2 / 6
藤田先生と千晴
【2】ふたりの翌日。
しおりを挟む
「惺、急ぐよ!バス来ちゃうから!」
「だって、まだおくつはけてないもん~」
私は腕時計を確認して、惺の水筒と幼稚園のバッグを持って、惺の頭に帽子をかぶせた。
もうすぐ惺の通う幼稚園バスが、マンション下まで迎えにきてくれる時間だ。
「パパはぁ?パパおしごとおやすみでしょ?」
「もうちょっと寝かせてあげたいの。お迎えには一緒に行くから。ほら、早くっ」
私は、惺の小さな手を引いて、エレベーターまで向かった。
エントランスを出て、道路の手前にある小さなマンションの広場へ歩いてゆく。
秋が深まり、銀杏の黄色い葉が少し落ちている。バスはまだ来ていなかった。
「ふー。よかった……」
こんなギリギリの行動、先生が起きてたら怒られてたことだろう……。
惺の教育に悪すぎるよね……反省です。
「あっ、パパ!」
「え?」
惺が、まぶしげにマンションの上階を見上げ、ぴょんぴょん跳ねて手を振る。
私も同じように、太陽の光を避けながら見上げると、ベランダに出ている先生の姿があった。
「いってきます、パパー!」
先生の表情はよく見えないけど、小さな息子の登園姿を見て手を振っている。
寝かせてあげようと思ってたのに、起きてたんだ。
惺と同じように手を振っているうちに、動物のかわいらしいペイントが施された幼稚園バスがやってきた。
「おはようございまーす!さとるくん、おはようございます」
笑顔の先生が降りてきて、両手を握って惺と挨拶を交わす。
いつもの朝の風景。
「いってらっしゃーい」
「いってきます、ママ!お迎え、ぜったいにパパときてね!」
「了解了解ー」
バスに乗り込む惺に軽く返事をし、バスが見えなくなるまで見送ってから、ベランダを見上げる。
先生はまだベランダにいて、私に気付くと軽く手をあげた。
今日は、紅葉学院の創立記念日で、先生もお休み。
惺が帰るまでだけだけど、日中にふたりきりになるのは久しぶり。
静かにドアを開けて家に入ると、先生はリビングのソファに座っていた。
昨夜、私たちが愛し合った場所で。
「惺が、『バス、帰りはパパと来て』って言ってた」
「ああ。朝も行くつもりだったけど……ベランダから見られてよかったよ」
寝ているものだと思っていたけど、そうではなかったらしい。
私が朝バタバタやってるのを見て、邪魔しないでくれたのだろうと思う。
先生は、そういう人だから。
「今日は天気がいいな」
「そうだねぇ」
先生はローテーブルに置いたコーヒーカップを取り、ぐっと飲み干すと立ち上がった。
そして寝室のシーツを洗濯しようとしている私から、シーツを取り上げる。
「用意したら。やっておくから」
「あ、うん……ありがとう」
どこかに連れていくと決めているようだ。
先生の振る舞いでそう気付く。
「哲さん、どこか行きたいところあるの?」
「いや、行きたいというか……せっかくだしな。水入らずも。昼飯でも食いに行こう」
洗濯機に入ったシーツの上に洗剤が注がれる。
それを見ながら、嬉しくなった。
デートみたい。嬉しい。
私はカジュアルなジーンズを脱いで、ワンピースを着た。
少し肌寒いので、上に薄手のコートを羽織る。
念入りにメイクをして、ソファで待つ先生の前で「かわいいですか?」と聞いてみた。
「……うん」
久しぶりに乙女気分な私に苦笑している。
先生もかっちりとしたファッションに身を包んでいて、とても素敵。
惺が生まれるまでは、先生に対してずっと敬語だった。
二人きりになると、その時を思い出す。
二人で家を出た。車に乗り込み走らせる。
今日は後部座席のチャイルドシートには誰も乗っていない。
それが少し落ち着かない。
「ふたりだけで乗るのなんて、ほんとに久しぶり……」
小さくつぶやく私の隣で、先生がふっと柔らかい微笑みを見せた。
「化粧品はあるのか?何か買い物するか」
そう言ってくれるけど、紅葉の並木道や、ゆったりとしたこの時間を先生と満喫したい、かも。
惺が生まれてからずっと走り続けてきた気がするから。
「このままドライブしたいなぁ。それでもいい?」
「いいけど、そんなことでいいのか?」
そうして、あてのないドライブが始まった。
「だって、まだおくつはけてないもん~」
私は腕時計を確認して、惺の水筒と幼稚園のバッグを持って、惺の頭に帽子をかぶせた。
もうすぐ惺の通う幼稚園バスが、マンション下まで迎えにきてくれる時間だ。
「パパはぁ?パパおしごとおやすみでしょ?」
「もうちょっと寝かせてあげたいの。お迎えには一緒に行くから。ほら、早くっ」
私は、惺の小さな手を引いて、エレベーターまで向かった。
エントランスを出て、道路の手前にある小さなマンションの広場へ歩いてゆく。
秋が深まり、銀杏の黄色い葉が少し落ちている。バスはまだ来ていなかった。
「ふー。よかった……」
こんなギリギリの行動、先生が起きてたら怒られてたことだろう……。
惺の教育に悪すぎるよね……反省です。
「あっ、パパ!」
「え?」
惺が、まぶしげにマンションの上階を見上げ、ぴょんぴょん跳ねて手を振る。
私も同じように、太陽の光を避けながら見上げると、ベランダに出ている先生の姿があった。
「いってきます、パパー!」
先生の表情はよく見えないけど、小さな息子の登園姿を見て手を振っている。
寝かせてあげようと思ってたのに、起きてたんだ。
惺と同じように手を振っているうちに、動物のかわいらしいペイントが施された幼稚園バスがやってきた。
「おはようございまーす!さとるくん、おはようございます」
笑顔の先生が降りてきて、両手を握って惺と挨拶を交わす。
いつもの朝の風景。
「いってらっしゃーい」
「いってきます、ママ!お迎え、ぜったいにパパときてね!」
「了解了解ー」
バスに乗り込む惺に軽く返事をし、バスが見えなくなるまで見送ってから、ベランダを見上げる。
先生はまだベランダにいて、私に気付くと軽く手をあげた。
今日は、紅葉学院の創立記念日で、先生もお休み。
惺が帰るまでだけだけど、日中にふたりきりになるのは久しぶり。
静かにドアを開けて家に入ると、先生はリビングのソファに座っていた。
昨夜、私たちが愛し合った場所で。
「惺が、『バス、帰りはパパと来て』って言ってた」
「ああ。朝も行くつもりだったけど……ベランダから見られてよかったよ」
寝ているものだと思っていたけど、そうではなかったらしい。
私が朝バタバタやってるのを見て、邪魔しないでくれたのだろうと思う。
先生は、そういう人だから。
「今日は天気がいいな」
「そうだねぇ」
先生はローテーブルに置いたコーヒーカップを取り、ぐっと飲み干すと立ち上がった。
そして寝室のシーツを洗濯しようとしている私から、シーツを取り上げる。
「用意したら。やっておくから」
「あ、うん……ありがとう」
どこかに連れていくと決めているようだ。
先生の振る舞いでそう気付く。
「哲さん、どこか行きたいところあるの?」
「いや、行きたいというか……せっかくだしな。水入らずも。昼飯でも食いに行こう」
洗濯機に入ったシーツの上に洗剤が注がれる。
それを見ながら、嬉しくなった。
デートみたい。嬉しい。
私はカジュアルなジーンズを脱いで、ワンピースを着た。
少し肌寒いので、上に薄手のコートを羽織る。
念入りにメイクをして、ソファで待つ先生の前で「かわいいですか?」と聞いてみた。
「……うん」
久しぶりに乙女気分な私に苦笑している。
先生もかっちりとしたファッションに身を包んでいて、とても素敵。
惺が生まれるまでは、先生に対してずっと敬語だった。
二人きりになると、その時を思い出す。
二人で家を出た。車に乗り込み走らせる。
今日は後部座席のチャイルドシートには誰も乗っていない。
それが少し落ち着かない。
「ふたりだけで乗るのなんて、ほんとに久しぶり……」
小さくつぶやく私の隣で、先生がふっと柔らかい微笑みを見せた。
「化粧品はあるのか?何か買い物するか」
そう言ってくれるけど、紅葉の並木道や、ゆったりとしたこの時間を先生と満喫したい、かも。
惺が生まれてからずっと走り続けてきた気がするから。
「このままドライブしたいなぁ。それでもいい?」
「いいけど、そんなことでいいのか?」
そうして、あてのないドライブが始まった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる