【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第9章、千晴編

【7】私のこと、好きですか?

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「――あ、須賀さん」

暗いし寒いし、何なんだーっと思いながら角を曲がると、むくりと人影が立ち上がった。
サッカー部のさわやかユニフォームを着た、三浦君が本当に待っていた。

「ごめんね、呼び出して……」

三浦君は俯きながら鼻を擦り、緊張の面持ちだ。
うう。この独特な空気……!

「あ、話って……?」

白々しく用件を聞くと、三浦君は私に向き直って拳を握り締め、結構なボリュームで「付き合ってください!」と言い切った。


……。

「…………あの……」
どう断ろうか考えていると、後ろから「うおおおお!」とどよめきが起こった。

「千晴ちゃ~ん!オッケーしてやって!!」
「頼む―!」
「ミウ、ずっと好きだったんだってー!」
「千晴ー!」

悪ふざけとしか思えない援護射撃にギョッとして振り向く。涼太もしれっと混じってんじゃん!
三浦君はそんなギャラリーに臆することもなく、一歩踏み出して真剣な表情で言った。

「……あいつらの言ってるのはホントだよ。ずっと好きだったから、友達からでもよろしくお願いします!」

え……えっと。

病み上がりの私は、くらくらしながらその場に立ち尽くした。
三浦君の悪い噂は聞かないし、いい人かもしれないけど、それとこれとは別で、この演出ではイエスもクソもない。

「友達ならいいけど、つきあうのは……」


すると、涼太たちが何かを見てわっと逃げて行くのが見えた。
えっ、何何?ちょっと、置いてかないで……!

「お前ら、何を騒いでる!早く帰らんか!!」

地響きのような怒号で、藤田先生が現れたのがわかった。
「やべ、コーチ……」と、三浦君も情けない声を出している。

「行こう、須賀さん」
「えっ、ちょっと待って」
「走ろう」

三浦君は私の手を取って走り出し、冷たく睨む藤田先生の前を二人で通り過ぎようとした。

「コーチ、さようなら」
「さ、さようならっ」

かろうじて先生に挨拶をしたけれど、藤田先生は怖い顔をしたままだった。


涼太たちは逃げて散り散りになったようで、見渡してもいなかった。
もし尾行みたいな悪趣味なことしてたら、碧への恋路を徹底的に邪魔してやる。

「ごめんね……。須賀さん、電車だよね。俺も電車なんだ。……つきあえないのはわかったけどさ、今日だけ一緒に帰らない?」

三浦君は本当に申し訳なさそうにしていたので、この流れで一緒に帰ることになった。

「須賀さんは彼氏いるんだよね。なのに、告白してごめん」
「彼氏?今はいないよ?」

腐れ縁だった元彼とは夏には終わっていたし、それからはずっと藤田先生に片思いで……。
三浦君は、まだ言い足りないそぶりを見せる。

「…この前さ、見たんだ。男の人の車に乗ってるところ」
「えっ?」
「土日だったけど……俺は部活の帰りで」
「ああ、あれは彼氏じゃないよ。碧のバイト先の人で、一回だけ会っただけで……」
「あ、そうなんだ。……じゃあ……まだ、俺にもチャンスあるかな?」

三浦君は、人の目をまっすぐ見て話す人だ。
瞳の奥を覗きこまれると、藤田先生との関係までもがバレてしまうような焦りを覚える。

「チャンスって……」
「デート誘っても来てくんないでしょ? だから、帰れる時は一緒に帰らない?」
「……うん。デートは行かないね」
「正直だなー」

この学園に入学してから、告白なんて何度もされた。振った後、文句を言われたこともあった。三浦君は、そういうのもなさそうで、さすが好青年なだけある。

……でも。
はっきり言うことが、正しいとは限らないんだけど…
本当は気が乗らないのに、優しさにほだされるのは違う気がするから。

「私、三浦君のこと好きにはなれないと思う……。でも、ありがとう。嬉しかった」

包み隠さず、本心を伝えた。


三浦君はそのまま数駅乗ってゆくので電車の中で解散になる。

私はバス停のある駅で電車を降り、とぼとぼと歩いた。マフラーをしっかりと巻き直し、クラリネットのバッグをよいしょと担ぐ。停留所のランプはついに電球が切れてしまっていた。
チリチリとも鳴らなくなってしまって、物悲しかった。
まるで私の恋のようだ。

私が言えたことじゃないけれど、三浦君もこんな気持ちなのかな。
私もバッサリ、ぐさりととどめを刺してくれないだろうか。
先生のことだから、「俺の態度を見ればわかるだろう」とでも思ってるのかなぁ。
察してちゃんなのかな。

……ああ、また先生のことを考えている。
どれだけ繰り返すんだろう。

もう、やだなあ。
もう、本当にやめたい。好きじゃなかった時の自分に戻りたい。
私の心から先生を追い出してしまいたいのに……。

「腰痛い……」

生理痛で痛む腰を擦っていた、その時。
ロータリーに一台の車が入ってきた。

……なんか、見たことある、あの車。
マフラーに顔半分が埋もれていたので、指で押さえてその車をよく見る。
暗いから、はっきりとはわからないけれど、あれは――――。

その車は私の目の前に止まり、黒いジャージを着たドライバーは、「乗れ」とジェスチャーをする。

「……先生!?」

何で?
何で……!

逸る心を抑えながら、助手席に乗り込む。

「先生、何で……」
「知らん。シートベルトしろ!」
「な、何で怒ってるんですかっ。知らんって何ですか」

手が震えてうまくつけられない。ガチャガチャと慌てていると、先生が覆い被さるようにしてつけてくれて、かあっと顔が熱くなった。

「……少し時間あるか。家には届けるから」

先生は、私に一瞥もくれることなく車を発進させた。
カーステレオから聞こえてきたのは、管楽器の楽曲ばかり。ブラスバンドで演奏する馴染みのあるものもある。

「あ、これたなばただ…」
夏のコンサートで演奏した曲。
先生はハンドルを握りながら「最近はずっと聞いてる」と、低く呟いた。
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