【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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最終章、20年後

ラストシーン

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紺色のセーラー服に、エメラルドグリーンのスカーフが鏡に映るのが見える。

娘の白く細い手がおぼつかない様子でそのスカーフを胸元で結んでいる。
私は淡いベージュのスーツを着、コサージュをつける。

「あかり、支度できた?おばあちゃんちに寄ってから高校に行くからね」
「はい。パパは来ないの?」
「俺も行くよ。この日のために前から休み取ってたんだから」

遥はそう言いながら、鏡に向かってネクタイを結んでいる。


私たちが、高校を卒業してから――もう20年以上経った。
私も遥も、あの頃のような、弾けるような溌剌さはもう見当たらない。

20歳からずっと、遥の大学がある街で暮らしていた私たち。
遥のお父さんが10数年前に開業したクリニックを継ぐために、久しぶりにこの地に戻ってくることになり、一家で越してきた。

「どうか継いでほしい」とお父さんに頭を下げられ、遥がそれを受け入れたのだ。
遥にとっては大きな決断だったと思う。

今、この界隈は、都会へのアクセスもぐんと良くなって、高く綺麗なマンションや一戸建てが建ち並び、あの頃にも増して子供は増えている。小児科の需要もあるだろう。

いろいろあったけど……今は私たち親子3人で幸せだ。



古くなった実家に着き、あかりが玄関に飛び込んだ。

「おばあちゃーん!どう?制服!」

家の庭には桜が咲いている。
玄関の前で、母が目を細めて、孫を見つめている。

「よく似合ってるよ。入学したら勉強頑張るんだよ」
「はーい」

母はふっと笑うと、隣にいた私に「あかりを見てたら、あんたの高校生時代思い出すわ」とつぶやいた。
祖母となった私の母は、入学式には参加こそしなかったものの、孫の晴れ姿を喜んでくれた。

「あかりー、はるくんと姉ちゃんもこっち向いてー」

桜満開の門の前。
私や遥と同じく、この学園の卒業生でもある凛太が、私たち親子の写真を笑顔でカメラに収める。

「ありがとう、凛太兄ちゃん」

真新しいセーラー服を着たあかりが、凛太に駆け寄り、二人笑いながらカメラを見ている。

凛太もアラサーのお兄さんになっているが、優しい人間に育ったと思う。
母によると、反抗期は一人前にあったらしいけど……。

凛太にはずっと結婚願望はなかったそうだが、今は同じ職場に彼女がいて、ようやく結婚を考えているそうだ。

私がこの街から出て行ったことで、負担が掛かっていないか気がかりだったけれど――。
そんなことを言ったとしたら、「何を気にしてるの?」と逆に呆れられそうほど、彼は大人になっている。

それほど月日は経っていた。




入学式。
懐かしの母校である翠学園は、女子1期生だったあの時と比べ、男女の比率は半々になっていた。

あの頃の古びていた講堂はピカピカの施設に建て替えられている。机も椅子も校舎も、私たちがいた頃の雰囲気は見る影もない。
スポーツ科は廃止になり、今は専門の資格取得できるコースがいくつか増えていた。

一人娘のあかりも、医療専門コースに入学した。
ナースになりたいらしい。
忙しい父に反発しながらも、医療の道を志している。

「ご入学おめでとうございます!」

講堂ではきはきと挨拶をしている先生を見かけ、式の最中にそれが堤先生だと知る。

「なんか、あの先生藤田に似てね?」
「そうかなぁ……?」

私にとっては、堤先生はフレッシュなイメージのままなんだけど。当時の藤田先生は本当に怖かったし……。

「しかし、藤田が生徒と再婚するとはなあ…。須賀、今幸せなのかなぁ?」
いいおじさんになった遥がしみじみとつぶやき、肘で突く。

「幸せなんて、当人同士が決めることだよ」

藤田先生と結婚した千晴は、会うたび本当に満たされた顔をしているし、惺君は紅葉学院高等部の三年生になる。


学園のパンフレットを見ていた遥が、私の袖をつまみ「ちょっ、これ」と笑いながら指をさす。
覗いてみると、学園の系列大学の紹介に、村上浩輔と書かれた名前と、かすかにその面影が残っている年配の男性の写真が載っていた。

「村上だろ!これ」
「うわぁ~、村上先生、今教授してるんだぁ…」

村上先生。風格出たなぁ。やる気のなさそうなところは変わっていない。
ロマンスグレーの髪に、髭とメガネ。でも、とても素敵だ。

毎年年賀状のやりとりはしているが、卒業以来会っていない。
父のように尊敬し、兄のように慕い憧れた思い出の人。一生忘れることはない。

私と遥は、あの頃に戻ったかのように笑い合い、周りの視線を集めてしまった。こほんと咳払いをして、二人小さくなる。

あかりの姿を探す遥の横顔は、あの頃より精悍になり、年齢を重ねている。
もちろん私も同じだ。



「新入生、入場」

アナウンスとともに、ぞろぞろと入場してくるピカピカの高校1年生。
あかりが、私たちを見つけて、少しだけ口角を上げる。
心を許した人間にしか懐かないところや、クールな振る舞いは私似ではない。

「あかりはやっぱり遥似だね…」
「マジか。愛想ねえじゃん」
「八方美人じゃなくていいよ、大事な人に優しくできればいいんだよ」
「あー…入学してヘンな男にたぶらかされませんように…」

年頃の娘の身を案じる遥に吹き出す。
母も、そう思っていたのかなぁ…

ただひたすらに寂しがっていたあの頃の自分を慈しみながら、遥の隣にいられる奇跡に感謝した。



最愛の娘の未来が、どうか明るいものであるように。

ただそれだけを願いながら、桜吹雪の中、私と遥は娘の誇らしげな後ろ姿を見つめていた。






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