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可能性という名の希望 (アカイ22)

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 シノブに色々と話しかけられてもいまの俺は生返事しかできなかった。これはあれに似ているなと俺は溜息をついた。すぐに分かった。この虚脱感に賢者的な意識。あれと一緒であるのだ。

 俺はがっかりした。こんなのは理想的な魔術の出し方ではない。いつもの習慣的なもので感動が無かった。終わった後こんな虚しい気分になるだなんて……その一方で隣にはしゃぎ気味なシノブがいた。喜んでくれている、嬉しい……気分にあまりなれない。
 
 どうしてだ。シノブが俺に期待をしてくれるなんてご褒美じゃないのか? 今までの俺ならカッコいい台詞の一つや二つシノブに贈っているというのに、どこかわずらわしい気分である。一人にして貰いたい気分……やっぱりあれだ。これはあれなんだ。人としたことがないがたぶんあれ。だからシノブの言葉をあまり聞きたくないということになってしまって……しかしあれだな、あれ……シノブは俺のことは好きなのかな? 

 アハハッウケる。いいや好きなはずがない。そうだ俺は、弁えている。そうだとも俺は大人として男として自分を客観視できる。できるんですよ。他の馬鹿なおっさん達とは違うんだ。

 弁えています。

 改めてそうだとも。こんな美少女が俺みたいなおっさんを好きになるわけがない。なるのがおかしい。シノブは頭がぱっぱらぱーな馬鹿でもなくおかしくないのでよってそういうことになる。この旅は俺が都合のいい存在だから同行させているのだろう。だからシノブには好きな男がいるし彼氏もいるしあるいはかつてはいたはず。俺ではない男に抱かれているしそれを望んでいるに決まっている。当たり前だ。

 若くて可愛い娘を世の中の男は放置しない。女の子はその寄って来る男の中で一番良いのを選ぶ。これが若い男女の普通なのだ。いまは連絡が取れない状態であるからそういったことをしていないまでで、できるようになったらするに決まっている。

 勘違いしないでほしいが別に俺はそのことについてとやかく言うことはない。突然朝になったら俺の目の前から消えていることも受け入れなければならない。まぁそんなのは慣れっこだからいいんだが。いきなり連絡が不能となり永遠のお別れになるなんて俺が何度やられてきたことか。別にどうでもいいんだけどね。せめて置き手紙ぐらいは欲しいぐらいだ。まっ当然だもの。例えれば十代後半の女子高生や女子大生が何の因果でこんなおっさんのことを好きになり結婚せないかんのか?

 世界に二人きりならともかく、そうでないのならそんなこと有り得ないだろ。そうなるって前世でなにか悪いことでもしたのかな? 例えば花魁で愚かなおぢたちの人生を破滅させたとかなら話は分かるけど。まぁ逆に考えろよ。俺以外の男でそんなこと考えている36歳のおっさんがいたらお前どう思う? 夢見てんじゃねぇよ馬鹿と言うだろ? 大人として男としてそんな愚かな男は世のため人のため成敗した方が良い。
 
 そうだというのに俺はいったい何を考えていたんだ? 炎を出せたときの感情もそうだ。俺以外の男とセックスするなんて許せないとか……お前は馬鹿か? 頭の老化現象が極まってんのか? あたまおかしいよこいつ。もう既にしているだろ。こんなに美人なら男がいくらでも寄ってくるし沢山誘われる。それなのに処女のはずがない。現実を見ろアカイ。それが女ってやつだ。お前を散々だまくらかしてきたものたちだ。若さと可愛さを振りまけば男はみんな私の言いなり! と勘違いしている存在がそれだ。若い女と中年男の関係なんてその最たるもので女はいくらでも調子に乗る。もうわかったはずだ。いいや違う。前から分かっていたことだ。この先この女について行ったところで良いことなんてないって。良いようにこき使われた挙句に「おじさんありがとさようなら」と捨て台詞だけ貰うだけだ。だがそれは気を遣っている方で大半は無言消失。だからもうここいらで……さようなら。

「そうよね。はじめてであんなに出したらね」
 シノブの言葉に俺の意識が戻った、というか下半身が大きく波うった。いま、なんて言った? なんて言ったの? りぴーとあふたーみ―? そうだこれはあれのことじゃなくて魔術のことだ。炎の魔術をはじめてあんなに出したら疲れたよね。こうだ、これ以外にない、それはこっちの耳と脳が桃色に腐乱しているからそう聞こえたに過ぎない。

 お堅いシノブが俺に対してそんなことを言うはずがない。落ち着け、落ち着け……しかしむしろ凄い天然ものを貰ってしまった。こんな綺麗で可愛い子からの不意討的なサプライズプレゼント……もしかしたらこの先こんな言葉を聞けるかもしれない。
 
 その可能性があるってことだ。そうだ! なに賢者になってんだ俺は! いまので目覚めただろ。幸せを噛みしめただろ。熱を感じただろ。ほらこの女とは可能性があるんだぞ可能性が。それはいくら否定を重ねても卑下しても微かな微粒子レベルの可能性までは消すことはできない。世界中の神羅万象に到るあらゆる全てが総動員を掛け俺の愚かさに対し戦いを挑み塵一つ残さず一切合切を否定しにかかっても決して消えないもの。それが可能性という名の希望だ。

 なんだ? お前は一人で安アパートに帰って可能性のない未来と自堕落な生活に戻りたいのか? マッチングアプリで虚無的にいいねを押したいのか? 好みの綺麗な女が俺以外の男とセックスしている動画を見て幸福を感じる生活がそんなにいいのか? 考えてみるとあれって覗き趣味に近いものがあるよな? あんまり健全じゃないよね。あと見過ぎると女優側に感情移入して自分が分からなくなるし。早くイケよこいつとか俺は誰の視点でそう思ってんだ?
 
 そうだあの頃のお前はいまよりも幸せか? そうじゃないだろ? 底のほうでだらっと寝そべる安定しきった失望だ。時ばかりがいたずらに失っていくだけの灰色の日々。明日とは今日よりも悪くなる日としか捉えられない。若さが傍にいない衰えていく未来しかないつまり老後ならぬ老前いや老中にいる。それよりもだったらいまは、そうだシノブに賭けた方が良い。ギャンブルと同じだがこうなったら馬鹿になる方が賢い場合もある。たとえシノブが非処女で恋人がいて好きな男がいる頭痛が発症する最低最悪なことを想定してもだ。

 だいたい他の男がいてもなんだ。俺がその男よりも上に立てばいいだけだろ? なんて簡単なんだ。俺の炎で焼き尽くせばいい。この炎はそのためにあるといっていいのであろうし、滅ぼしてやる。俺は魔王……じゃなくて救世主なんだからな!

「それとごめんなさい。私の兄が追手になってしまって」
 おっとシノブが違う話をしてきた。今の俺のベトベトした妄想に気付かれないように気をつけねば。紳士ならねばならぬ。

「いや、それはシノブが謝ることじゃないよ。でもそのあの……スレイヤーが言っていたあれはその」
 俺が騙されているやつだが、どう返せばいいのだろうか? 別に騙されているというかそれを承知で旅しているわけで。俺は弁えているんだ。シノブみたいな娘と一緒にいるのなら一つや二つの嘘ぐらい受け入れるべきだって。なんたって俺もシノブを騙して結婚しようとしているようなものなんだし。

「兄さんは使命を止めるために嘘を吐いているから気を付けてね。信じちゃ駄目よ」
 うん? そもそもスレイヤーは何を言っていたんだっけ? シノブの声に集中し過ぎてあいつの声は俺に届かなかったな。その嘘ってなんだ? 虚像のシノブってことか? 俺にとってのシノブは若くて美人で可愛くて賢いもちょっと性格が辛辣めな娘なんだが、これが嘘ってこと? よくわからないな……ババァでブスで可愛くなくて馬鹿で優しい娘なの? 明らかに違うよね?

「そうなの。私はあのまま兄さんに連れ戻されていたら里に帰ってそのまま無理矢理に結婚させられていたわ」
「むっ!」
 そうだ大事なのここであり、他のことはどうでもよいことだ。俺はシノブを窮地から救った。俺への評価も爆上がりで好意を抱いている可能性だって高いじゃないか。というか俺がシノブを諦めたらこの子は自動的に知らない男と子作りセックス婚をさせられる。俺じゃなくて違う男と……そんなのは人道に反するじゃなくて俺以外の男にそんなことはさせるものか。だって俺が運命の男に違いないんだからな! 世界の法則が乱れたら大変だろうが!

「今回の事件を勿怪の幸いに兄さんは私を里に戻して嫁入りさせるつもりだったの。それがあなたのおかげでそうはならなかった。ありがとうアカイ」
 これは告白! 心からの感謝、いや、そうじゃないそうじゃないんだシノブ!

「当然だよ」
 マジで特別なことじゃないんだ。俺の嫁になる女を他所へ嫁に出すことなんて許されることではない。未来の夫的に考えて! 見開かれ俺に見せてくれるシノブのその大きな瞳、なんて綺麗なんだ。俺の嫁はなんて滑らかな肌をしているんだ。俺のものになれ!

「君には世界を救う使命があるんだ。決してそんなことをしたら駄目だ」
 そう、世界を救った暁には俺と結ばれよう。それがこの世界に来た俺の目的であり使命でありそうであるからこそ救うに足る世界なのである。俺が破壊を求めぬ世界なのだ。

「でも一人じゃできない」
 えっなにその誘い文句。分かっていて言っているのかな? シノブは頭良いし俺を操る言葉の一つや二つ簡単に口から出せるよね? でもさっきの発言を考えると天然も少しあるのかもしれない。無自覚系で男を喜ばせるのが得意とか? なんて素晴らしい属性もちなんだ。増々好きになる。そうだこれに対する答えはたった一つ。

「俺がいるから大丈夫」
 決まったか? どうだ……なんて可愛らしい笑顔を! これだこれだよ。俺の言葉で俺の心で世界に影響を与えられる。そしてその世界とは男にとっては女も同義。俺はいま世界を女を言葉と心で以って影響を与え良い方向に動かすことが出来た。しかもそれが美少女ならまた格別な心地良さ。男とは、つまりはこういうことなのだ。

「ありがとうアカイ。そうよね。この先に兄さんが旅を邪魔にしてくるからアカイの力で追い払えば良いしね」
 そうだ頼ってくれ! と俺は反射的に立ち上がり窓から空を見上げた。風が吹き雲に隠れていた太陽が姿を現したのか陽射しが俺に降り注いできた。粛清の輝きでなくその光は祝福だと感じながら俺はそれを全身に浴びながら天に誓う。俺はシノブを必ず嫁にする、と。それからシノブの方に振り返ってガッツポーズと取った。

「俺に任せてくれ。俺達の行く道を遮るものは何人たりとも許さないからさ。必ず目的地に辿り着けるさ」
 俺の馬鹿さに照れているのかシノブは苦笑い気味に頷いたが、それが良かった。そう笑ってくれシノブ。君のために馬鹿になり奇行ばかりする俺を笑ってくれ。それはきっと俺を受け入れてくれている証でもあるのだから。
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