【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第15章、千晴編

【5】24歳、須賀千晴

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私は、窓を開けて消えてゆく二人の後ろ姿を見送りながら、助手席に背中を預けた。

あれから何年も経ったのに、私の心は振り出しに戻ってしまったなぁ。

先生。
私、今日で25歳だよ。
いい年齢だと思うんだけど。
周りには、結婚してる子だっているんだよ。

と思いながらも、心の裏では先生のご家族の姿が浮かぶ。
25になっても、往生際が悪いのは変わらない。

夜空を眺めていると、ふわぁとあくびが出た。
私もそんなにお酒が強い方ではなく、飲んだら眠気に襲われる。

今夜は雨雲が広がっていて星は全く見えず、湿気を含む夜の風が私を撫でた。
噂では台風が来るらしい。

「月も出てないじゃん…」
と呟いた時、階段から藤田先生が降りてきた。

先生が豪快にドアを閉めて座ったので車が揺れる。

「ど、どうしたんですか?怒ってます?」
「別に」

でも、見るからにイライラしてるような…。

「ケンカでもしたんですか?吉川先生と」
「ケンカなんかするか。親子ほど年が離れてるんだぞ」

ってことは、お説教を喰らわせたのかな……?
じゃあ、倉谷先生にもお説教した方が。

「…変な天気だな、今日は」
「台風が来るそうですよ」
「なるほどな。シートベルト付けろ。送るから」

送ってもらって、終わりか…。
いやいや、当たり前だから。
何期待してたの。

……今日、一緒にいられただけで満足しないと、また繰り返してしまうのは目に見えている。
そんな予測ができるようになった分、少しは成長したのかな。

そう考えていると、先生は前を向いたまま質問をしてきた。

「いくつになったんだ」
「え?」
「今日、誕生日じゃなかったのか」

先生は眉間にシワを寄せたままだけど、感激した。

「25になりました」
「早いな。月日が経つのは……」

そんな優しく呟かないで。
私が今でも諦められなくて苦しい事なんて、先生はわかってない。
私が今もどれだけ好きか、先生はちっとも……

「先生は、お酒好きなんですか?」
「……昔より、少し飲む量は増えたかな」

スムーズに流れていた車も赤信号で引っかかり、険しいままの先生を覗き込んだ。


「それなら……今度、飲みに行きませんか?二人で……」


せっかく、ただの元教え子でいようと思ったのに。
何年経っても、先生に近づきたい。


「……懲りない奴だな」

藤田先生は私の下心などお見通しだったようで。

「お前も大人になったのなら、もう少し自分の言動に責任を持て」
と溜息をつかれた。

「持ってます!私は、先生といたいからお誘いしたまでです。でも、私につきまとわれたら先生が困りますよね…」
「ああ。困る」

言葉では私を突き放しているのに、藤田先生は私の手を取った。
その手を引っ張られて、唇が重なる。

信号が変わると体を離され、先生は冷静な面持ちで運転を始めた。


……激しい鼓動がおさまらない。

キスされた。
なのに、デリカシーのない言葉に、ドキドキは打ち砕かれる。

「酒くせえ」
「仕方ないじゃないですか、宴会だったのに」
「顔も赤いし、そんなに強くないだろう」

あっさり当てられる。

「発言の責任は自分で取れよ」

先生はそれだけ言うと、車を走らせた。



先生の住んでいるらしいマンションの駐車場に着いた。
まごまごと狼狽えていると、「来ないのか」と言った。

「いいんですか、おうち…」
「違うよ。こっちだ。飲みに行くんだろうが」
「え?」

わー。ちょっと、勘違い恥ずかしい!
でも嬉しい。
本当に飲みに連れてってくれるなんて。

すたすたと歩き出す先生を追いかけていると、ヒールの音が響くのに気づいたようで、歩幅を合わせてくれた。

アスファルトの坂を少し下ると、小料理屋が見えてきた。
シブい外観だ。

「悪いが、お前が喜ぶような洒落た店じゃないぞ」
「いいです!楽しみです」

私の知らない先生の世界が見られるだけで、胸がいっぱいだ。
引き戸を開けると、女将さんらしき人が先生を見て、にこりと微笑んだ。

「いらっしゃい。今日は空いてるよ」
と言っても十分賑わっているが、座敷に通された。
台風が来るから、いつもよりはお客も少ないそうだ。

年代を感じる椅子にテーブル。
あの、紅葉学院前の定食屋さんに近い雰囲気だ。
様子を見ていると、ここはどうやら先生のいきつけの店のようで、女将さんも慣れた様子でお通しを持ってきた。

「お嬢さんは、お飲み物どうする?」と女将さん。
「ビールにします」と答えたら「ウーロン茶でいい」と先生に遮られた。

「明日も仕事だろう。やめておけ」

……先生と一緒に飲みたかったのにな。
しゅんと落ち込むと、女将さんが「飲めなかったら飲んでもらいな」と言ってくれて、結局ビールを頼むことにした。

先生は焼酎を飲み始めて、私はその哀愁漂う姿を眺める。
8年経てば、その分先生も年齢を重ねている。
それも含めて、愛しくて仕方がない。

先生。さっき、なんでキスしたの?
発言に責任を持てってどういうこと?
私は、嘘をついたりしないよ。

運ばれてきた料理に手をつけてビールを煽る。
家庭料理風のそれらは、懐かしい母の味という優しい味わいで、いくらでも食べられる。
宴会で食べたというのに、食べ過ぎ…

「おいしいですね」

そう言うと、藤田先生は少しだけ目を細めた。

普段笑わない人の笑顔は、心に響く。
それが好きな人であれば尚更で。

8年前からずっと心の中にいる。
私の人生の3分の1を、先生が占めている。
先生は、飲んでも饒舌にはならないし、普段と変わらず、お酒は滅法強いらしい。

二人で飲みながら交わした会話と言えば、この魚はどこで獲れたものだとか、この肉の部位はどことか…(笑)
色気のない雑談でも、先生が話してくれることは何でも嬉しくて、ずっと聞いていたかった。

あまり目を合わせてくれない先生。
話していると時々視線が合うのに、すぐに外れる。

胸がきゅっと切なくなって、もっと見てほしくなる。
もっと、先生の視界の中に入りたい。



雨が降ってきたらしく、店の窓ガラスに雨粒が打ちつけられた。
結局ビールは先生に飲んでもらわずに、私一人で飲み切った。

酔いも手伝っていい気分。
先生には、誕生日祝いということで御馳走になってしまい、会計の時に、先に外に出るように促された。

「気をつけてね、お嬢さん」

女将さんが私にも声を掛けてくれて、「ごちそうさまでした」とぺこりと礼をした。

お嬢さんて……
先生の娘だと思われてるのかな?
息子さんしかいないのは知らないのかな。

からからと引き戸をひき、のれんをくぐって外に出ると、雨は本降りになっていて、強い風で雨粒が舞っている。
続いて先生ものれんから出てきて、二人で寂れた赤い軒下から荒れている空を見上げた。

「タクシー呼ぶから、それで帰れ。俺は運転できないから」

先生は携帯を出し、タクシー会社に電話をしていた。
その姿をじっと見つめながら、いい誕生日だったなぁと今日を反芻していたら――。

――やっぱり、飲み過ぎたかも。
せっかく先生といるのに、しかもタクシーの手配してくれてるのに、立っていられない……。

先生は、そんな緊急事態の私に気付くことなく、舌打ちをして電話を切った。

「……だめだ。今、警報が出てるらしくて、どこも捕まらない」
「そうですか…」

と答えるが、……足に力が入らないし、気持ち悪い。

これは……リバースのフラグ?
先生の前でそんなことになったら終わりだぁ……!

ふらついた私は、携帯を握っている先生の腕に掴まった。

「おい、何してるんだ」

先生は私がふざけていると思ったらしく、ぐいっと押し戻す。
その反動で後ろに倒れこんで尻もちをつき、くたりと動けなくなった。

「おい……」

私のただならぬ様子に先生は身を屈めて私の顔を覗き込んできた。

「吐く……」
「だから言っただろうが!」

怒鳴られながらも抱き起こされて、先生にしな垂れかかった。
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