようにお店に返却しようとか考えないのですか?あんな態度をとられたのに」

「考えてはいないけど、もしかして返した方が良いとか?」

 キルシュは小さな頭をちぎれんばかりに振った。

「ぜーんぜん、全然! そんなことないですってば。どうぞご大切にお持ちくださってくださいね。それでそれでですね、もしハイネに愛想が尽きてしまったとしても、そう何事も早まらずにですね慌てずヤケにならず慎重にお願いしますよ。判断が速すぎてはいけないさ」

「あっうん、そこは大丈夫だ。それにしてもあの態度はなんだろう? どうしてあんなに無理しているんだろうな?」

 慌てふためいていたキルシュの動きがピタリと止まりそして不思議そうにジーナを見始めた。

「そう見えた?」

「私には見えたな。だって眼が泣きそうに見えてね。なにか事情があるんだろうが、言ってくれればいいのに。私は他人の心は分かりにくいうえに女の心となったらもうお手上げなんだからさ」

「いえそんなことありませんって。隊長ぐらいなら今ので十分ですよ」

「ぐらいは気になるが、珍しい言葉を貰ったもんだ。龍の館で鍛え上げられたからかな」

「それでも酷いですけどさ。見るに忍びないレベルがやっとなんとか見られるレベルになった程度ってやつで」

 苦笑いとため息をつきながらジーナは立ち上がりテントの方へ歩いて行くとキルシュが思い出したように言葉をつけくわえてきた。

「あのね、ちなみにハイネの男友達といっても彼女のは本当の友達ですからね。それ以外の関係ではないですよ。妙な想像力を働かせなくていいさ、安心して隊長」

「友達で無い友達ってなんだ? それは友達ではないだろうが」

「まぁまぁまぁそう言うけど、世の中には男友達を違う関係だと勘違いして拗らせる人もいるよね、ほら女友達というとなんというか、その」

「そう分類するとハイネさんは女友達になるのかな?」

「むっ難しいところだけど、とりあえずそういうことなので変に勘ぐらないようにしてね! あたしが彼女に頑張って宥めたりしていますから」

「それはありがたいな。感謝する」

「いいえいいえ。あたしとあの子の仲だもん。それぐらい容易いし、それにたまには苦い目に会った方が彼女の為だもんね」

 それはどういうことだと疑問を抱きながらもジーナは手を振りその場でキルシュと別れるとテントはもう出来上がっており皆は休憩に入っていた。

……早く出発をしなければ、とジーナは思った。
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