【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第8章、村上編

【2】冬

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「…避けないで。」

白川は漆黒の瞳を涙で潤ませて、俺に抗議した。

好きな女に泣かれるとさすがに堪える。
が、「……避けてないよ」と平然と嘘で返した。


俺の返事が気に入らなかったのか、彼女は興奮しながらまくし立てた。

「私のこと迷惑なんでしょ。もう迫ったりしないよ。そんなことするためにここまで来たんじゃないよ。先生、元気にしてるかなあってずっと思ってたからだよ。
でも、先生は私になんか会いたくなかったよね……」


白川は、緊張していたのではなく、俺の態度で傷ついていたのだ。




「……違う、聞いてくれ。好きだよ」






誤解を解くために飛び出した言葉は、ずっと封じていたそれだった。

白川は俯き、眉間に皺を寄せて、大粒の涙を零した。


「…お前が、生徒だった時からだよ。浅野と付き合っていた時もだ。軽蔑するなら、していい」


そう言うと、白川は首を振り、涙を拭う。



俺の浅野への裏切りは、一生許される事ではない。

しかし、伊達に歳は食っていない分、白川の気持ちが今どこにあっても、まだ浅野にあったとしても、それごと受けとめるぐらいの気概は持っている。

また、不安で揺れているのなら、今度こそ俺といたらいい。
逆に、「そんなつもりじゃないし!」って言うのなら、盛大に振ってくれたらいい。

どれを伝えれば白川が泣きやむのかわからずに、ただ隣で、涙を零す彼女を見つめていた。

「………」


俺の視線に気づいた白川が顔を上げる。
涙に濡れた瞳を見ると、胸が苦しい。


少し見つめ合った僅かな時間のあとすぐ、その柔らかい唇に誘われるようにキスをした。

柔らかい唇は、俺の侵入を許して、滑らかに舌で受けとめる。

ココアの甘さが似合っている。
キスもとても甘くて、ふわっと立ち上る彼女の香りと混じり合って、口付けをしながらくらくらと眩暈がした。

現実感がない。

「ん…っ」

白川は俺の腕に手を添えて、俺の舌に少しずつ応じ始める。浅い吐息が可愛らしくて、だんだん腹の下が熱くなってくる。


「ふあっ……」

唇を離したら、可愛い声で息を吐いた。
まだ惜しいという目をした白川の唇と、淫靡な糸が繋がった。


「先生、…私、変になっちゃいそう…」

くたっと力なく俺に抱きつく白川を抱きしめ、そこにあるソファに掛けた。

俺の下半身はすぐ、欲の達成に結び付けたがる。
それを抑えて、甘いキスの余韻に浸っている白川の髪を撫でた。

ガキには興味ないのにな。
こいつだけは、昔から俺を惑わせる。

浅野の姿を思い浮かべ、罪悪感に唇を噛み締めるが、父親代わりを求めているなら、恋人として満たしてやれたらと思う。

「先生…」

ちょうど俺の膝を枕にして、ソファに横たわっている白川が、俺の腰を抱きしめた。

あんまりそこで動かれると…

俺の動揺を感じ取ったのか、白川はゆっくり顔を上げて、小首を傾げて微笑んだ。

「先生、エッチな気分になってるの?」
「……別に」

どう見ても勃起しているのに、とぼけて返事をする。
白川はそんな言い訳は聞いていないとばかりに俺のスラックスの上からそれを見つめた。

そうだ。こいつは最初、車の中で、心配している俺のズボンをズリ下げて、無理矢理口で…

最初のはじまりを思い出し、さらに強硬になりそうだったので、白川を起こして座らせた。調子が狂って仕方ない。

にこにこ微笑み続けていたので、「したいの?」と聞いた。
ムードもクソもない。


「したいっていうか、くっつきたい…。先生、大好き。…もっとキスして」

くっつく=セックスに結び付く俺は、30代半ばになっても、まだサルだ。


しかし――。

なだらかな曲線や、甘い肌の香りに欲情しながらも、心のどこかでずっと警笛は鳴り続けている。

俺が大人として、元教師としての立場を弁えていない事は置いておくとして、白川の心が見えないということが気に掛かる。

本当に、俺に気持ちがあるのだろうか。
白川も、自分の心が本当はどこにあるのか、気づいていないんじゃないか。
だが、セクシャルな興奮と恋愛感情が邪魔をする。

この弾けんばかりの体を、今からこの場で余すところなく貪るのは容易い事だろうが……

俺は、こいつの心まで手に入れられるのか?


「先生?」

目の前の可愛い女は、考え込んでいた俺を覗き込む。
俺はソファに浅く腰掛け、白川に向き合った。


何も知らないふりをして、隙のある彼女を自分のものにしてしまうか――それとも……。

少しの間逡巡し、迷いながら口を開く。

これが最後の質問だ。
この返事次第で、俺は……。

「……浅野のことは、本当にもういいのか?」


まっすぐ俺を見ていた大きな瞳が、居場所をなくしたように動いた。


「あいつと向き合ったか?ちゃんと終わらせたのか?」
「………」


散々俺を惑わせてきた瞳は、悲しい黒に染まった。




……ちゃんと、わかっているじゃないか。
自分の心が、本当はどこにあるのか。


俺は脱力するようにソファにもたれ、白川に告げた。

「俺とお前は何も始まってない」
「先生……」
「……好きだよ。だから、本当に好きな奴のところへ行きなさい。何度でもぶつかってもいいんだよ。俺は……過去、もっとぶつかればよかったと思うから」

唇を震わせ噛み締めている白川の髪を撫でる。

けなげで、弱くて、幸せに慣れていなくて、すぐふらふらして。
それでいてどこかしたたかで、ずるい女。
そういう女にばかり惹かれてしまう俺の趣味も、困ったものだ。


どれだけ寄り道しても、幸せにたどり着ければ、それでいい。


前にも言った言葉だが、何度でも言う。

お前らは何も終わってはいない。
今が全てじゃないんだよ。
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