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1巻
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第一章
白鳳情報システム株式会社、本社十一階にある営業部オフィス。
その広いフロアの一角にある資料キャビネットの前で、私、三谷結衣は立ち尽くしていた。頭の中は真っ白だ。同期入社である秋本沙梨が、円らな瞳を潤ませながら言葉を続ける。
「……だからね……今澤チーフと私、付き合うことになったの……」
人事部の沙梨が必要だという営業部の資料探しを手伝っていた最中のことだった。私は半ば呆然としたまま、取り出した資料を差し出す。沙梨はそれを受け取り、話を続けた。
「ごめんね? 結衣がずっと、今澤さんのこと好きだったの、知ってたのに……」
白い肌にピンクの唇、睫毛は豊かでくるんくるんしてて、瞳はぱっちり――沙梨は、小柄で、見た目も中身も女の子らしくて、可愛くて、モテて。華やかで、明るくて……要は、身長が百七十センチ近くある私とは何もかもが対照的で。そんな可愛らしい彼女が涙を零す姿は、儚げで守ってあげたくなるくらいだけど……
まるで私が泣かせているみたいな状況。しかも今は仕事中。こんな場面見つかったら、営業部の直属ドS上司から「サボってんじゃねー!」と怒号が飛びかねない。
頭の中は真っ白のまま、この部署で培った営業スマイルを見せて沙梨に返事をした。
「……いいよ。今澤さんと、仲良くね」
「結衣……本当にごめんね。ずっと友達でいてね?」
潤んだ瞳でじっと見つめられる。ぎこちなく、うん、と頷いたら、沙梨は笑顔になった。
「ありがとう、結衣! ……じゃあ、部署に戻るね! それと資料、一緒に探してくれてありがとう! この資料、本当は明日でもよかったんだけど、早く結衣にこのこと報告したかったから……本当にありがとう!」
「……あっ、う、うん」
パタパタと足音を立てて営業部を出ていく沙梨に手を振ることもできず、やりきれなさを感じながら席に戻ることにした。
そうか……沙梨の資料は急ぎじゃなかったのか……。それならこんな忙しい時に探さなくてもよかったのに――なんて思ったって時すでに遅し。早く戻らないと本当に叱られる。
私がずっと好きだった今澤さんは、私が所属する営業一課の先輩だ。今澤瑞樹、二十七歳。私が入社した時からずっと片思いをしていることは、沙梨も知っていたのに、まさかこんな形で失恋するとは思ってもみなかった。
自席に戻ると、営業一課の課長である湊マネージャーがイライラした様子で私の席に座っていた。
湊蒼佑、三十二歳で、私の七つ上。今澤さんと私はこの人の下で働いている。ちなみに、我が社において課長はマネージャーと呼ばれるが、営業部メンバーはみんな湊さんと呼んでいる。
すらりとした長い足、筋肉質でいて少し細めの体。百八十センチを超える長身に、甘いマスク。ファッションに疎い私でもわかるほど、いいスーツを着ていて、いつもいい匂いがする、巷で言うイケメンの類だ。但し、笑顔は取引先でしか出ないし、基本的にいつも怒っている。一部ではモテるとも聞くけど、穏やかな人が好きな私としては、まったく惹かれるタイプではない。
「三谷! どこにいたんだ。見積り作れ! 今週末は業務が立て込むから、依頼が来たらすぐ捌いていけって伝えてただろう!」
「すみません、すぐ作って送ります」
私の業務は、このドS上司、湊さんのアシスタントだ。湊さんが怖いのはいつものことなので、睨まれたり凄まれたりするのには慣れている。
そんなことより今、私は別件で傷ついているわけで。
「三谷さん……大丈夫?」
隣の席から、今澤さんが心配そうに覗き込んできた。こうして湊さんに怒られている私を、いつも気にかけてくれる。が、今はそれを嬉しいとは思えない。
「大丈夫です……」
そっけなく視線を避けて、データベースを開き、唇を噛みしめながら見積りを作った。
なんか、私、バカみたい。片思いしてた時間が、バカみたい。見積り作成も、資料を探してた自分も、全部バカみたい。
泣きそうになるのを堪えて、見積りのデータを湊さんに送信した。
失恋から数日経ち、週末の夜。
ガヤガヤ、ザワザワ……
ビジネスマンたちが羽を休めるように、焼き鳥とビールを笑顔で味わっている。活気のある店内は威勢のいいスタッフの声が飛び交い、近くのテーブルではスーツ姿の人たちがジョッキをぶつけ合っている。
まったく色気のない、しかし味は絶品の焼き鳥屋。カウンター席に座る私の隣には……なぜか湊さん。
先日湊さんが言っていたとおり、昨日今日は忙殺の極みだった。特に昨夜は終電ギリギリまで残業して、今朝は始発で来たから寝不足でフラフラ……
お酒に強くない私が寝不足時にアルコールを入れたら、こうなるのは目に見えていたのに……
私は、ビール一杯ですっかり出来上がっていた。
「うっ……ずっと、好きだったのにっ……」
「泣くなよ、鬱陶しいな」
長い足を組み、漆黒の目を少し細めて、酔っ払っている私に視線を向ける湊さん。繁忙期が落ち着くと、湊さんは毎回営業部のメンバーを飲みに誘って労ってくれる。
今日は残っているのが私と湊さんだけだったので、珍しく二人で行くことになったのだけれど、今週ずっと心ここにあらずだった私を、どうやら気にかけてくれていたらしい。
「今週、なんか様子がおかしいと思って誘ってみたら……」
湊さんはネクタイを緩めながら煙草を取り出し、トントンとフィルターをテーブルに叩きつけた。
この店はどこかノスタルジックな雰囲気で、ひと昔前のような空気感がある。昨今、喫煙者の肩身は狭くなる一方だが、ここではみんな気兼ねなく喫煙していた。
私はビールが入っているジョッキを掴み、一気に飲み干した。
「どうせ、みんな沙梨みたいな子がいいんですよね。私、背も高いし、なんなら今澤さんと同じぐらいだしっ……」
「あーもう、うるせーなー。店出るぞ。外の風に当たれ」
湊さんは、取り出していた煙草をそのままケースに戻すと、支払いを済ませてくれた。
「あっ、私、払いますよ」
「バカか、恥掻かすな」
お酒飲んで、上司の前で泣いて、酔っ払って、本当に申し訳ないことで。
月曜出社したら、湊さんにすぐ謝んなきゃ……。あー、でもやけに眠いかも。ちゃんと起きておかなきゃ……
そう思って瞼を開けると――
なんかおしゃれな形の照明がつり下げられているけど……私の家は普通のシーリングライトのはず。
むくりと体を起こす。カーテンから漏れる陽光で、朝を迎えていることがわかって――
え?
ここどこ?
「やっと起きたのかよ」
開いていたドアから、バスタオルを腰に巻いた湊さんが入ってきた。その振舞いは堂々たるもので、見ているこっちのほうが目を覆ってしまう。
「みっ、湊さん⁉ なんて格好してんですかっ!」
「乳、見えてるぞ」
ぎゃあ! 私も裸⁉
慌てて布団で胸元を隠し、ごっそりと抜け落ちている昨夜の記憶を手繰ろうとした。あああ、でも思い出せない。
混乱に陥りながら改めて部屋を見回してみると、ベッドは広々としたクイーンサイズ。私の部屋よりもずっと天井が高く、ベッド周りのリネンはホワイトグレー、カーテンは白。シックなブラックタイルの床の上には、無機質なアイアン家具が置かれている。シンプルながら高級感漂うインテリアに今一度息を呑んだ。もしかして、ここ、湊さんの家?
湊さんはそんな私の様子を見ながら小さく溜息をつき、ベッドに腰を下ろした。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「ないですね……」
「そんな漫画みたいなやつ、いるのかよ……」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
湊さんは三十二歳だけれど、すごくきれいな体をしている。しなやかなその肢体を見て、私の貧相な体が恥ずかしくなった。
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎え入れると、湊さんは私の胸もとに顔を近づけ、色づいた先端を口に含んだ。
「三谷は、感じやすいな」
先端を飴玉のように転がされ、顔から火が出そうだ。
湊さんがっ、あの鬼軍曹がっ、こんなこと!
「イヤイヤイヤ、ムリです!」
顔を手で覆いながら首を振ると、あっさりと手を取られて目を覗き込まれた。本当に、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
「何がムリなんだ? 昨日はお前のほうから迫ってきたんだぞ」
嘘だーっ!
だって湊さんのこと全然タイプじゃないし、私、優しい人がいいし、エッチだって本当にしていたら何年ぶり? ってぐらい久々なのに……違和感も、ないし。
「あっ」
湊さんにばさりと布団を剥ぎ取られ、ささやかな胸と貧弱な体が晒された。
「……やだ、こんな体……見ないでください」
泣きそうになりながら手で肌を隠そうとしていると、湊さんが優しく私の両手を捕まえた。
シャワーを浴びたのか、湊さんの髪はしっとりと濡れて、前髪が下りている。いつも隙なくセットされているから、そんな彼の無防備さに胸がきゅんっとした。
「こんな体って、なんでそんなに卑下するんだ?」
湊さんは首を傾げながら、私の首筋を指で辿り、鎖骨に触れた。
「んッ」
「ここと、背中が好きなんだろ?」
指だけなのに、ゾクゾクと快感が走る。
「あ、湊さぁん……」
甘い声で呼んでしまって、かあっと顔が熱くなった。湊さんは「きれいな体だよ」と囁くと、私をベッドに押し倒し、両腕をシーツに縫い止めるようにして唇を重ねる。
いつもあんなに怖いのに、そんな優しい言葉を囁かれたら……
彼の冷たい唇が触れては離れる。
「三谷の唇は熱いな」
かすれた声で耳元を擽られ、唇を少し開くとちゅるりと舌が入ってきた。
「ん……ふ」
私の肩を抱くようにして、湊さんは私の舌に唾液を絡ませる。
ああ、何これ、こんなキス、知らない――
淫らな音を立てて、湊さんは私の唇から離れていく。
「昨日のこと、思い出せない?」
「は、はい……」
蕩けるようなキスの威力に、半ば理性が崩れ落ちかけている。こんなキス……知らない。
「じゃあ、おさらいしてやる」
湊さんの瞳が、獲物を捕らえる豹のように鋭く私を見据えた。
「足、開け」
「あっ――」
両膝が割られ、湊さんの美しく長い指が、何もつけていない私の秘密へ辿りつく。指が内側に入ってきて、昨夜かなり乱れたのか……そこが相当濡れているのが、湊さんの指の動きですぐにわかった。
「うっ、いやぁ……っ」
「そんなに嫌か?」
「あッ!」
湊さんは私の奥深くまですんなりと中指を入れ込み、胸の先端をもう一方の手でつまんだ。
「あーッ……」
どちらの指の動きもどんどん加速していく。決して強くはないのに、刺激が大きく広がり――
「あああああッ……!」
中から何かが迸り、グレーのシーツをぴしゃりと派手に濡らした。恐る恐る視線を下げると、染みが一面に散っている。
な、何これ。
こんなの、初めて出た。
「あ、すみませんっ……! シーツ、洗いますっ……」
「よく出るよな。いいよ、替えがあるから」
よく出るよな……⁉
湊さんは、きれいなアーモンドアイを少し細めて、再び混乱に陥り震える私の肩を抱き寄せる。「よく出る」とは……昨日も出したのだろうか、想像するだけで恐ろしい。
「それより、続きいいか?」
「あっ」
ねろりと首筋を唇で辿られ、声が漏れてしまう。
そんないい声で、耳元で、囁かないで。仕事中と全然違う、愛おしそうな声で。
湊さんは、ヘッドボードに置いていた薄く小さな袋を切り、私に見せつけるようにしながら灼熱に装着した。……てか、おっきいんですけど。こんなの入るの? ……もとい、入ってたの?
今、湊さんの体を見ているだけでこんなにドキドキするのに――本当に昨日、エッチしたの?
目を丸くしている私に、湊さんは口角を上げた。
「入れていい?」
「わかりませんっ」
湊さんが私の震える太ももをそっと開いて体を寄せてくる。端整な顔が近づく。
「だめ、だめですっ……湊さんと……こんなことしたら……、どんな顔して働けばいいのか……」
「何を今更……いいから力抜け。全部任せろ」
心臓がおかしくなっちゃうんじゃないかっていうほど強く鼓動を打っている。こんなにドキドキしているのは私だけみたいだ。湊さんはいつもよりセクシーさは増しているものの、平然としている。本当に昨夜、こんなことしたのだろうか。
細長い彼の指が襞を広げると、くちゃりと水音が部屋に響いた。
「広げただけなのに……すごい音だな」
「い、言わないでください……」
湊さんはふっと表情を緩めて微笑む。そして指でそっと蜜をすくい、優しく塗りつけるように小さな突起をいたぶった。たまらず体を捩ろうとすると、すぐに足を押さえつけられる。
「気持ちいいんなら、身を任せてろ」
動きたいわけではないのに、腰が勝手に浮いてしまう。それに、いつもあんなに厳しいこの人が、こんなに優しく、こんなにセクシーだなんて……あまりに現実とかけ離れすぎていて、頭の中がパンクしそうだ。
「んっ、湊さん、も、もう……だめ……っ、いやです……」
「……悪いけど、俺は我慢できない」
押さえられていた膝が解放されたかと思うと、湊さんは体を起こして私の足を折り曲げた。
「俺とこんなことするのは、本当に嫌か?」
「…………え、っと……」
嫌、じゃ……ない、けど。
やっ、嘘、ほんとに入っちゃうの?
戸惑いながらそこを見ると、湊さんの屹立が私の蜜を纏って擦り付けられていた。時折、敏感な肉芽に湊さんの先端が当たり、体が反応する。
「三谷、力抜いて」
あ、ああ……
ダメ、ダメ……
湊さんの体重が乗っかってきて、まぬけなかっこで足を開いて、私――‼
これだけ戸惑っていても、抗わなきゃと思っても、体がいうことを聞かない。
湊さんはゆっくりと押し開きながら私の奥へ進もうとする。
「う……あぁんっ」
「くっ……締めるなよ」
私の最奥まで辿りついた湊さんはぎりりと唇を噛み、切なげに歪んだ顔で私の体を抱き抱え、自分の上に座らせた。
「あっ、こんなカッコ……っ」
上司と対面座位って……!
繋がったままぐらりとバランスを崩しかけ、慌てて湊さんのしなやかな首に掴まった。
「ひゃあっ……」
「そうだ。そうやってしっかり抱きついとけ」
「あんっ……」
下からの突き上げに、揺さぶられる。そのたびに、湊さんのそれに奥を突かれて息が止まる。優しい律動にじわりと甘く快感が広がって、嬌声が漏れ出るのを抑えられない。
「ああ……、ダメ、湊さん……!」
ちかちかと星が回る感じがする。下腹部の熱さに身を捩ると、容赦なく突き上げられた。逃げ場をなくした私は、湊さんの見事な体に縋りつくしかなかった。
湊さんはそんな私を抱きしめ、かすれた声で呟く。
「三谷……気持ちいいんだな? 中から伝わってくる」
「むり、むりぃっ、こわれちゃう、湊さん……!」
硬い激情を締めつけた瞬間、頭の中が真っ白になり――私は彼の膝の上で達してしまった。
さっきと同じようにまた、シーツが水分を含んだ。
恥ずかしい……
恥ずかしすぎて、お嫁にいけない。
私が体育座りで落ち込んでいると、始末を済ませた湊さんが、私の頭をポンポンと撫でた。
「潮吹いて落ち込んでんのか」
そう言われると、情けなさが倍増します……
「はい……湊さんとこんな関係になってることも、です……」
「本当に覚えてねえんだな」
「え?」
「ま、いいや。とりあえず、お前俺と付き合えよ」
「は? なんでですか? 私、今澤さんのこと好きだったんですよ?」
そう言うと、湊さんは、げんなりした顔で溜息をついた。
「俺はお前のことが好きだったんだよ。昨日散々言っただろ、バカ野郎」
……湊さんが、私のことを好き……?
嘘でしょ?
そ、そんな風に見たことなかったし、叱られてばかりだったし、湊さんが恋愛感情なんてものを持っていたことにも驚いたし……。しかもその相手が私……
自分で言うのもなんだけど、なんで湊さんほどの人が私なんかを?
湊さんは戸惑う私の手を真剣な表情で取り、愛おしむように手の甲に口づける。その仕草は実に麗しくて、不本意ながら見とれてしまった。
「今澤ごとき忘れさせてやるよ」
……湊さんじゃないみたい。
いつもの鬼はどこに行ったのか。こんな美しい男性に、こんなに熱意をもって言われたら(但し性格に難ありだけど)、圧倒されてしまう。
……って、簡単すぎでしょ私! 相手はあの湊さん! 今澤さんへの想いも消えたわけじゃないし……
「そんな……か、簡単に忘れられるかどうか……」
「俺は気にしない」
「で、でも、私と湊さんが付き合ったら、仕事がやりづらくないですか?」
「大丈夫だよ。守ってやるから」
きゅん。
……あ、なにこれ。
私、湊さんにときめいてる?
「――三谷」
甘いテノールの美声が耳を支配したかと思うと、私はまたシーツの上で、湊さんの体を受け止めていた。
逞しい肩に手を伸ばし、キスの雨を受ける。煙草の苦みまでも幸せに感じる。
こんなハイスペックな男の人に愛されたことなんて、今まで一度もない。
「三谷……返事は?」
「……っ……あ」
胸の先端を湊さんの舌で掠められ、びくんと体が震える。軽く吸い上げられ、体の奥が熱くなった。もう一方の乳房もやわやわと揉まれる。
「……っ」
「嫌じゃないなら……気持ちいいのなら……我慢するな」
甘く低い声が、拙い思考を奪う。色づいた先端を指でするりするりと刺激され、呼応するように下腹部がうねり出す。
「だ、だめ……みなと、さん……」
何がだめなのか自分でもわからない。湊さんの手がそろそろと下りてきて、肉襞に辿りついた。
「ひ、ぃっ……」
湊さんの指が秘裂を広げる。それだけで私がどれだけ発情していたかわかる。そこはすっかり濡れそぼり、触られる前からとろりと蜜を滴らせていた。
「はは。濡れすぎだな」
湊さんは微笑みながら、中指でそっとクリトリスに触れる。
「す、すみませ……っ、ああっんっ……」
「謝ることじゃない。そう、もっと声出していいから――」
ぬるぬると弧を描くように湊さんの指が滑る。止めどない快感を逃がすのに私は必死になった。
これまでの数少ない経験の中で、エクスタシーを感じたことはない。こんなに淫らな体液を漏らしたこともない。でも、湊さんにクリトリスを弄られていると、本当に何かがおなかの奥から溢れそうな感じがするのだ。
「で、出ちゃうから、やめてくださ……」
「いいよ。出して」
「そ、そんな……無理ですっ」
「無理なのか? ははっ、どっちなんだよ」
小さく笑う湊さんに、あっという間に膝で足を割り開かれる。
「三谷。……挿れていい?」
職場にいるような堂々とした口調だけど、どこか不安げな眼差しに胸が締め付けられる。
「あっ……」
湊さんの唇が首筋を滑り、耳たぶに吐息がかかる。夢のような甘さに耐えられなくて顔を背けても、逃がしてはくれない。
「……俺の彼女になるのは嫌か?」
濃厚なキスの合間に、湊さんと視線が交わる。彼が切なく動きながら、悩ましい瞳で私を求めてくる。
答えを急かすような優しいキスが何度も降ってくる。
ず、ずるい。こんな……
だって、私、失恋したばかりで……そんなにすぐ、気持ちを切り替えられるかわからない。そんな状態で付き合ったら、湊さんを傷つけることになるんじゃないの?
白鳳情報システム株式会社、本社十一階にある営業部オフィス。
その広いフロアの一角にある資料キャビネットの前で、私、三谷結衣は立ち尽くしていた。頭の中は真っ白だ。同期入社である秋本沙梨が、円らな瞳を潤ませながら言葉を続ける。
「……だからね……今澤チーフと私、付き合うことになったの……」
人事部の沙梨が必要だという営業部の資料探しを手伝っていた最中のことだった。私は半ば呆然としたまま、取り出した資料を差し出す。沙梨はそれを受け取り、話を続けた。
「ごめんね? 結衣がずっと、今澤さんのこと好きだったの、知ってたのに……」
白い肌にピンクの唇、睫毛は豊かでくるんくるんしてて、瞳はぱっちり――沙梨は、小柄で、見た目も中身も女の子らしくて、可愛くて、モテて。華やかで、明るくて……要は、身長が百七十センチ近くある私とは何もかもが対照的で。そんな可愛らしい彼女が涙を零す姿は、儚げで守ってあげたくなるくらいだけど……
まるで私が泣かせているみたいな状況。しかも今は仕事中。こんな場面見つかったら、営業部の直属ドS上司から「サボってんじゃねー!」と怒号が飛びかねない。
頭の中は真っ白のまま、この部署で培った営業スマイルを見せて沙梨に返事をした。
「……いいよ。今澤さんと、仲良くね」
「結衣……本当にごめんね。ずっと友達でいてね?」
潤んだ瞳でじっと見つめられる。ぎこちなく、うん、と頷いたら、沙梨は笑顔になった。
「ありがとう、結衣! ……じゃあ、部署に戻るね! それと資料、一緒に探してくれてありがとう! この資料、本当は明日でもよかったんだけど、早く結衣にこのこと報告したかったから……本当にありがとう!」
「……あっ、う、うん」
パタパタと足音を立てて営業部を出ていく沙梨に手を振ることもできず、やりきれなさを感じながら席に戻ることにした。
そうか……沙梨の資料は急ぎじゃなかったのか……。それならこんな忙しい時に探さなくてもよかったのに――なんて思ったって時すでに遅し。早く戻らないと本当に叱られる。
私がずっと好きだった今澤さんは、私が所属する営業一課の先輩だ。今澤瑞樹、二十七歳。私が入社した時からずっと片思いをしていることは、沙梨も知っていたのに、まさかこんな形で失恋するとは思ってもみなかった。
自席に戻ると、営業一課の課長である湊マネージャーがイライラした様子で私の席に座っていた。
湊蒼佑、三十二歳で、私の七つ上。今澤さんと私はこの人の下で働いている。ちなみに、我が社において課長はマネージャーと呼ばれるが、営業部メンバーはみんな湊さんと呼んでいる。
すらりとした長い足、筋肉質でいて少し細めの体。百八十センチを超える長身に、甘いマスク。ファッションに疎い私でもわかるほど、いいスーツを着ていて、いつもいい匂いがする、巷で言うイケメンの類だ。但し、笑顔は取引先でしか出ないし、基本的にいつも怒っている。一部ではモテるとも聞くけど、穏やかな人が好きな私としては、まったく惹かれるタイプではない。
「三谷! どこにいたんだ。見積り作れ! 今週末は業務が立て込むから、依頼が来たらすぐ捌いていけって伝えてただろう!」
「すみません、すぐ作って送ります」
私の業務は、このドS上司、湊さんのアシスタントだ。湊さんが怖いのはいつものことなので、睨まれたり凄まれたりするのには慣れている。
そんなことより今、私は別件で傷ついているわけで。
「三谷さん……大丈夫?」
隣の席から、今澤さんが心配そうに覗き込んできた。こうして湊さんに怒られている私を、いつも気にかけてくれる。が、今はそれを嬉しいとは思えない。
「大丈夫です……」
そっけなく視線を避けて、データベースを開き、唇を噛みしめながら見積りを作った。
なんか、私、バカみたい。片思いしてた時間が、バカみたい。見積り作成も、資料を探してた自分も、全部バカみたい。
泣きそうになるのを堪えて、見積りのデータを湊さんに送信した。
失恋から数日経ち、週末の夜。
ガヤガヤ、ザワザワ……
ビジネスマンたちが羽を休めるように、焼き鳥とビールを笑顔で味わっている。活気のある店内は威勢のいいスタッフの声が飛び交い、近くのテーブルではスーツ姿の人たちがジョッキをぶつけ合っている。
まったく色気のない、しかし味は絶品の焼き鳥屋。カウンター席に座る私の隣には……なぜか湊さん。
先日湊さんが言っていたとおり、昨日今日は忙殺の極みだった。特に昨夜は終電ギリギリまで残業して、今朝は始発で来たから寝不足でフラフラ……
お酒に強くない私が寝不足時にアルコールを入れたら、こうなるのは目に見えていたのに……
私は、ビール一杯ですっかり出来上がっていた。
「うっ……ずっと、好きだったのにっ……」
「泣くなよ、鬱陶しいな」
長い足を組み、漆黒の目を少し細めて、酔っ払っている私に視線を向ける湊さん。繁忙期が落ち着くと、湊さんは毎回営業部のメンバーを飲みに誘って労ってくれる。
今日は残っているのが私と湊さんだけだったので、珍しく二人で行くことになったのだけれど、今週ずっと心ここにあらずだった私を、どうやら気にかけてくれていたらしい。
「今週、なんか様子がおかしいと思って誘ってみたら……」
湊さんはネクタイを緩めながら煙草を取り出し、トントンとフィルターをテーブルに叩きつけた。
この店はどこかノスタルジックな雰囲気で、ひと昔前のような空気感がある。昨今、喫煙者の肩身は狭くなる一方だが、ここではみんな気兼ねなく喫煙していた。
私はビールが入っているジョッキを掴み、一気に飲み干した。
「どうせ、みんな沙梨みたいな子がいいんですよね。私、背も高いし、なんなら今澤さんと同じぐらいだしっ……」
「あーもう、うるせーなー。店出るぞ。外の風に当たれ」
湊さんは、取り出していた煙草をそのままケースに戻すと、支払いを済ませてくれた。
「あっ、私、払いますよ」
「バカか、恥掻かすな」
お酒飲んで、上司の前で泣いて、酔っ払って、本当に申し訳ないことで。
月曜出社したら、湊さんにすぐ謝んなきゃ……。あー、でもやけに眠いかも。ちゃんと起きておかなきゃ……
そう思って瞼を開けると――
なんかおしゃれな形の照明がつり下げられているけど……私の家は普通のシーリングライトのはず。
むくりと体を起こす。カーテンから漏れる陽光で、朝を迎えていることがわかって――
え?
ここどこ?
「やっと起きたのかよ」
開いていたドアから、バスタオルを腰に巻いた湊さんが入ってきた。その振舞いは堂々たるもので、見ているこっちのほうが目を覆ってしまう。
「みっ、湊さん⁉ なんて格好してんですかっ!」
「乳、見えてるぞ」
ぎゃあ! 私も裸⁉
慌てて布団で胸元を隠し、ごっそりと抜け落ちている昨夜の記憶を手繰ろうとした。あああ、でも思い出せない。
混乱に陥りながら改めて部屋を見回してみると、ベッドは広々としたクイーンサイズ。私の部屋よりもずっと天井が高く、ベッド周りのリネンはホワイトグレー、カーテンは白。シックなブラックタイルの床の上には、無機質なアイアン家具が置かれている。シンプルながら高級感漂うインテリアに今一度息を呑んだ。もしかして、ここ、湊さんの家?
湊さんはそんな私の様子を見ながら小さく溜息をつき、ベッドに腰を下ろした。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「ないですね……」
「そんな漫画みたいなやつ、いるのかよ……」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
湊さんは三十二歳だけれど、すごくきれいな体をしている。しなやかなその肢体を見て、私の貧相な体が恥ずかしくなった。
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎え入れると、湊さんは私の胸もとに顔を近づけ、色づいた先端を口に含んだ。
「三谷は、感じやすいな」
先端を飴玉のように転がされ、顔から火が出そうだ。
湊さんがっ、あの鬼軍曹がっ、こんなこと!
「イヤイヤイヤ、ムリです!」
顔を手で覆いながら首を振ると、あっさりと手を取られて目を覗き込まれた。本当に、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
「何がムリなんだ? 昨日はお前のほうから迫ってきたんだぞ」
嘘だーっ!
だって湊さんのこと全然タイプじゃないし、私、優しい人がいいし、エッチだって本当にしていたら何年ぶり? ってぐらい久々なのに……違和感も、ないし。
「あっ」
湊さんにばさりと布団を剥ぎ取られ、ささやかな胸と貧弱な体が晒された。
「……やだ、こんな体……見ないでください」
泣きそうになりながら手で肌を隠そうとしていると、湊さんが優しく私の両手を捕まえた。
シャワーを浴びたのか、湊さんの髪はしっとりと濡れて、前髪が下りている。いつも隙なくセットされているから、そんな彼の無防備さに胸がきゅんっとした。
「こんな体って、なんでそんなに卑下するんだ?」
湊さんは首を傾げながら、私の首筋を指で辿り、鎖骨に触れた。
「んッ」
「ここと、背中が好きなんだろ?」
指だけなのに、ゾクゾクと快感が走る。
「あ、湊さぁん……」
甘い声で呼んでしまって、かあっと顔が熱くなった。湊さんは「きれいな体だよ」と囁くと、私をベッドに押し倒し、両腕をシーツに縫い止めるようにして唇を重ねる。
いつもあんなに怖いのに、そんな優しい言葉を囁かれたら……
彼の冷たい唇が触れては離れる。
「三谷の唇は熱いな」
かすれた声で耳元を擽られ、唇を少し開くとちゅるりと舌が入ってきた。
「ん……ふ」
私の肩を抱くようにして、湊さんは私の舌に唾液を絡ませる。
ああ、何これ、こんなキス、知らない――
淫らな音を立てて、湊さんは私の唇から離れていく。
「昨日のこと、思い出せない?」
「は、はい……」
蕩けるようなキスの威力に、半ば理性が崩れ落ちかけている。こんなキス……知らない。
「じゃあ、おさらいしてやる」
湊さんの瞳が、獲物を捕らえる豹のように鋭く私を見据えた。
「足、開け」
「あっ――」
両膝が割られ、湊さんの美しく長い指が、何もつけていない私の秘密へ辿りつく。指が内側に入ってきて、昨夜かなり乱れたのか……そこが相当濡れているのが、湊さんの指の動きですぐにわかった。
「うっ、いやぁ……っ」
「そんなに嫌か?」
「あッ!」
湊さんは私の奥深くまですんなりと中指を入れ込み、胸の先端をもう一方の手でつまんだ。
「あーッ……」
どちらの指の動きもどんどん加速していく。決して強くはないのに、刺激が大きく広がり――
「あああああッ……!」
中から何かが迸り、グレーのシーツをぴしゃりと派手に濡らした。恐る恐る視線を下げると、染みが一面に散っている。
な、何これ。
こんなの、初めて出た。
「あ、すみませんっ……! シーツ、洗いますっ……」
「よく出るよな。いいよ、替えがあるから」
よく出るよな……⁉
湊さんは、きれいなアーモンドアイを少し細めて、再び混乱に陥り震える私の肩を抱き寄せる。「よく出る」とは……昨日も出したのだろうか、想像するだけで恐ろしい。
「それより、続きいいか?」
「あっ」
ねろりと首筋を唇で辿られ、声が漏れてしまう。
そんないい声で、耳元で、囁かないで。仕事中と全然違う、愛おしそうな声で。
湊さんは、ヘッドボードに置いていた薄く小さな袋を切り、私に見せつけるようにしながら灼熱に装着した。……てか、おっきいんですけど。こんなの入るの? ……もとい、入ってたの?
今、湊さんの体を見ているだけでこんなにドキドキするのに――本当に昨日、エッチしたの?
目を丸くしている私に、湊さんは口角を上げた。
「入れていい?」
「わかりませんっ」
湊さんが私の震える太ももをそっと開いて体を寄せてくる。端整な顔が近づく。
「だめ、だめですっ……湊さんと……こんなことしたら……、どんな顔して働けばいいのか……」
「何を今更……いいから力抜け。全部任せろ」
心臓がおかしくなっちゃうんじゃないかっていうほど強く鼓動を打っている。こんなにドキドキしているのは私だけみたいだ。湊さんはいつもよりセクシーさは増しているものの、平然としている。本当に昨夜、こんなことしたのだろうか。
細長い彼の指が襞を広げると、くちゃりと水音が部屋に響いた。
「広げただけなのに……すごい音だな」
「い、言わないでください……」
湊さんはふっと表情を緩めて微笑む。そして指でそっと蜜をすくい、優しく塗りつけるように小さな突起をいたぶった。たまらず体を捩ろうとすると、すぐに足を押さえつけられる。
「気持ちいいんなら、身を任せてろ」
動きたいわけではないのに、腰が勝手に浮いてしまう。それに、いつもあんなに厳しいこの人が、こんなに優しく、こんなにセクシーだなんて……あまりに現実とかけ離れすぎていて、頭の中がパンクしそうだ。
「んっ、湊さん、も、もう……だめ……っ、いやです……」
「……悪いけど、俺は我慢できない」
押さえられていた膝が解放されたかと思うと、湊さんは体を起こして私の足を折り曲げた。
「俺とこんなことするのは、本当に嫌か?」
「…………え、っと……」
嫌、じゃ……ない、けど。
やっ、嘘、ほんとに入っちゃうの?
戸惑いながらそこを見ると、湊さんの屹立が私の蜜を纏って擦り付けられていた。時折、敏感な肉芽に湊さんの先端が当たり、体が反応する。
「三谷、力抜いて」
あ、ああ……
ダメ、ダメ……
湊さんの体重が乗っかってきて、まぬけなかっこで足を開いて、私――‼
これだけ戸惑っていても、抗わなきゃと思っても、体がいうことを聞かない。
湊さんはゆっくりと押し開きながら私の奥へ進もうとする。
「う……あぁんっ」
「くっ……締めるなよ」
私の最奥まで辿りついた湊さんはぎりりと唇を噛み、切なげに歪んだ顔で私の体を抱き抱え、自分の上に座らせた。
「あっ、こんなカッコ……っ」
上司と対面座位って……!
繋がったままぐらりとバランスを崩しかけ、慌てて湊さんのしなやかな首に掴まった。
「ひゃあっ……」
「そうだ。そうやってしっかり抱きついとけ」
「あんっ……」
下からの突き上げに、揺さぶられる。そのたびに、湊さんのそれに奥を突かれて息が止まる。優しい律動にじわりと甘く快感が広がって、嬌声が漏れ出るのを抑えられない。
「ああ……、ダメ、湊さん……!」
ちかちかと星が回る感じがする。下腹部の熱さに身を捩ると、容赦なく突き上げられた。逃げ場をなくした私は、湊さんの見事な体に縋りつくしかなかった。
湊さんはそんな私を抱きしめ、かすれた声で呟く。
「三谷……気持ちいいんだな? 中から伝わってくる」
「むり、むりぃっ、こわれちゃう、湊さん……!」
硬い激情を締めつけた瞬間、頭の中が真っ白になり――私は彼の膝の上で達してしまった。
さっきと同じようにまた、シーツが水分を含んだ。
恥ずかしい……
恥ずかしすぎて、お嫁にいけない。
私が体育座りで落ち込んでいると、始末を済ませた湊さんが、私の頭をポンポンと撫でた。
「潮吹いて落ち込んでんのか」
そう言われると、情けなさが倍増します……
「はい……湊さんとこんな関係になってることも、です……」
「本当に覚えてねえんだな」
「え?」
「ま、いいや。とりあえず、お前俺と付き合えよ」
「は? なんでですか? 私、今澤さんのこと好きだったんですよ?」
そう言うと、湊さんは、げんなりした顔で溜息をついた。
「俺はお前のことが好きだったんだよ。昨日散々言っただろ、バカ野郎」
……湊さんが、私のことを好き……?
嘘でしょ?
そ、そんな風に見たことなかったし、叱られてばかりだったし、湊さんが恋愛感情なんてものを持っていたことにも驚いたし……。しかもその相手が私……
自分で言うのもなんだけど、なんで湊さんほどの人が私なんかを?
湊さんは戸惑う私の手を真剣な表情で取り、愛おしむように手の甲に口づける。その仕草は実に麗しくて、不本意ながら見とれてしまった。
「今澤ごとき忘れさせてやるよ」
……湊さんじゃないみたい。
いつもの鬼はどこに行ったのか。こんな美しい男性に、こんなに熱意をもって言われたら(但し性格に難ありだけど)、圧倒されてしまう。
……って、簡単すぎでしょ私! 相手はあの湊さん! 今澤さんへの想いも消えたわけじゃないし……
「そんな……か、簡単に忘れられるかどうか……」
「俺は気にしない」
「で、でも、私と湊さんが付き合ったら、仕事がやりづらくないですか?」
「大丈夫だよ。守ってやるから」
きゅん。
……あ、なにこれ。
私、湊さんにときめいてる?
「――三谷」
甘いテノールの美声が耳を支配したかと思うと、私はまたシーツの上で、湊さんの体を受け止めていた。
逞しい肩に手を伸ばし、キスの雨を受ける。煙草の苦みまでも幸せに感じる。
こんなハイスペックな男の人に愛されたことなんて、今まで一度もない。
「三谷……返事は?」
「……っ……あ」
胸の先端を湊さんの舌で掠められ、びくんと体が震える。軽く吸い上げられ、体の奥が熱くなった。もう一方の乳房もやわやわと揉まれる。
「……っ」
「嫌じゃないなら……気持ちいいのなら……我慢するな」
甘く低い声が、拙い思考を奪う。色づいた先端を指でするりするりと刺激され、呼応するように下腹部がうねり出す。
「だ、だめ……みなと、さん……」
何がだめなのか自分でもわからない。湊さんの手がそろそろと下りてきて、肉襞に辿りついた。
「ひ、ぃっ……」
湊さんの指が秘裂を広げる。それだけで私がどれだけ発情していたかわかる。そこはすっかり濡れそぼり、触られる前からとろりと蜜を滴らせていた。
「はは。濡れすぎだな」
湊さんは微笑みながら、中指でそっとクリトリスに触れる。
「す、すみませ……っ、ああっんっ……」
「謝ることじゃない。そう、もっと声出していいから――」
ぬるぬると弧を描くように湊さんの指が滑る。止めどない快感を逃がすのに私は必死になった。
これまでの数少ない経験の中で、エクスタシーを感じたことはない。こんなに淫らな体液を漏らしたこともない。でも、湊さんにクリトリスを弄られていると、本当に何かがおなかの奥から溢れそうな感じがするのだ。
「で、出ちゃうから、やめてくださ……」
「いいよ。出して」
「そ、そんな……無理ですっ」
「無理なのか? ははっ、どっちなんだよ」
小さく笑う湊さんに、あっという間に膝で足を割り開かれる。
「三谷。……挿れていい?」
職場にいるような堂々とした口調だけど、どこか不安げな眼差しに胸が締め付けられる。
「あっ……」
湊さんの唇が首筋を滑り、耳たぶに吐息がかかる。夢のような甘さに耐えられなくて顔を背けても、逃がしてはくれない。
「……俺の彼女になるのは嫌か?」
濃厚なキスの合間に、湊さんと視線が交わる。彼が切なく動きながら、悩ましい瞳で私を求めてくる。
答えを急かすような優しいキスが何度も降ってくる。
ず、ずるい。こんな……
だって、私、失恋したばかりで……そんなにすぐ、気持ちを切り替えられるかわからない。そんな状態で付き合ったら、湊さんを傷つけることになるんじゃないの?
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