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第10章、結愛編
【2】結愛の春休み
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写真……使ってほしい……な。
でも、遥の家に来ているなんて、今親に知れたら……やっぱり家に連絡はできない。
「すごく、きれいです。……すごくきれいにしてもらったのに、ごめんなさい……」
謝りながら涙が出てしまった。
こんなに、人の温かい感情に包まれたことなんて、最近なかったし……。
顔を隠すように伏せて、指先で涙を拭う。
するとオーナーが立ち上がった。
「ああ、僕たちはいいんだよ。撮影代も春乃さんから頂いてるし、泣かないで、結愛ちゃん」
「まあ、若い子には優しいね、男どもは」
アシスタントさんがティッシュをくれて、お姉さんはあったかい紅茶を淹れてくれた。カウンターのハイチェアに掛けながら、ティーカップの中にそっと角砂糖を落とし、スプーンで混ぜる。
春乃さんも、やれやれと溜息をつきながら紅茶に口をつけた。
そして「この紅茶を戴いたら、うちに来なさい」と私に言った。
遥の母親の実家は、蔵のある由緒正しいお家だった。
格式高いその佇まいに、忍者が出てきそうだ…と思いながら、春乃さんが開けてくれた玄関の戸をくぐる。
「遥!お客だよ!」
突然、玄関で大きな声を出した春乃さん。すると、奥の方から足音が聞こえてきた。
「ばあちゃん帰ってくんの早くね?客って誰?………えっ、結愛!?」
遥が目を丸くしている。
茶髪じゃなくなってるし、何だか好青年になっている。でもビー玉みたいな瞳は変わらない。
春乃さんの後ろで、えへへと笑いながら手をあげたら、遥は呆れながらも笑っていた。
「こんなとこまでよく来れたな、寮から来たのか?おじさんとかおばさんは……」
「ご両親はここに来たことを知らないそうだよ」
春乃さんの言葉に遥は眉をひそめた。
「何でばあちゃんが知ってるんだ?つうか、寮って門限ねえの?」
「あるよ。17時までに帰れたら…」
「え?間に合うのか?もう4時過ぎてっけど」
三人一斉に壁掛け時計に注目する。
「どうなんだろ……えへへ」
……間に合わないかもしれない。
「えへへじゃねえよ。ばあちゃん、結愛送ってくるわ」
遥は舌打ちしながらメットをひとつ取り、私の腕を掴んで歩きだした。
春乃さんは、慌ただしく出て行く私と遥を見ながら、「今度はご両親に伝えてから来るんだよ」と言ってくれた。
遥にぐいぐいと引っ張られながら「今日は、本当にありがとうございました!」と春乃さんに挨拶をし、とめてあったバイクの前まで行った。
久しぶりに見た遥は、また背が伸びていた。
「なんでいつもいきなり来んだよ。今度は連絡してから来いよ。俺も今バイトから帰ったばっかりだしよ。事前に言ってくれたらちゃんと空けとくから」
怒りながらも落ち着いた物言いに、こくりと頷いた。ボコっとメットを被せられ、遥もシートから取り出して被る。
懐かしいこの作業。遥の後ろに乗るのは初めてだけど、このバイクは私も知っているし、バイクの二人乗りは初めてじゃない。
「まだ乗ってるんだね、このバイク……」
「ああ。かっこいーからな!乗れるまで乗るよ」
「一途だね」
「あー。そーかもな」
私が困らせるようなことをしても、いつも優しい遥。
久しぶりに会っても、遥だけは私を拒絶しないで受け止めてくれる。
シートに跨り、細いお腹に手を回して、ぎゅうっと抱きついた。
「ちゃんとつかまっとけよ」
この人がこんなに温かかったことを、なぜ私は気付けなかったのかな。
下道は空いていて、思ったより早く寮についた。
憑き物が落ちるような懐かしい爽快感。バイクで風を切る感覚は久しぶりだった。
ヘルメットを外して頭を振ると、フルフェイスのメットを被ったままの遥が手を伸ばしてきて、私の髪をほぐした。
「遥の彼女、元気?」
続いているのかそうでないのか知らないけど、尋ねてみた。
ヘルメットの中で、遥がどんな顔をしているのかはからない。
「んー……元気だといいな」
「別れたの?」
「そうかもな。わかんね」
「何で?」
「結愛は知らなくていいよ。それより、早く戻れば。あと5分で17時」
遥は意外とそういうところきっちりさせるんだよね…。自分は学校サボりまくりだったくせに。
「はぁい……。あ、春乃さんにお礼言っといてね」
「何の?」
「これ、撮ってもらったの」
バッグの中からガサガサと写真を出し、遥に見せる。
バイクに跨りながら写真に顔を近づけ、ドキドキしながら感想を待った。
「ははは。きれいじゃん」
「何か、私に、価値をつけてくれた気がして。ああ、がんばろーって、思えたの」
「ふぅん。もう十分がんばってると思うけどな」
……がんばってる?私が?
何気ない一言だが、その言葉は私の心を優しく撫でた。
……がんばってるのかな?
こんなに、迷惑ばかりかけてきた私が?
何度ママを泣かせたかわからない、私が?
なんにも言えないでいると、遥はペダルを踏み下ろし、「今度は連絡入れろよ」と言い残して帰って行った。
前とは違った感情が、心を占めてゆく。
撮ってもらった写真を眺めながら、私の人生はもう終わった気でいたけれど、まだ終わってはいないんじゃないかって、そんなことを考えた。
私のこれから。
もっと、ワクワクしてもいいのかな。
きれいにして、毎日楽しんで、普通の子みたいに未来に夢見てもいいのかな。
その日の夜は、小林先輩の夢は見なかった。
でも、遥の家に来ているなんて、今親に知れたら……やっぱり家に連絡はできない。
「すごく、きれいです。……すごくきれいにしてもらったのに、ごめんなさい……」
謝りながら涙が出てしまった。
こんなに、人の温かい感情に包まれたことなんて、最近なかったし……。
顔を隠すように伏せて、指先で涙を拭う。
するとオーナーが立ち上がった。
「ああ、僕たちはいいんだよ。撮影代も春乃さんから頂いてるし、泣かないで、結愛ちゃん」
「まあ、若い子には優しいね、男どもは」
アシスタントさんがティッシュをくれて、お姉さんはあったかい紅茶を淹れてくれた。カウンターのハイチェアに掛けながら、ティーカップの中にそっと角砂糖を落とし、スプーンで混ぜる。
春乃さんも、やれやれと溜息をつきながら紅茶に口をつけた。
そして「この紅茶を戴いたら、うちに来なさい」と私に言った。
遥の母親の実家は、蔵のある由緒正しいお家だった。
格式高いその佇まいに、忍者が出てきそうだ…と思いながら、春乃さんが開けてくれた玄関の戸をくぐる。
「遥!お客だよ!」
突然、玄関で大きな声を出した春乃さん。すると、奥の方から足音が聞こえてきた。
「ばあちゃん帰ってくんの早くね?客って誰?………えっ、結愛!?」
遥が目を丸くしている。
茶髪じゃなくなってるし、何だか好青年になっている。でもビー玉みたいな瞳は変わらない。
春乃さんの後ろで、えへへと笑いながら手をあげたら、遥は呆れながらも笑っていた。
「こんなとこまでよく来れたな、寮から来たのか?おじさんとかおばさんは……」
「ご両親はここに来たことを知らないそうだよ」
春乃さんの言葉に遥は眉をひそめた。
「何でばあちゃんが知ってるんだ?つうか、寮って門限ねえの?」
「あるよ。17時までに帰れたら…」
「え?間に合うのか?もう4時過ぎてっけど」
三人一斉に壁掛け時計に注目する。
「どうなんだろ……えへへ」
……間に合わないかもしれない。
「えへへじゃねえよ。ばあちゃん、結愛送ってくるわ」
遥は舌打ちしながらメットをひとつ取り、私の腕を掴んで歩きだした。
春乃さんは、慌ただしく出て行く私と遥を見ながら、「今度はご両親に伝えてから来るんだよ」と言ってくれた。
遥にぐいぐいと引っ張られながら「今日は、本当にありがとうございました!」と春乃さんに挨拶をし、とめてあったバイクの前まで行った。
久しぶりに見た遥は、また背が伸びていた。
「なんでいつもいきなり来んだよ。今度は連絡してから来いよ。俺も今バイトから帰ったばっかりだしよ。事前に言ってくれたらちゃんと空けとくから」
怒りながらも落ち着いた物言いに、こくりと頷いた。ボコっとメットを被せられ、遥もシートから取り出して被る。
懐かしいこの作業。遥の後ろに乗るのは初めてだけど、このバイクは私も知っているし、バイクの二人乗りは初めてじゃない。
「まだ乗ってるんだね、このバイク……」
「ああ。かっこいーからな!乗れるまで乗るよ」
「一途だね」
「あー。そーかもな」
私が困らせるようなことをしても、いつも優しい遥。
久しぶりに会っても、遥だけは私を拒絶しないで受け止めてくれる。
シートに跨り、細いお腹に手を回して、ぎゅうっと抱きついた。
「ちゃんとつかまっとけよ」
この人がこんなに温かかったことを、なぜ私は気付けなかったのかな。
下道は空いていて、思ったより早く寮についた。
憑き物が落ちるような懐かしい爽快感。バイクで風を切る感覚は久しぶりだった。
ヘルメットを外して頭を振ると、フルフェイスのメットを被ったままの遥が手を伸ばしてきて、私の髪をほぐした。
「遥の彼女、元気?」
続いているのかそうでないのか知らないけど、尋ねてみた。
ヘルメットの中で、遥がどんな顔をしているのかはからない。
「んー……元気だといいな」
「別れたの?」
「そうかもな。わかんね」
「何で?」
「結愛は知らなくていいよ。それより、早く戻れば。あと5分で17時」
遥は意外とそういうところきっちりさせるんだよね…。自分は学校サボりまくりだったくせに。
「はぁい……。あ、春乃さんにお礼言っといてね」
「何の?」
「これ、撮ってもらったの」
バッグの中からガサガサと写真を出し、遥に見せる。
バイクに跨りながら写真に顔を近づけ、ドキドキしながら感想を待った。
「ははは。きれいじゃん」
「何か、私に、価値をつけてくれた気がして。ああ、がんばろーって、思えたの」
「ふぅん。もう十分がんばってると思うけどな」
……がんばってる?私が?
何気ない一言だが、その言葉は私の心を優しく撫でた。
……がんばってるのかな?
こんなに、迷惑ばかりかけてきた私が?
何度ママを泣かせたかわからない、私が?
なんにも言えないでいると、遥はペダルを踏み下ろし、「今度は連絡入れろよ」と言い残して帰って行った。
前とは違った感情が、心を占めてゆく。
撮ってもらった写真を眺めながら、私の人生はもう終わった気でいたけれど、まだ終わってはいないんじゃないかって、そんなことを考えた。
私のこれから。
もっと、ワクワクしてもいいのかな。
きれいにして、毎日楽しんで、普通の子みたいに未来に夢見てもいいのかな。
その日の夜は、小林先輩の夢は見なかった。
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