わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

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俺のこと、好き? (アカイ34)

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 なぜそれを!

「なぜそれを!」
 俺の心の声が口からそのまま大きく出るもシノブは平然としながら言った。

「あんなに大声でやり取りしていたら普通に起きるよ。もっとも薬の影響で意識朦朧としていたせいで、話の内容は全然頭に入ってこなかったしすぐにも起き上がれなかったけどね。でも、あれでしょ? アカイがカオリさんの罠にかかったといったところでしょ? それだけはすぐに雰囲気でわかった。どうせそうなると思っていたけどさ。いまのアカイの反応で確定となったし。まぁその怒鳴り合っている隙に縄を外して懐から爆弾を準備できたから結果的に良かったんだけどさ」

 淡々と感情がこもっていない言葉で話すシノブを見ながら聞きながら俺は恥ずかしさを感じつつ同時にこうも思う。うん? ずいぶんと普通に言うのだな、と。ここは嫉妬を起こすところとかではないのか? ほら、私以外の女と仲良くして気にくわないとか。よくあるだろ? ラブコメものではさ。男女のものではさ。

 そういう、こう人間的なものが起こるはずでは?

 だってほら、話を聞いて俺が籠絡寸前で大変なことになっていたことを承知済みなら、自分達の関係の危機だったということじゃないか。つまりは俺が寝取られそうになったということだ。これが逆ならどうだ? そうなったら俺はもう烈火のごとく怒りまくってさっきのように命を燃やしながら戦うだろう。もしもシノブが若いイケメンに誘惑されてセックス寸前までいったのなら、俺はその若いイケメンをぶっ倒しそのあとシノブに嫌味の一つぐらい言ってしまう。

 堪えてはいるものの、それでも一つぐらいは言うのだ。思わず言ってしまうのだ。そうでなければ愛しているとは言えない気もする。もちろん言わない方が良いかもしれないが、俺はそんなことは多分できない。愛しているぶん感情的になるのもやむをないのでは?

 ではさっきのシノブのはその嫌味に入るかな? 微妙だが入らない気がする。あれはまるであんたはハニトラに引っ掛って当然なのは分かっているからそんな大口を叩かないで、とも聞こえる。

 これには愛が微塵たりとも感じられない。感じ取るのは軽蔑と諦念の混じった感情……俺がいつも他人から感じさせられている感情……特に出会った女そのすべてから貰う感情である。俺はそういうのに詳しいのである。そんなのしか貰ったことが無いからね。俺の屈辱の暗黒コレクションを見るかい?

 女といえばそれであり、思い出すだけでもムカついてくる。それはまるで鼻先にぶつかったサッカーボールの衝撃と鼻血独特の鉄の味。これはまるでバスケットで突然のパスボールを指先に当てたときの取り返しのつかない鋭い痛み。そうこれはまるで学校の廊下ですれ違いざまの女子二人組のクスクスひそひそを背中で感じる妙な辛さや哀しみ。走馬灯の如く思い出される俺の痛みのそれぞれ、みんな似ていて、みんな俺の青春そのもの。

 こんな感傷を呼び起こされるということは、つまりはすると俺は……騙されている? そうだスレイヤーが繰り返し述べる虚言や大袈裟な言葉は実は本当でカオルの言葉もそのまんま真実だったら。俺の全ての宣言や感情は要するに俺の痛々しい独り相撲で勘違いだったら。いや俺は弁えている。単純に今はまだそんな段階ではない。

 それだけ……でもさぁ、でもでもでもでもでもでもだ、そろそろそんな段階じゃないの? 結構な期間旅をしたんだからさ。でもお前さぁ、考えてみるまでもなくさっきのあれは酷かったな。かなり、最低だよな? シノブとの誘惑に負けないでねという約束を破ったよな? おっぱいに全力で誑かされてシノブを売ろうとしていたよね?

 いや、たしかに、破ったのは俺だけど、そこは、この際は脇に置いといて、いま考えるべきことはそれではない。嘘! お前そこ脇に置くの? 部屋の真ん中に置くべきものじゃないのかよ! いっいやいいんだよ、こんなのどうでもいいの! 大事なことはシノブが俺に対してどんな感情を抱いているかだ。よって俺のことはどうだっていいんだ!

 女の子のほうを優先しないといけないのは間違いのないことだろ? 違うか? そうだろ? じゃあそういうことだ! 俺はいつでもすぐにシノブを愛せるしその全てを受け入れる覚悟がある。たとえカオルに誘惑され陥落寸前だったあの時だって結局は最終的にシノブを選んだのだ。だから厳密には浮気ではないし裏切ってもいない。俺にはやましいところは何も無いのだ。

 ただカオルの巨乳を堪能しただけであり、むしろ勝利と言ってもよい。損をしたのはカオルであり得をしたのはこの俺。勝敗は明白である。男は最後の最後で勝てばよい。あとは全部負けても良いんだ。生き残りその場で立ち上がることが大事。ここに俺はいる。よって俺は勝ったんだぞ、とは堂々とは言えないか。

 俺にだってそのことぐらいは分かる。おっぱいの話なんてできはしない。だってシノブとカオルのものとは全然に違うのだから。もとから女に対してそんな話はできないが将来嫁になる女に対してはなおできない。いやらしいおっさんだと思われたら困るからだ。もう見られている可能性はあるが、より思われたくはないのだ。

 下がり続けており、これ以上俺の評価を下げるわけにはいかないんだよ! 話を戻そう。大事なことは、確認をすること。何を確認する? 決まっている。シノブの心をだ。ああ……俺のこと好き? なんて尋ねられたらどれだけラクか! どれだけ恋愛ものの創作が減ることだろうか。あらゆる全てはこの質問ができないというか憚られるからであろう。それはあまりにも失礼であるとそれぐらい俺にだって分かる。ええ、好きよ、と返したら一件落着……なわけでは、ない! それは演技かもしれないしほぼ百パー演技だ。

 なぜなら眼前の当人に向かって嫌いというか興味がありませんね、とか返す女などまずいないだろう。男からどんな反撃を喰らうか分からぬからである。とりあえず曖昧な笑みといった好意的な返しを反射的にするのは明らかなのだ。そうであるからこんな質問はしてはならない。帰宅後にあなたのお付き合いは考え直させてくださいとかお祈りメールが来るかそもそもそんな連絡もなくブロックボタンで一発退場だ。

 どちらも不幸になるどころから真実にも辿り着けないのであるからだ。俺が求めているのはそういった社交的なとりあえずなものなんかじゃない。求めているのは真心、しかも冷たいのではなく温かいほうのものである。世の中がどんだけ寒くてもいいから俺の懐にはその温い真心があって欲しいだけなのだ。

 よって俺が行う確認行動は単刀直入のではなく婉曲かつ遠回りであるものの真実に辿り着きそうなコースによるものでなければならない。要は急がば回れ、ゆっくりと急げ、遠回りこそが近道だった、と物事の真実とは徒歩による長旅によって到達できるのだ。だからシノブの心を揺さぶって本音を引き出したい。男が知りたいのは女の裸もそうだがもっと知りたいのはその心なのである。

 愛に繋がる心とは、そう、嫉妬である。焼き餅である。血肉の通った心である。それならちょっと熱くて痛くてもこそばゆいというもの。むしろ快感であり、俺が求めているに他ならぬ。もしかしたらシノブは焼き餅すら焼かないかもしれない……そうしたらどうする、どうする、それはおしまいの確認となってしまう……だがそれでもしかし、俺は確かめたい。勇気をもって試し行動をして確認したい。

 俺は俺の心に湧いてしまったシノブへの疑惑を解消しシノブの無罪を証明したい。たとえそれがどのような望まぬ真実が待ち受けるとしてもだ。だからシノブよ決して悪く違わないでくれ。これは俺の君への愛ゆえの行動だ。愛さなかったら疑わないし悩まないし試さない。そうでないと信じたいからの行動だと分かってくれ、そして、正しく回答して俺を安心させてくれ。それは結局のところ俺達の関係のためになるんだからさ! よって悪くない、シノブの態度が悪いんだ! 俺をすこしでも愛しているなら焼き餅のひとつでも妬いとくれ、俺に食わしてくれ!


 アカイはしばし長考し、それから一つ咳払いをしたのちに裏声混じりな声で言った。
「カッカオルさんってすごい美人だったなぁ」
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