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第17章、千晴編
【12】夢のはじまり
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仕事から帰って、父も帰宅した夕食時。
「妊娠してるかもしれない」と両親に話した。
父も母も、先生と同じような難しい顔をしながら、私の話を聞いていた。
「仕事はどうするの?春から始めたばっかりなのに、職場に迷惑かけることもわかってる?無責任よ。千晴も哲さんも。まさか、『産むな』なんて言われてないよね?」
母は、この前よりも冷たい表情をしている。
「それは、ない…」
「それなら、すぐに籍入れなさい。あなたたちのためじゃないわ。赤ちゃんのためよ」
恋に浮かれていたのが、冷水をかけられたようにさめてゆく。
もう25なのに。
こんなこと言わせて、こんな顔されて。
親不孝者な上に、職場にも迷惑かけることになる。
妊娠も結婚も、喜ばしい話のはずなのに――。
「哲さん、挨拶に来るんでしょ?千晴の話だけじゃよくわからないし。全く……」
母に溜息をつかれて、父が取りなした。
「とりあえず、哲さんに来てもらって。できるだけすぐに」と、父が言う。
この前、父は庇ってくれたのに……。
父の悲しそうな顔を見ていると、裏切ってしまったような気分になった。
こくりと頷き先生に連絡すると、土日ではなく今日の帰りに寄ってくれることになった。
そして――その晩。
リビングに飾ってあった花瓶が、ガシャンと割れた。
「人の娘に手ェ出して妊娠させて!!あんたそれでも教師かァァ!」
反対派だった母が逆に、父を止めにかかっている。
興奮しきった父は、母を振りほどいて、先生に掴みかかった。
「パパ、落ち着いて」
「本当に、仰る通りだと思っています。反論はしません。申し訳ありません。私の責任です」
先生が床に膝を付いて頭を下げる。私が隣に駆け寄ろうとすると、母が止めた。
「澄ました顔して、本気で申し訳ないと思ってんのか!!!」
「パパ、それぐらいにして。千晴の体に障るから」
「黙っていられるか!!こうなれば話は別だ!!どこが大事にしてるっていうんだ!!!」
テレビのリモコンが飛び、衝撃音が鳴る。
リモコンは分解して電池が飛び出し、リビングのドアがへこんでいて、青ざめた。
「……千晴、ちょっと出よう。これじゃお腹に悪いわ」
緊迫した空気の中、母が私の腕を引っ張った。
「え、でも、こんな状態でほっておけないじゃん…!」
花瓶は割れて水浸しだし、ガラス飛び散ってるし、しかもこれ以上殴り合いになったら……。
私がまごついていると、「いいよ。出てて」と先生も私に言う。
母は先生に軽く会釈をしてから私を外へ連れ出した。
……びっくりした。
あの温厚な父が、あれだけ怒るなんて。
庭の砂利道を歩く膝が、小刻みに震えている。
「千晴。助手席乗りなさい。足元気をつけて」
冷静な母はガレージに周り、私を呼んで車に乗せた。
着いたのは、車で5分ほどの場所にあるレストランカフェ。
母はアールグレイ、私はカフェオレを頼もうとしたら、取り消されて、ハーブティーを頼まれた。
「カフェインは控えなさい」
……そうなんだ。コーヒーはだめなんだな。
友達も結婚していない子が多いし、周りに妊婦さんがいないのもあって、そんなことすら知らなかった。
つわりがないせいか、妊娠している実感はなくて、疲れやすいのは夏バテだと思っていたし、全てにおいての認識が甘かった自分がほとほと嫌になった。
「ごめんなさい……」
それしか言葉が出てこない。
母は、目を伏せてアールグレイのカップに口をつけた。
「……もういいわ。謝られても、この状況は何も変わらないんだから。あれだけパパが怒ってるの見たら、怒る気失せたわよ。ママだって、千晴が本当に幸せなら文句はないの。ただ、パパの逆鱗に触れちゃったのは仕方ないわね」
「……私のせいなのに、哲さんだけ悪く言われるのは……」
そう言うと、母は呆れた顔をした。
「何言ってるの。赤ちゃんには罪はないから連れ出しただけで、本当はあなたも哲さんと同じ立場よ」
さらに母は続けた。
「千晴も悪いのはわかりきってるわ。ママは、あなたじゃなくて赤ちゃんを守りたいからこれ以上言わないだけよ。それに、パパにああやって責められたからって、千晴に何か言ってくるような人ならやめることね」
「…………」
たぶん、先生はこの後、私には何も言わない気がする。
私に、父の事を悪く言ったりはきっとしない。
涙をこぼしていると、母が溜息をつく。
「……パパが、男として哲さんを許せない気持ちは何となくでもわかるでしょう?……それに、ママが反対してた時、パパはずっと千晴を庇ってたんだからね。それは忘れちゃダメよ」
「うん……」
あのパパが、あれだけ怒り狂う姿を初めて見た。
いつも、千晴、千晴と可愛がってくれて。
いつも、「パパは千晴の味方だから」って、言ってくれていたのに。
「……ごめんなさい……」
「もう、泣きやみなさい。千晴が泣いても誰も喜ばないわ。赤ちゃんも苦しいだけだし、哲さんだって悲しいでしょう」
ぐしゅ…と鼻を鳴らす私に、母はティーカップを置きながら言う。
「もっと強くなりなさい。結婚して母になって、誰にも文句言わせないぐらい、幸せになりなさい」
母らしいクールな言い方だったけれど、心の奥深くに突き刺さり、揺さぶられた。
ハーブティを飲み終えてしばらく経った頃。
母は「そろそろ帰ろうか」と言った。
「おかえり……」
家に帰ると、父と先生が少し気まずそうに出迎えてくれた。
先生、父に殴られてはない……か。
細身で小柄な父が、先生に向かって殴ろうとは思わないよね。
ガタイがよすぎるし。
「では……本日は失礼します。お父さん。ありがとうございました」
先生が深々とお辞儀をし、父もぺこぺこと頭を下げた。
父の方がいくつか年上だけど、腰の低い父。
何の話したんだろう。
この様子だと、和解したように見えるけど…。
先生がどう思ったか気になったけど、父の、父としての想いも十分感じた。
「妊娠してるかもしれない」と両親に話した。
父も母も、先生と同じような難しい顔をしながら、私の話を聞いていた。
「仕事はどうするの?春から始めたばっかりなのに、職場に迷惑かけることもわかってる?無責任よ。千晴も哲さんも。まさか、『産むな』なんて言われてないよね?」
母は、この前よりも冷たい表情をしている。
「それは、ない…」
「それなら、すぐに籍入れなさい。あなたたちのためじゃないわ。赤ちゃんのためよ」
恋に浮かれていたのが、冷水をかけられたようにさめてゆく。
もう25なのに。
こんなこと言わせて、こんな顔されて。
親不孝者な上に、職場にも迷惑かけることになる。
妊娠も結婚も、喜ばしい話のはずなのに――。
「哲さん、挨拶に来るんでしょ?千晴の話だけじゃよくわからないし。全く……」
母に溜息をつかれて、父が取りなした。
「とりあえず、哲さんに来てもらって。できるだけすぐに」と、父が言う。
この前、父は庇ってくれたのに……。
父の悲しそうな顔を見ていると、裏切ってしまったような気分になった。
こくりと頷き先生に連絡すると、土日ではなく今日の帰りに寄ってくれることになった。
そして――その晩。
リビングに飾ってあった花瓶が、ガシャンと割れた。
「人の娘に手ェ出して妊娠させて!!あんたそれでも教師かァァ!」
反対派だった母が逆に、父を止めにかかっている。
興奮しきった父は、母を振りほどいて、先生に掴みかかった。
「パパ、落ち着いて」
「本当に、仰る通りだと思っています。反論はしません。申し訳ありません。私の責任です」
先生が床に膝を付いて頭を下げる。私が隣に駆け寄ろうとすると、母が止めた。
「澄ました顔して、本気で申し訳ないと思ってんのか!!!」
「パパ、それぐらいにして。千晴の体に障るから」
「黙っていられるか!!こうなれば話は別だ!!どこが大事にしてるっていうんだ!!!」
テレビのリモコンが飛び、衝撃音が鳴る。
リモコンは分解して電池が飛び出し、リビングのドアがへこんでいて、青ざめた。
「……千晴、ちょっと出よう。これじゃお腹に悪いわ」
緊迫した空気の中、母が私の腕を引っ張った。
「え、でも、こんな状態でほっておけないじゃん…!」
花瓶は割れて水浸しだし、ガラス飛び散ってるし、しかもこれ以上殴り合いになったら……。
私がまごついていると、「いいよ。出てて」と先生も私に言う。
母は先生に軽く会釈をしてから私を外へ連れ出した。
……びっくりした。
あの温厚な父が、あれだけ怒るなんて。
庭の砂利道を歩く膝が、小刻みに震えている。
「千晴。助手席乗りなさい。足元気をつけて」
冷静な母はガレージに周り、私を呼んで車に乗せた。
着いたのは、車で5分ほどの場所にあるレストランカフェ。
母はアールグレイ、私はカフェオレを頼もうとしたら、取り消されて、ハーブティーを頼まれた。
「カフェインは控えなさい」
……そうなんだ。コーヒーはだめなんだな。
友達も結婚していない子が多いし、周りに妊婦さんがいないのもあって、そんなことすら知らなかった。
つわりがないせいか、妊娠している実感はなくて、疲れやすいのは夏バテだと思っていたし、全てにおいての認識が甘かった自分がほとほと嫌になった。
「ごめんなさい……」
それしか言葉が出てこない。
母は、目を伏せてアールグレイのカップに口をつけた。
「……もういいわ。謝られても、この状況は何も変わらないんだから。あれだけパパが怒ってるの見たら、怒る気失せたわよ。ママだって、千晴が本当に幸せなら文句はないの。ただ、パパの逆鱗に触れちゃったのは仕方ないわね」
「……私のせいなのに、哲さんだけ悪く言われるのは……」
そう言うと、母は呆れた顔をした。
「何言ってるの。赤ちゃんには罪はないから連れ出しただけで、本当はあなたも哲さんと同じ立場よ」
さらに母は続けた。
「千晴も悪いのはわかりきってるわ。ママは、あなたじゃなくて赤ちゃんを守りたいからこれ以上言わないだけよ。それに、パパにああやって責められたからって、千晴に何か言ってくるような人ならやめることね」
「…………」
たぶん、先生はこの後、私には何も言わない気がする。
私に、父の事を悪く言ったりはきっとしない。
涙をこぼしていると、母が溜息をつく。
「……パパが、男として哲さんを許せない気持ちは何となくでもわかるでしょう?……それに、ママが反対してた時、パパはずっと千晴を庇ってたんだからね。それは忘れちゃダメよ」
「うん……」
あのパパが、あれだけ怒り狂う姿を初めて見た。
いつも、千晴、千晴と可愛がってくれて。
いつも、「パパは千晴の味方だから」って、言ってくれていたのに。
「……ごめんなさい……」
「もう、泣きやみなさい。千晴が泣いても誰も喜ばないわ。赤ちゃんも苦しいだけだし、哲さんだって悲しいでしょう」
ぐしゅ…と鼻を鳴らす私に、母はティーカップを置きながら言う。
「もっと強くなりなさい。結婚して母になって、誰にも文句言わせないぐらい、幸せになりなさい」
母らしいクールな言い方だったけれど、心の奥深くに突き刺さり、揺さぶられた。
ハーブティを飲み終えてしばらく経った頃。
母は「そろそろ帰ろうか」と言った。
「おかえり……」
家に帰ると、父と先生が少し気まずそうに出迎えてくれた。
先生、父に殴られてはない……か。
細身で小柄な父が、先生に向かって殴ろうとは思わないよね。
ガタイがよすぎるし。
「では……本日は失礼します。お父さん。ありがとうございました」
先生が深々とお辞儀をし、父もぺこぺこと頭を下げた。
父の方がいくつか年上だけど、腰の低い父。
何の話したんだろう。
この様子だと、和解したように見えるけど…。
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