わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

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スレイヤーとちょっと濃い目な許嫁 (シノブ42)

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「どうすればいいんだ……」
 スレイヤーは先回りして入った次の町の宿で酒を飲みながら項垂れている。彼は悩んでいた。妹の罪と現在進行形の悪事について。親族による妃候補者の暗殺未遂……大問題であり公職追放の憂き目となっても致し方がない事態。しかし王子からはそのことに関してなんの音沙汰もないこともまたスレイヤーを悩ませた。

「最終妃候補者のその背景は公表されないというが、それでも王子はお気づきだろう。もしかして妹を身内で処理できたら表沙汰にしないでおこうという、そういったメッセージか? それなら無論のこと、この俺がこの手で捕えるのだが、しかし」
 頭に浮かぶのはあの炎であった。アカイの火。まさかあれほどの術師とは……意外であった。酒場で会った際はスレイヤーはアカイを憐れんでいた。若い女に騙され利用されている中年男。世間ではよくあることだ。

 しかし話すうちにスレイヤーは自分の心に違う感情が芽生えだしてくるのが分かった。アカイは本物である可能性が高い、と。その語り口その意志その魂。全てが輝きひとつの高貴さの完成体ともいえた。この男はいかなる愚行に突き進んだとしても己を貫き通すことができるもの……まさに男であると。正体がまだ分からないなかで抱いたその予感はあの宿でもって的中した。例の炎である。

 シノブの嘘と挑発によって発動した凄まじい魔術。シノブは嘘偽りの塊であるがアカイのは真情からなる純心そのもの。あれを喰らったら自分とて無事では済まないものがあったろう。それにしても妹はなんということをしているのだ……そんな男を己の私利私欲による邪悪な欲望のために誑かし利用しきっているなんて! 恥の上塗りである! アカイを殺害することは倫理に悖る大問題。上手い具合にアカイに真実を告げて目覚めさせねばなるまい。

 そうでなければ彼は命を賭けて戦いそして降伏などせずに死んでしまうだろう。あれほどの男をあんな低俗で邪な欲望の犠牲者にはさせたくはない。彼は被害者なのだ。しかしシノブだけを単体で補導してもアカイとの死闘が間違いなく待っている。その結果は自分自身も無事では済まず被害は広がり下手をしたら里は灰燼と化し全てを失ってしまう可能性だってある。ああどうすればいいんだ。

「何をそんなに悩んでいるの? こんな話は簡単じゃないの」
 スレイヤーが顔を上げると顔は見えないが声でカオリだと分かった。彼は顔を覆う下乳に向かって答えた。
「簡単じゃないから悩んでいるんだぞ」
「簡単だってば。要するにそのオッサンをシノブちゃんから離せばいいんでしょ?」
「それが難しいんだよ」

 下乳の陰から顔をあげるとその持ち主である彫りが深くちょっと濃い目な顔をした女がいる。スレイヤーの部下であり許嫁でもあるカオリがそこにいた。否応なく目に入るのがその胸。

「つまりそういうことよ。男ってのは結局そういうことだからね」
 なにがそういうことなのか聞かずにスレイヤーは鼻で笑った。
「胸がでかいからってえばってやがる」
「自慢の得物ですからね」
 と揺らしながらカオリは鼻で笑いながら背中を向けた。

「とりあえず私が行くよ。兎にも角にもそのアカイって奴をシノブちゃんから無理なく引き離せば万事OKということでしょ。本当に簡単そうな件ね。傍から悩んでいるのを見ると馬鹿馬鹿しくなるよ」
「甘く見るなよカオリ。アカイはそんな罠に容易く引っ掛る男ではないんだからな」
「そうかしら? 過大評価し過ぎよ。要するにそいつって若い女に熱を上げてるだけの馬鹿な男でしょ? なにが脅威なんだか。その癖あなたはシノブちゃんは過小評価して可哀想よあの子」
「お前が甘やかすからあいつがつけ上がる。それに待て。お前はシノブを手助けする可能性がある。行かせるわけには」

 背中を向けていたカオリは着物をパッと脱ぎ鍛え上げられた背筋をスレイヤーに晒した。スレイヤーは息を呑んだ。カオリは、胸よりも背中が良い、と。だから彼はカオリを嫁に出来るのである。

「馬鹿言わないでちょうだい。私がシノブちゃんの味方なのは当たり前でしょ? 義妹になるわけなんだし。私にとってのこの件はシノブちゃんに付き纏うそのオッサンを排除するってことよ。もちろんシノブちゃんは保護するわ。あの子に限って間違いはないけど万が一もあるし。間違ってもこのまま二人の旅を許可するわけがない。必ず私は二人の仲を切り裂く」
 鏡に向かいながらそう言うとカオリが素早く化粧をし着替え終わると振り返り、それを見たスレイヤーは唸った。知らない女がそこにいる。

「よく化けたもんだ……」
「お褒めに預かりまして恐縮です……」
 そこには伏し目がちで弱々しい薄幸系婦人がいた。柳の木と雨を連想させる不幸と溜息がよく似合う顔である。

「いつものお前とはまるで逆だな」
「当たり前でしょ。この場合は男の庇護欲を訴えるタイプにならなきゃね。ああいう男ってこういうのが好みなんだからさ。可哀想に欲情するのが男の愚かさってやつよ。じゃあ行ってくるわ。連絡をするから待っていてちょうだい」

 言いながらカオリは早歩きで部屋から出て行きスレイヤーは息を吐いた。カオリの変装術は里一であり、その変身は親しい仲であっても目の当たりにしなければまずわからないというレベルである。男ばかりではない、女であってもその変化は分からないという代物。たとえ天才のシノブであっても見破ることはできまい。

「だがしかしアカイはどうだ?」
 スレイヤーは思いそして考える。彼ならひょっとして見破るかもしれない。カオリの魅惑の技に抗い変装術に勝てるかもしれない。スレイヤーは自身の考えの奇妙さに戸惑う。どうしてそんなことを思うのか? そうなったら困るというのに俺は……見に行くべきか、いやカオリの言う通りにしてここで待つべきか、しかし……スレイヤーは迷いながらもう一杯酒を飲み干した。
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