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悔し涙の忍者 (シノブ51)

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 アカイが裏切った、とシノブは大木の上から駐屯所の様子を見ながらそう結論付けた。捜さないでと置手紙で伝えたのに私を捜して捕まえようとしている。

 最低だとシノブは怒りとイラつきで目が眩みそうである。あいつはどこからどこまで……はじめから? いいやそんなことは有り得ない。アカイはそういう男ではない。金や物といったものでは動かない。動くとしたらそれはただ私への欲望でだけ。
 
 だからあの様子はそうだ、自分のことについて話し合っている。一緒に捕獲を頼んでいるはず。そしてアカイは承諾している。何故ならあいつは説明を受け知ってしまったはずだからだ。私の王子への想いを、王妃候補受験の件を、それによってあいつは私のことを幻滅して……

「別にいいんだけどさ」

 シノブは思わず口にすると手で口を覆った。私にあるまじき失態! 聞こえたらどうする! よほどこのことで心をかき乱しているとでもいうのか? たかがあんなダサい中年のおっさんの挙動に、いちいちイラついていたら心が持たない。しかしどうしてこんな気持ちになるんだ。

「いやそれは違うな。これは今まで散々あいつに苦労させられたことによる爆発だ。一緒にいる頃はそんなことは考えてはいけないと、自制心が働き我慢に我慢を重ねて蓋をしてしっかりと締めていたが、こうして解放されてみると蓋はゆるゆるがたがたとなり、不満が弾け飛びこうして口から出ているだけなんだ。だから口から愚痴がこぼれるのはしかたがないが、止めろシノブ」

 小声での早口を言い終えるとシノブは深呼吸をする。それから王子のことを思った。我が心の中の王子……なんという美しさに神々しさ。

「まさにアカイとは月とすっぽん」

 比較対象にもならないなとアカイに対して鼻で笑うとシノブは心を落ち着けた。もう、許さない。

「私が王妃になったら国外追放にしてやる。待てよ牢獄に入れてやろうか。私を裏切った報いを散々後悔させてやろう。まぁあいつ的には私が王子と仲睦まじく幸せになっているのが一番の拷問だろうな。私が幸せになればなるほどにアカイは苦しむ。一石二鳥にも程があるわね。ああ楽しみ」

 更にシノブはアカイの頭頂部に注目するとやや薄くなっており鼻で溜息をついた。

「あんたみたいのに好かれるとか、ゾッとするわね。私に好意を向けるのならせめて王子の半分、もしくは一割程度の美しさや魂の輝きを持って来なさいよ。全く以て度し難いほどの図々しさ、ああこうやって別れられて清々した。私でなかったら下らない情に流されて取り返しのつかないことになったでしょうね。そういった意味でも私は国の女を護ったわけよ。さすがは次期王妃、身を挺して国民を守ったうえに本人も無事。流石という他ないわ。はやく牢獄にぶち込まないと……本当に許せない」

 また怒りによって涙が出てきそうなのを堪えながらシノブは会話を想像した。読唇術を有しているものの角度からして不明瞭で断片的にしか分からない。しかしながら会話の内容は、分かる。私のことでありそしてアカイの目的は一つしかない。あいつは、ひとつのことにしか興味がない。

「どうせ協力した暁には私と結婚したいとか兄さんに言っているんでしょ? 万が一そうなったら舌を噛み切って死んでやる。まぁ兄さんとカオリさんは私を捕えるのが第一だからこの申し出に乗るでしょうね。そうよ、そもそもあいつは私の旅には何の関係はないんだ。ひょんなことから出会って私が若くて可愛くて一人だから、俺でもイケるとかほんとうに気持ちの悪い妄想にとりつかれて私の後を付いてきただけなんだよ。私はその欲望を利用して荷物を持たせただけ。馬みたいなもんだ。荷物を背負わせ人参をぶら下げて歩かせていただけ。その人参である私を違う方法で手に入れようとしているだけ、なんだっていいのよあいつは」

 言えばいう程にシノブの頬には生温い涙が通っていくのを感じた。

「最低……どこまでも人をコケにして。そういうやつだとは知っていたけど有り得ない……」

 情状酌量の余地なく執行猶予も無しで即座に死刑だな、とシノブは思う。あるいはこの混乱に乗じてやってしまうか、または遭遇して殺してしまうか。

「でもアカイは私に反撃するわけがないから簡単にやれちゃうなぁ。それは駄目なんだよ。しっかりと後悔させないと。自分がいかに愚かで残酷なことをしたんだということを、骨の髄まで反省させないとつまらない。だから奇襲で殺すのは駄目だな。楽になんかさせない。というかアカイの魔力って妙に高いから戦闘になったら面倒だし。まぁアカイが私に攻撃するはずがないからそこは心配しなくていいんだけど。追跡者としてのあいつの能力は高いはずがないからそこも気にしなくていいか。というか私はなんでアカイのことを信用しているんだろ。あの裏切り者は私を攻撃するに決まっているし、力づくでものにしようとして……でもいままでいくらでもチャンスがあったからなぁ……あっ!」

 シノブが思考を延々とグルグルさせていると、アカイやスレイヤーが動き出している。その話しているアカイの唇を見つめた。だから何を言っているのかすぐに分かった。そのうえシノブはアカイの心も簡単に分かっている、とある意味で思い込んでいた。

「じゃあ俺は城へと行かせてもらう。そこでシノブを止める」
「ふざけないでよ」

 シノブは手に持っていたクナイをアカイに向かって投げた。
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