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藤田先生と千晴
【3】久しぶりのデート。
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15時の幼稚園バスのお迎えまで、あと5時間。
隣でハンドルに乗せる腕は逞しく、日に焼けている。
信号待ちになると、その手が、私の膝にあった手を包んだ。
「…………」
……あったかい。手のひら。
何か言おうとしたけど、先生の顔は向こうを向いてしまっていて、どんな表情をしているかわからないし、ここで無粋な発言をするのも気が引けた。
せっかくのふたりきりの時間。
先生は今、惺のママじゃない「私」として扱ってくれている。
青信号に変わると、するりと手が離れた。それを追いかけようとしたけれど、また自分の手を膝の上に戻す。
そして、過ぎゆく風景を見て、先生が向かっている場所がなんとなく思い当たる。
「哲さん……」
「何だ?」
優しく低く響く声。
「この道って……翠学園?」
そこの筋を曲がれば碧の家だし、そこから少し行けば公園があるはずだ。
そして、道沿いに翠学園高校がある。
先生は「よくわかったな」とにこりと笑う。
私にとっての翠学園は懐かしい母校だけど、先生にとって、けしていい思い出ばかりじゃないはず……。
現に、私と先生が再会してから、翠学園に立ち寄ることは皆無で、もう、二度と近寄ることのない場所だと思っていた。
「見れば懐かしいんじゃないかと思ってな。あの頃からいろいろ変わっていくよ。スポーツ科は今年で終わりだそうだ」
「そうなんだあ……」
「少子化だからな。どこの学校も大変だ。特に私学は」
どこか懐かしむように優しく話す先生。
私にとっては、先生と出会った運命の場所。
「前を通ってみるか」と、先生はアクセルを踏み込んだ。
雑木林の脇を通り抜け、コンクリートの古い外壁が見えた。
ここは、体育館裏。
「ここ、体育教官室あったよね。体育倉庫も」
「よく覚えてるな」
ここから、怒鳴ってる姿も見た。
体育倉庫では、思い出が詰まってる。
セーラー服を着ていたあの頃の、必死で、純粋で、狡くて、全部むき出しで、ひり付いていた気持ちが、強く甦る。
あの頃、私は、ここで確かに、全力で恋をしていたのだ。
私は、夢中で窓ガラスにひっついて外を見ていた。
大きなグラウンドは潰れていたけど、サッカー部のグラウンドは健在だった。
「こっちのグラウンドはまだある…涼太たち、扱かれてたなぁ…」
「俺にか」
当時の鬼コーチが笑う。
車は、そのまま走り続け、公園を横切り大通りに出た。
私は窓から離れて助手席に座り直して、隣で運転する愛しい人を見た。
その人は満足げに微笑み、私を見つめ返す。
あの頃の切なく爽やかな風が、心の中に残る。
あんなに好きだった先生が、今ここにいるなんて。
私と共に人生を歩んでいるなんて。
今、当たり前になっていた日常は、けして当たり前ではなかった。
藤田先生と結婚するなんて、当時の私が知ったら驚いただろうな。
「哲さん、連れてきてくれてありがと…」
昔を懐かしんで、タイムスリップしたような気分になって、隣で静かに微笑む先生に心をときめかせた。
「……じゃあ、次はどこに行くかな」
先生がハンドルを切った時、ひとつの提案をした。
「あのね。行ってみたいところがあるの」
隣でハンドルに乗せる腕は逞しく、日に焼けている。
信号待ちになると、その手が、私の膝にあった手を包んだ。
「…………」
……あったかい。手のひら。
何か言おうとしたけど、先生の顔は向こうを向いてしまっていて、どんな表情をしているかわからないし、ここで無粋な発言をするのも気が引けた。
せっかくのふたりきりの時間。
先生は今、惺のママじゃない「私」として扱ってくれている。
青信号に変わると、するりと手が離れた。それを追いかけようとしたけれど、また自分の手を膝の上に戻す。
そして、過ぎゆく風景を見て、先生が向かっている場所がなんとなく思い当たる。
「哲さん……」
「何だ?」
優しく低く響く声。
「この道って……翠学園?」
そこの筋を曲がれば碧の家だし、そこから少し行けば公園があるはずだ。
そして、道沿いに翠学園高校がある。
先生は「よくわかったな」とにこりと笑う。
私にとっての翠学園は懐かしい母校だけど、先生にとって、けしていい思い出ばかりじゃないはず……。
現に、私と先生が再会してから、翠学園に立ち寄ることは皆無で、もう、二度と近寄ることのない場所だと思っていた。
「見れば懐かしいんじゃないかと思ってな。あの頃からいろいろ変わっていくよ。スポーツ科は今年で終わりだそうだ」
「そうなんだあ……」
「少子化だからな。どこの学校も大変だ。特に私学は」
どこか懐かしむように優しく話す先生。
私にとっては、先生と出会った運命の場所。
「前を通ってみるか」と、先生はアクセルを踏み込んだ。
雑木林の脇を通り抜け、コンクリートの古い外壁が見えた。
ここは、体育館裏。
「ここ、体育教官室あったよね。体育倉庫も」
「よく覚えてるな」
ここから、怒鳴ってる姿も見た。
体育倉庫では、思い出が詰まってる。
セーラー服を着ていたあの頃の、必死で、純粋で、狡くて、全部むき出しで、ひり付いていた気持ちが、強く甦る。
あの頃、私は、ここで確かに、全力で恋をしていたのだ。
私は、夢中で窓ガラスにひっついて外を見ていた。
大きなグラウンドは潰れていたけど、サッカー部のグラウンドは健在だった。
「こっちのグラウンドはまだある…涼太たち、扱かれてたなぁ…」
「俺にか」
当時の鬼コーチが笑う。
車は、そのまま走り続け、公園を横切り大通りに出た。
私は窓から離れて助手席に座り直して、隣で運転する愛しい人を見た。
その人は満足げに微笑み、私を見つめ返す。
あの頃の切なく爽やかな風が、心の中に残る。
あんなに好きだった先生が、今ここにいるなんて。
私と共に人生を歩んでいるなんて。
今、当たり前になっていた日常は、けして当たり前ではなかった。
藤田先生と結婚するなんて、当時の私が知ったら驚いただろうな。
「哲さん、連れてきてくれてありがと…」
昔を懐かしんで、タイムスリップしたような気分になって、隣で静かに微笑む先生に心をときめかせた。
「……じゃあ、次はどこに行くかな」
先生がハンドルを切った時、ひとつの提案をした。
「あのね。行ってみたいところがあるの」
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