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喜びの忍者 (シノブ40)

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 嘘ッ! こいつ魔術を使用した! とシノブは驚愕の思いでその炎を見た。

 スレイヤーに向かうその炎弾。スレイヤーも驚きながらも反射的に両の掌に水を集めその一撃を受け止め、防いだ。スレイヤーは水術、水の扱うに長けた忍者であった。防いだにせよこの事態に呆然としてしまい、そのごたごたに乗じて影縛りが解けたシノブはアカイの元へと行き、傍らに立った。

「どうよ! これがアカイの力よ兄さん」
 なおも信じられないと言った顔をしているスレイヤーに対してシノブは思う。私も同じ顔をしたいけど、今はそれができないのがもどかしい! 私はもっともっと驚きたいのに既に知っている振りをしないといけないなんて!

「お分かりでしょうが、いまのは軽い牽制といったところね。ここは屋内だしこんなところで本気を出したら宿が燃えてしまうもの。そうしたら私の罪状に放火が追加され大騒ぎとなり、さすがにこれは内密に処理できなくなるわね」
 シノブの言葉にスレイヤーは睨み付けて来るも構わずに進める。この人の嫌がる言葉を。

「里へも伝わり兄さんの責任問題にも発展しちゃう。もっともこっちもそんなことは望んでいないからここはひとまず引いて貰えない? ほら私もいま体調がすこし良くなっているしやろうと思えばやれるけど、嫌だよね? 大ごとになったら困るのはそっちもだし」
 スレイヤーはなおも睨み付けるも瞬きをし今度はアカイの方に目を向けると眼差しが柔らかくなる。

「アカイ。単刀直入に言う。あなたは妹に騙されている」
「アカイ信じないで。私はあなたを騙してなんかいない」
 確かに騙してはいない。ただ言わないだけである。沈黙は罰せられない。でもあなただって聞いてこないのだから私は悪くないよね?

「分かっているよシノブ。俺は君だけを信じている」
 本当に信じている。この私が自分の妻になると信じて疑わない。なんでだろ? それってなんか根拠とかあるんですか? 私には根拠が薄いどころか皆無としか思えないのですが? エビデンスって言葉はご存じ? 誰も納得できないその妄想。思い込みが激しいとはいえふしぎなぐらい都合が良すぎる。あなたが頑張れば頑張るほどその可能性が失われるということを知らないとは、かわいそ。でもありがとうとシノブは心の中で思った。

「アカイ……妹には婚約者というかそのずっと」
「アカイ! 兄さんの言葉を聞かないで! あの人は私を里に戻らせて無理矢理婿を取らせようと必死なのよ!」
 この男は俺のシノブを他の男に差し出して子作りセックスをさせようとしている! 再びアカイの全身に炎が走る! そこは犯してはならない聖なる領域。怒りのボルテージが上がるアカイの耳にスレイヤーの言葉はもう届かない。

「妹は! シノブは! 王子と結婚したくてお前を利用しているに過ぎないんだ!」
「アカイ! 私を兄さんから守って!」
 同時に出された声はスレイヤーの方が大きい! しかしアカイの耳に届き脳に到達するのはただ愛するシノブの言葉のみ。それにしても、とアカイは怒りと喜びを矛盾なく同時に感じ満たされている。あの信じられないほどの多幸感を湧きださせる言葉。

 私を護って……男として魂の芯から言われたい女の言葉ランキングぶっちぎりの一位! それが若く綺麗な女、しかも愛する女、そのうえ嫁候補者からの求めの声であるのなら、しかも貞操の危機を救うためとならば、血が湧き立ち掌から炎が放たれても不思議でも何でもない、というよりもむしろ必然的な現象でどうして出ないのかと疑問すら生まれる。

「スレイヤーよ。これ以上シノブに近づくことはこの俺が許さない。もしも近づくのならこの身に代えてもお前を討つまでだ」
「アカイ……目を覚ますんだ。妹はあなたが思っているような女ではなく、そんなことをしてもあなたが傷つくだけなんだ」
「問答、不要! ただちに立ち去れ!」
「ぐっ!」

 スレイヤーはアカイの背後に立つシノブの顔を見た。得意気なニヤケ顔。なんて邪悪な妹だろうか。妖婦とはまさにこのことだろう。驚異的な身体能力と天才的な忍術を使うのは知っていたがまさかここまで誘惑術を使いこなせていたとは……里にいた頃はそういった術は自分にいらないと言っていたのにいつの間に……このアカイのような男をこうも簡単に操るとは。いやこういう男であるからこそ騙されてしまうのかもしれない。善意を信じて疑わない男であるからこそ悪い女に引っ掛ってしまうのだ。

 さて、どうする? とスレイヤーはまだ構えを解かない。酒場での観察ではアカイはかなり弱い。素人だろう。こちらが手加減をしないと死んでしまうかもしれないほどだ。しかし、彼の魔力は本物であるとスレイヤーは見立てた。その炎が何よりの証。シノブという魔女に誑かされてはいるものの単なる卑小なる魂ではここまで輝ける炎を身にまとえない。この男はこちらの出方次第で確実にその炎を撃ち放つ。間髪おかず後先を考えず。

 ここは退かざるを得ない。そうそれを知っているからこそシノブは余裕の笑みを向けているのだ。これは対策を打つ必要がある。加害者であるシノブをふん縛って被害者であるアカイを無傷のまま助け出す、そんな方法を。

「分かったこの場から俺が一旦は退く。後日改めて参らせてもらうがアカイよ。繰り返すがあなたを救いたいと思っている。シノブは俺の妹であると同時に魔女だからな」
「余計なお世話だ。俺こそがシノブを救うのだ」
「あなたという男は……」
「兄さん! 話が終わったのなら早く帰って!」

 スレイヤーはシノブに憎しみの一瞥を送ると素早く窓から飛び出していった。危機は、去ったのである。シノブは諸手を挙げてその場を軽く飛跳ねた。ざまぁみろ! 私の言葉を信じないからだ! 本当に兄さんって昔からそうなんだよね! あとで吠え面を掻くのはそっちなんだから!

「アカイすごいじゃない!まさかこんな魔力があるなんてさ」
 喜びながらシノブがその背を叩くと、大音響と共にアカイは倒れた。
「えっ? アカイ?」

 彼は気を失っていた。
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