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うそつけ (アカイ31)

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  言わされた? とかなんて思わずに俺の全神経は背中のカオルという存在に注がれている。俺は、言いなりなのだ。いいや言いなりにさせてくれ。俺をその柔らかなもので優しく包み込んで支配してくれ。優しく殺してくれ。来たれ甘美なる死よ。

「そうしたら……二人で旅ができますね」
「カオルさんと?」
「いいえ」
「えっだれと?」
「カオルって呼んで」
「カオル」
「はい、私とです。こちらはまだ怖い男が追いかけてきますからね。私を護ってください、あ・な・た」

 あなた! 声が脳天に響いて弾け全身が痺れだしそれから気持ち良くて全身がグニャグニャに溶解してしまいそうである。俺、メルトダウン。甘ったるく染み込んでくる淫奔な響き……しかもそれが離婚ほやほやの元人妻の口から放たれれば、すなわちたちまちにして骨をも溶かす劇物だといっても過言ではない。法律で禁止しないといけない! 政治家だって俺のこの提案に同意するだろう。だが法案は反対多数で採択されないだろうなぁ。よって俺は骨抜き寸前となってしまった。骨なしチキン野郎というわけだ。しゃぶってどうぞ。

「あっごめんなさい。つい以前の癖が出てしまって」
「きゃまいわせん……ぼかぁまったくもってきゃまいませんです」
 快楽に舌がもつれ思考も止まる。思うことはただ一つ、ずっとこの時が続けばいいということ。時間よ止れ、俺はいま最高に気持ちが良い。それを可能にする方法がシノブを親元に帰すこと。さすれば俺はこの女とデキるということ。そうだとも客観的に考えればバツイチ女と中年男の組み合わせはごく自然である。俺の子を産んでくれるのなら子連れでも全然OKさ! と常々思っていたりもしている。正直ちょっと辛いとも思うがそこは俺だ。妥協できる。もっと正直に言うといない方が、いい。しかしだしかし、その点ではカオルは満点なのである。子供のいないバツイチ、理想にも程がある。まったくもって弁えていない。

「じゃあ同意してくれますね? 二人きりの旅行を」
 もはやハネムーン……夢にまで見た新婚旅行ができるというのか。アカイは涙が込み上がってくる

「はひ……二人で行こう」
「部屋代も浮きますね」
 囁きごとに心臓の鼓動が激しくなって痛いぐらいだ。刺激が強すぎる、もし今夜このまま進展してしまったら死んでしまうかもしれない。童貞で腹上死ってあるんかな? ありそうだ。マジで過呼吸の可能性すらあってしまう。ああ意識が遠ざかる。陶酔やら酩酊やら快楽やらで心も体も曖昧模糊となりドロドロになっているその耳に、もうひと囁きが吹き掛けられる。息が刺さって気持ちが良い。

「布団に入りましょうか」
「入りましゅうう」
 もう俺は滅茶苦茶にされてしまうのだ。熟練の人妻テクニックによって生まれ変わらせらせるのだ。童貞から男へ。おおどうか俺を男に、大人に、お前の夫に、あなたの僕にしておくれ。無意味にただただ生きていたこの俺にこの人生の意味を与えてやってくれ。獣のような喘ぎ声ではこの童貞を卒業するわけだが……いや待て隣の部屋には。

「シノブが……」
「うん? シノブちゃんならいま眠っているけど」
 意識がここで、返ってくる。なんだって? シノブが、寝ている?

「寝ている?」
「ええ寝ているわよ。今日は疲れたからってお先にお休みなさいをしているの」
 俺より先に寝る? そんなことをしないのシノブなのに? しかも同室には忍者だと疑っている相手がいるのに、先に寝る? それは違う。この状況でシノブが眠るはずがない。有り得ない。彼女はそういう人ではない。もしも寝ているのだとしたらそれは

「眠ら、された」
 呟くと背後のカオルの身体が反応した。緊張と冷たさが背筋を走り俺は机の上のグラスを見た。カオルのグラスの酒はまるで減っていない。

「眠り、薬」
 またひとつ、反応。それから肩に添えられていた手が前にアカイの首に掛かり、それから腕が巻きついてきた。

「ねぇあなた……眠くはならないのですか?」
「あまり、ならない」
「不思議ですね……もう熟睡していてもあまりおかしくはないのですが。私はあまり力づくというのも好きじゃないのですけど」
「たぶん……シノブの薬を毎日飲んでいて耐性がついて……」
「ああそっかそっか。シノブちゃんの眠り薬を服用していたのね。そりゃ効き目が薄れるわけだわ。残念だけどアカイさんは一人でおねんねしましょうね」
 腕に力が入り出し俺の息がますます苦しくなる。

「おっうぐ! お前は忍者……俺は初めからずっと……見抜いていたぞ」
「うそつけ」
 腕に力が掛かる。その鍛錬を重ねた背筋によるチョークスリーパーは掛けられたらもうおしまい!

「意識的に落させてもらいます。気付かなければよかったのに。そうしたら極楽な気分で明日を迎えられたのにね、可哀想」
「可哀想、がるな」
 抵抗する力すら起こらぬ意識のなかで俺は抗った。

「俺はシノブと旅をするんだ。全然可哀想じゃない」
「それは無理なご相談。シノブちゃんは実家に帰ります」
「帰らせない。帰るとしたら俺の家……俺の嫁となるんだ」
「なに言ってんだ」
 もっと力が掛かりアカイはもうまともな言葉が出ない。出るのは微かな呼吸音と呻き声。

「もう少しでスレイヤーが来るからシノブちゃんはこれで回収ってことよ。まぁよかったわ。可愛い義妹があなたみたいな男の元から救出できて」
「い、も……と?」
 甘美な響きに反応し俺が呟くとカオルは答えた。

「私はスレイヤーの婚約者なの。だからシノブちゃんは義理の妹になるわけよ」
 スレイヤー! その名前を聞くと俺の心は熱くなり遠ざかりゆく意識が近くへここにはっきりと戻ってくる。このおっぱいはスレイヤーの嫁! 俺は歯を硬く食いしばる。あの美少女はスレイヤーの妹! 俺の目を見開かれる。こんな最高の嫁がいるうえに妹を俺の未来の嫁をよその男に与えようとするとはお前は、なんなのか! しかも俺を嘲笑うために自慢するために絶望させるためにこんなことをしてくるだなんてぇ! 俺に何の恨みがある! 俺の心を破滅させようとするその所業は人か悪魔かそれとも魔王か!? お前みたいな悪党を俺は見たことが無い! お前の血は何色だああああ!




「えっ! なにこれ! 熱い」
 突如として燃え上がりだしたアカイの身体に耐えられなくなったカオリは身体から離れると、アカイは勢いよく立ち上がった。事態が把握できないながらもカオリは身構える。なんだこの男は。急に熱くなって。これがあの人の言っていた魔力とでも?

「……スレイヤー」
 だがアカイは背後のカオリに振り向きもせずに呟くとそれから叫んだ。

「スレイヤああああ!!」
 突如として炎の塊となったアカイは駆け出し、部屋を出てシノブの部屋の扉を蹴破ると果たしてそこには黒装束の男がいた。

「アカイ!」
「きぇえええええスレイヤー覚悟!」
 雄叫びを上げながらアカイは掌から炎の槍を作り出しスレイヤーに向かって投げつける。

「俺の炎を喰らえ!」
 炎の槍は一直線にスレイヤーを目指して飛んで行く。

「なっ! みっ水鏡!」
 反射的にスレイヤーは手から水術を発動させ水の盾を作りだしアカイの炎を受け止め、それから砕け散った。炎も水も消滅する相殺。すなわち両者の力は拮抗し互角。

「うっ嘘でしょ! あの人の術を砕くだなんて」
 追ってきたカオリが驚きの声をあげるとスレイヤーは言った。

「だから言っただろカオリ。この男は侮ってはいけないって。強敵だと」
「ううん。滅茶苦茶に雑魚かったよ」
 カオリは言下に否定した。
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