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哀れで運痴な娘 (シノブ14)

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 さてシノブとオオゼキ兄弟。この三人は混乱と謎で頭がいっぱいになりながらも、とりあえず用意されていた目的地である大臣の別荘へと到着する。

「ここを使っていいとのことだ」
「えっいいんですか? こんな良い部屋を借りちゃって」
 シノブの荷物を持ち部屋を案内をする兄弟。案内される忍者。お互いに不自然さが溢れるやり取り。

 なんで俺は普通にこんなことをしているんだなんで私は素直に案内をされているんだなという二つの同じ気持ち。一応使えるように用意はされていたがまさかこんなことになるとは……いやもう予定では戦いは終わっているはずなのに……私は早く馬車を奪って帰りたいのになんでこんな長期滞在時における注意点や別荘のことを詳しく聞いているのだろう? 狸と狐のばかしあいのようなお互いにその心境は分かっているなかで行われる欺瞞と茶番。猫を被り合っての虚しき茶番。

「兄貴、なんかおかしいな」
 案内を終えて自室に戻った兄弟二人は小声で相談し始める。相手は忍者、聞き耳を立てているかもしれぬ。

「弟よ、たしかにおかしいぜ。あの殺気を感じた瞬間に戦闘が始まり今頃は忍者を打倒し血塗れとなって俺達はここに帰って水浴びをしているはずなのに、これだ」
「あれかな? 調子が悪いのかな? あの場面でクナイを落すなんて凄腕忍者としちゃ有り得ないミスだ。見なかったことにしたかったレベルだよ」
「うむ。あるいは……演技か」

 演技! 弟は目を見開きそれから深々と頷いた。ならば納得。
「わざと弱いふりをして俺達の油断を誘い」
「それから悠々と俺達兄弟を暗殺する……これだな」
「それだよ兄貴。そうそう忍者は見抜いたんだぜ。俺達兄弟の連携技は強いってさ。だからあそこでは敢えて戦わずヘタレなふりをして油断させここで各個撃破していこうという策」
「うむ、さすがは忍者。完璧な作戦だな。ということはここで戦いが行われるということ。ならばあえて奴の策に乗ったふりをして攻撃を仕掛けさせる、でもいいな」

 兄弟は期待に胸を膨らませながらこれからの展開にワクワクし行動を開始している一方で当の本人である忍者は戸惑っている。
「術が……使えない」

 客室のベットの上でいくら術を使おうと気を練り呼吸を整えても一向にそれが発動されない。これはもしかして禁術の反動? 術の重ね掛け及び忍力の使い過ぎの反動。つまり肉体の死の代わりに忍者としての死が先にやってきてしまったのでは? そう思うとシノブの背筋に戦慄が走る。忍者として死?

 じゃあどうしたら王子を護れるというのか? 使命を果たせるというの? いやいやそうではない、とシノブは首を必死に振る。これは一時的なものである。永遠なはずがなくすぐに元通りになれる。考えてみれば呆然自失状態が禁術の反動だったとしたら今はこんなに良くなっている。つまりこれから少しずつ回復していく、はず。そうに決まっている。そうでなかったら……破滅だし。

 この先お城に帰るまでにはすっかり元通りになって……ならどうやって帰る? 考えるとシノブの背筋にまた冷たいものが走る。あの暗殺兄弟の太い腕をかいくぐって如何にして帰るか? そもそも考えてみればこの大臣の別荘って単純に私を監禁するためのものでは?
 
 しまった! 既に罠に嵌められた! 驚愕しながらシノブは窓を開ける。
 鍵などかかってはおらずこの季節らしい青く爽やかな風が入ってきた。二階だしこの高さならいけるな、出るか! とシノブはいつものように窓辺から跳ぼうとするとたちまちのうちに身体のバランスが崩れ地面が目に入り即座に脳裏にまたあれが浮かんだ。

 死、が。死ぬ、と。嘘! 身投げ!?

「助けてええええ!」
 重力に支配されし存在者は慈悲無く近づいてくる地面に向かって叫ぶと身体に衝撃が、だがそれは太い二本の腕によるもの。

「なにやってんだお前!」
 声は兄弟のものであった。兄弟は待ち構えていたのだ。窓から飛び出す忍者の登場を。だが出てきた……いや落ちてきたのは悲鳴と共に落ちて来る女のみ。しかも放心状態。

「いや……空を……跳ぼうと……」
 きれぎれな呟きを聞くと兄弟はまた目を見合わせた。これはどういうことなのかと。

「人は……空を飛べないんだよ」
 そう返すしかなく弟が言うと忍者は返す。
「でも……私は跳べるはずなんだ……」
 そう言ったきり気を失った忍者を兄は部屋へと運んで行きベットに寝かせた後に兄弟は自室に戻りまた話し合った。

「演技じゃ、ないよな」
「あれは本気だったな。演技する必要のないところで死に掛けていたから、本物だ」
「なんであんなことしたんだ?」
「そういえば従者の人が言っていたな。自殺に気を付けてと」
「まぁ表向きは王妃受験に落選し情緒不安定となり自殺の可能性があるので王子の別荘で療養をするという設定であったからな」
「もしかしてそれ、本当なんじゃね?」

 二人の間に沈黙が横断し去っていく。すると……するとどういうことだ?
「ここまでのところその設定で間違いはないな。まるで自分は忍者だと思い込んでいるようで」
「……思い込まされている?」
 兄が不意に呟くと同時に驚きが尻の下から爆発し二人は立ち上がり交わる目の光が一致する。そうだそれだ!

「偽忍者! あの娘は他の落選し気落ちしている王妃受験生の一人なのでは! つまり忍者だと思い込まされている!」
「これもまたいわゆる代わり身の術の応用! 本人は今頃悠々自適に城周辺をうろつき時を窺っている!」
「そうであるのならあの無様な動きや不可解な行動も全て説明がつく!」
「そうでないのなら何もかも説明不可能となる!」
「よってこの推論は、正しい! おのれ忍者! 恐ろしいやつ!」
「まさかこんな洗脳術まで身に着けているとは、それでこそマチョ姫を追い詰めた強敵よ!」
「そうと分かれば! 上京の準備だ弟よ!」
「あいよ兄貴! すぐさま出発しようぜ!」

 合理的かつ理性的に結論を下した二人は大急ぎで準備を始めた。
 ここにいるのは忍者によって忍者と思い込まされている哀れで運動音痴な娘。そうと判断して。
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