【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第16章、藤田編

【1】体育教師、藤田哲

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俺が高校生の頃は、時代が時代だったのだが、ヤンキーが多かった。

今見たら笑えるような格好と髪型で、目が合えばケンカ。
腕っぷしには自信があった。
とは言え、自分からケンカを仕掛けることはなく、売られれば買っていただけだ。

サッカーは中学・高校と続けていたが、選手レベルには至らない程度のもの。
高校の時のサッカー部のコーチに憧れ、体格と運動神経には恵まれていたので、地元の体育大に進学した。

就職したのは地元の翠学園高校。
歴史のある男子校で、昔から厳しい学校として名を馳せていた。


家内――みのりとは、教職について間もない歓送迎会の夜から付き合うことになった。
当時、俺は22歳。みのりは28歳。

「藤田君て、ずっと怒った顔してるよね?なんでー?笑ったらかわいいのに!」

小悪魔的な、男心をくすぐるような笑顔で話しかけてきたのがみのりだった。
なんだこいつは、と思ったのが第一印象だったが、その笑顔に惹かれてしまったことと、みのりの奔放な誘いに乗り、すぐに男女の深い仲となった。

音大を出て、音楽の教員をしていたみのりの自室には、グランドピアノが置いてあり、クラシックコンサートにもよく連れて行かれた。
音楽には詳しくはなかったものの、元々クラシックは嫌いではなかったので、積極的に聴くようになったのもこの頃だ。

みのりは芸術肌というか、常識にとらわれない女で、俺とは真逆の性格をしていた。
社交性もあり、人の心の懐に飛び込むのが上手かった。

何より、翠学園理事の娘。
少し甘やかされて育ってきた面は時折感じられた。


そうして、教職2年目を迎えた春。病弱だった父が他界した。

「哲。結婚しよう。私と家族作ろう。私、ママになりたい」

俺と付き合っていても、年上であるみのりが何でも決定権を持っていたが、主体性のない俺にはそれでも都合がよかった。

そんなみのりから、結婚の話。
父との離別の悲しみもあった。

「みのりがしたいなら、いいよ」
と返事をしたのが、運命の分かれ道だったのかもしれない。


結婚するにあたり、うちの実家に関する事を徹底的に調べられた。
正直、みのりの実家の遣り口に気分を害することもあった。
理事の了承を得た後は、夏休みに盛大な披露宴を行い、豪華な結婚式を執り行った。

もちろん、俺はみのりを好きだったから結婚した。
それは間違いではないが……。


いつからだったのだろう。
歯車が狂ったのは。


理事である義父と、みのりの顔に泥を塗るようなことはできない。
本来俺はそんなに気の付く方ではなく、愚直で不器用だという自覚はあった。
エリートコースには乗れないのはわかっていたが、失敗は許されないというプレッシャーは常に感じていた。

義父は、小言の多い神経質な男だった。
みのりを溺愛し、みのりよりも年下だった俺をいつも若輩者扱いし、お世辞なども言えない、愛想笑いもできない奴だと周りに吹聴して回っていた。

そんな時に与えられた生徒指導の仕事。
風紀を乱すような生徒がいると、親の敵のように目を光らせ、翠学園の伝統を守るために働いた。
熱くなるあまり、時には生徒に手が出ることもあったが、時代がそれを許し、問題となった時は義父が揉み消していた。

いつしか俺の周りには誰もいなくなっていた。



その時にはすでに、みのりの気持ちが離れていた事は気付いていた。

惇が生まれてしばらく経ち、みのりは社会復帰を果たした。
翠学園高校ではなく、隣市にある学園関連の中学校に着任した。
その頃から、俺を男として見ることはなくなっていた。

それでも、家族として何とか機能はしていたと思う。
みのりの外泊が増えた時は、惇に気付かせないように取り繕ったりもした。

他所で恋愛をしていることぐらい、あけっぴろげな彼女を見ているとすぐにわかった。
しかし、この歯車を俺の手で崩すことはできず、それでも家族としての関係は続いた。
これが家族なんだと思っていた。


そして学園は、少子化による、女子生徒の受け入れが始まり――。
翠学園の一つの時代が終わったような気がして、なかなか現実を見ることができなかった。
いつのまにか、学園に忠誠を誓っていたのかと自分でも驚いた。すっかり義父の犬だなと自嘲した。

共学化した後は、大きな混乱はなく毎日が過ぎていたが、何人かのバカは、女子を遊びの標的にし、奴らの処遇に頭を悩ませた。

枠からはみ出した生徒に、毎日怒りを向け続ける日々は変わらない。
規律に従えない奴はバカだ。
そう思いながら、毎日奴らを叱責する。


そんな俺の何がいいのか。

一人の女子生徒が俺の後をついて回っていた。


俺を見て微笑む奴などいない。
俺に近づきたがる奴などいないのに。

家での、俺を見る惇の冷ややかな目。
みのりは、俺のことなど見ようともせず、仕事と好きなことだけしている。
そして、日々の仕事。

年端も行かない17歳の彼女に、しがない俺の心の空洞を柔らかく満たされ、色あせていた毎日が華やかに彩られたようだった。

「何聞いてるんですか?ラジオ?」

俺のことを知りたがり、迷いなく真っ直ぐに俺の目を覗き込む。
俺に近づいて触れたがって、たやすく俺の心を占領した。

彼女に誘われ、教師としてあるまじき行為を何度も重ねた。

その頃具合の悪くなった母親の介護も重なり、彼女の体に触れる時間は、俺にとっても魅惑のひとときになっていた。
かろうじて最終の行為だけは避けたが、俺の手で須賀の体を弄ぶことに何とも言えない征服欲を持ち、己の弱さは彼女の我儘にすり替えた。
体を貪ることはしても、大事にはしてやれなかった。


彼女は、恋に恋をしているだけなのだろう。
叶わない恋はそれだけで中毒性がある。
それも、頭では理解しているつもりだった。
俺が本気になってしまったら、全てが終わってしまう。

しかし、甘やかな時間は何ものにも代えがたく、断ち切れずにいた。

同世代の男は、彼女の魅力に気付いていた。
俺が解放すれば、彼女がその男たちに染められるのかと思うと、苦しかった。醜い嫉妬だ。

自分の愚かさに心から嫌気がさした日、やっと彼女の手を離すことができた。
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