わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

かみやなおあき

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ゴロツキに襲われる忍者 (シノブ17)

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 シノブは、追われている。男達に追われていた。悪い意味で……いや良い意味で追われるってないか。ゴロツキ達に普通に追われている。
「なっなんで? どうしてこんなことに?」


 シノブが大臣の別荘を出発してから半日あまりでようやく近くの町に辿り着いていた。シノブは感涙にむせび泣きそうである。やっとここまで来れた、と。
 
 本来ならそこまで時間がかかるような距離ではない。以前の彼女なら文字通りひとっ跳びだ。しかしシノブにはもはや以前の脚力はない。筋力もなく大きな荷物を持っているために老人や病人とあまり変わらない歩みしかできないのだ。

 それにすごく疲れやすくしょっちゅう休まないと息が切れて心臓が痛くなる。こんなことは今まで無かったとシノブは悔し涙も流す。自分の無茶のせいとは分かっていながらも腹が立って仕方がない。なんで私はこんな目に合わないといけないんだ。

 おのれあの女! お前が王妃受験に不正合格したからだ! 今度は怒りによって涙が引いた。そうだこれが試練。私の愛の試練。この試練を乗り越えたら王妃になれる! そう考えるとシノブの気は楽になった。耐えられる耐えられる、私の未来は明るいのだから。

 というよりも王妃になれない未来が暗すぎるからシノブはそこを考えないようにした。あまりにも、危険すぎる思考実験であるからだ。シノブは気が楽になったため少しだけ早歩きとなり町の門をくぐりメインストリートを進むとやたらと視線を感じた。

 集中する男達の視線、ふふっとシノブは内心でせせら笑った。こんなのはいつものこと。こんな地方の町じゃ私みたいな美人は珍しいんでしょ、と。ほらほら声を潜めて私のことを話し合っている。馬鹿な男達。私はあんたたちなんか相手にしませんよ。ここにいるのは未来の王妃、ええい頭が高いぞ! と内心でエラそうにしているがシノブは段々といつもの男の反応と違うような気がしてきた。
 
 会話の内容が、なにかおかしい。あれじゃね? 似ているなぁ。強そうに見えないけど……えっなになに? すげー美人とかめっちゃ可愛いとかそういう声があまり聞こえない、疑惑の声や値踏みの声、殺意すらそこにある。シノブは徐々に不安になり不図そこにあった店の壁に目をやると、自分がいた。

 正確には自分の絵であった。好みの絵柄でなかなか綺麗に描かれていて満足であったが、どこか険しめで怖くて不気味さがあると感じながら下を見ると添えられていた文章で全身が凍った。

 『王子暗殺未遂の逃亡犯。極めて粗暴で凶悪。生死を問わず。賞金は給与2年分』

 驚きのあまり脚が止まりそうだが歩みを止めてはならない、とシノブは悪寒に耐えながら進む。挙動不審になってはならない。町のゴロツキ=冒険者たちに、襲われてしまう。奴らは弱みを見せた相手に対しては圧倒的な暴力を躊躇なく行使できる人間のクズだからだ。

 シノブは速足で歩きながら考える。これはあの一族&あの女の手か! 兄弟が勘違いして私を見逃したから現地人に手を回した、これか。全身を纏うコートを着ていて良かったとシノブは思った。顔を覆って隠せばこの場は乗り切れるだろう、だが、とシノブは振り返らずに勘付いた。尾行、されている。二人、いや三人の視線を背中に感じる。金に餓えた獣の眼光が背中を熱く、いや冷たくさせる。

 走ったら怪しまれる、そもそも走れないからちょうどいいのか? 慌てずに歩くことができる。思考を混乱させながらもシノブは歩き続け、それからいきなり脇の路地へと入った。すると男達は走り出し脇の路地へと流れ込んでいった。その口々は罵声と怒号に溢れさせながら。
「おい待て」「どこ行った!」「あっちだ!」男達が駆け出し路地を通り抜けていくとゴミ箱が動き中からシノブが出てきた。

「うううくっさい……」
 コートから髪や顔が汚汁に塗れながらもシノブはホッとした。やっぱりそうだったんだと。咄嗟の判断でゴミ箱に入ったことは正解であった。臭くなったが仕方がない。

「けど、うう……弱くて臭い」
 より惨めになったなとシノブは思うものの更にコートにゴミをつけた。

「こうなったら汚れるだけ汚れてやる! 臭さは身を護る!」
 こうしてシノブは腐臭を身にまといメインストリートに戻った。人が、避けていく。眉をひそめ憐れみの眼差しを向けながらこちらを見て来る。かえって目立ったかなと思うも顔を伏せながら歩くと前方からさっきの一味がこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 シノブは三人の視線を感じるもそれはすぐに消えた。
「おいあれじゃね?」「馬鹿! あれは女乞食だろ。あんなに汚くて臭いわけないだろ!」
 シノブは屈辱に耐えながら三人が遠ざかっていく音を聞きながら安心した。

「今の私は本当の私じゃない。違う違う、いまはそう、我慢の時……耐える時」
 自分に言い聞かせながらシノブはようやく町の外に出ることができた。宿屋で休みたかったけどあそこにいることはできない。町はいまやゴロツキたちの巣窟。歩いたら襲われ座ったら襲われ寝たら襲われる修羅の園。遠ざかるしかない。

 今日は野宿か……と残念がっていると、気配を感じた。誰かがつけてきている、シノブは振り返らずに察する。もうここは町から外れた川沿いの野原であり自分の足ではこのまま逃げきることは不可能。ならば戦うか? 今の自分の力で? シノブは迷った、だがやらなければならない。

 助けに来てくれるものがいないこの状況。自分の力でやるしかない。一人で……戦うしかない。それは今も昔もこれから先も変わらないことだ。しばしシノブは思考し、それから振り返るとその男と目が合った。

 明らかにゴロツキだと分かるその見た目、敵だ。互いに決闘に合意したかのようにシノブは走るふりをすると男は駆けだしてきた。ここでシノブはコートのひもを解き、脱ぎ、背後に迫った男の頭にタイミングよく被せた。

 男は動揺の声をあげると同時にシノブは杖代わりにしていた棒で力いっぱいその頭に叩き付ける。渾身の一撃、男の悲鳴、転倒、容赦なく的確にその脳天に命中させもう一撃、更にもう一撃。本来ならもうここで倒れているはずである。元の自分の力だったら確実に気絶をしている! だが男は倒れない。呻き声をあげながら立ちあがろうとしている。

「死んで!」
 己の無力さに対する恐慌にも耐えながらシノブは祈るようにもう一撃叩き込もうとしたその瞬間、杖は空を斬り地面を叩き頬に衝撃が走った。

「このアマ! よくもやりやがったな」
 殴られたシノブは地に転がり男を見上げた。ゴロツキの瞳は怒りに燃え爛々と輝いている。

「殺してやる!」
 覆い被さってきた男に手を取られシノブは叫んだ。

「きやぁああああ」
「良い喘ぎ声だな! もっと鳴け!」
 新たに生まれた恐怖と共にこうなったらクナイでとシノブは懐からなんとか取り出そうとする。農具でもあるクナイでその腹を耕して種芋を植えてやる! 血と汚物に塗れる覚悟を決めると自分のではない大声がどこか上空から聞こえた。

「やめろー悪党!」
 突然誰かが現れた、とシノブは感じ驚いた。こんな野原に誰が? さっきまで誰もいなかったはずなのに。男とシノブは声の方向に目をやった。

「誰だ!」
「誰?」
 二人は同じ問いを発すると声の主は答えた。

「救世主だ!」
 なにそれ? シノブと男は同じ疑問を抱きながら近づいてくるそれを見ていた。赤い服装の男が近づいてくる。

「えっ? 王子……?」
 服はそうであった。王子の服を着た男がいる。だがそれは王子ではないとシノブはすぐに分かったが混乱した。本当に誰だこの人? シノブはまだ分からないが我々はよくよく知っている。

 この男は、あのアカイであると。
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