53 / 128
第5章、碧編
【4】予兆
しおりを挟む
この街から離れた遥は、角が取れて、虚勢をはる事もない、普通の17歳になっていた。
きっとこれが普段の遥だったのだろう。
それ程、遥にとって堪え難い環境にいたのだと想像しながら、電車に揺られた。
バス停の近くには私のバイト先であるコンビニがある。バスを待っている間、家で食べるおやつが欲しくなり、立ち寄ってみた。
……太っちゃうな。
「あっ。碧ちゃん!今日休みでしょ?」
この曜日のこの時間は、いつも藤田さんがシフトに入っている。
「はい、用事の帰りなんですが、ちょっと甘いものが欲しくなって…」
と言うと、藤田さんは含み笑いをした。
「何ですか?」
「いや、甘いものほしいのって女の子らしいよね。可愛いなと思って」
「……藤田さん、口うまい…」
この人のこういう所、照れる…。
大学生になったらみんなこんな事言うのかな…。
と思ったのを勘付かれたのか、
「可愛い子にしか言わないよ。今日いい事あった?表情が違う」
と優しげな目を細める藤田さん。
……すごい。わかるんだぁ。
驚いて目を見開いたら、藤田さんが苦笑した。
「あ、当たった?テキトーに言ったんだけどね」
「………テキトーですか…」
そんなテキトーな発言にうっかり喜んじゃったじゃん!
「そろそろバス来るんじゃない?はい、おつかれ」
袋の中にはプリン。
村上先生が持ってきてくれた、あのプリン。
「ありがとうございます」
藤田さんから袋を受け取り外に出ると、ちょうどバスがやってきた。
バス停では、ちょうど出張帰りの母が待っていた。
19時を回った時間で、日帰り出張にしては早めに帰ってこれたようだ。
「お母さん!おかえり」
…と駆け寄ろうとしたが、疲れた横顔が見えて、少し歩みを止めた。
「…ああ、碧。こんな所でどうしたのよ?バイトだったの?凛太は…」
「あのね、お昼前から連れ出して、昼寝しちゃったから家に帰して、おとうさんいたから私だけまた外に出たの。転校して遠い所から会いに来てくれた友達だったから、帰りは見送りに行きたくて…」
「そう…」
疲れた母は、話を聞いているのだか、いないのだか、よくわからなかったけれど、横顔を見ていたら早く休ませてあげたくなった。
母と帰宅すると、凛太は一度起きて、また寝たようだった。
……そして、義父から漂う酒臭さ。
最近お酒の量が増えているのは知っていた。
私の下着を漁りには来なくなっていたが、母が忙しくしているのが寂しいのか、気に入らないのか、日中から飲んでいる事もしばしばある。
元々そういう生活で、夏休みになって私が気付いただけなのかもしれないが。
その晩は、私が洗濯機から洗濯物をカゴに移していると、リビングで言い争うような声がし、一瞬時間が静止した。
が、そのあと母の艶めかしいの声が聞こえ、舌打ちしたい気持ちになった。
こんなにあからさまに聞こえるようにするなんて、おかしい。
母は……酔った父に逆らえないんじゃないだろうか。
夜は、望ましくない方向へ妄想を加速させる。
カゴに入っている父のパーカーをヒステリックに広げ、ハンガーに掛けて乱雑に干す。
その程度の事でしか、憂さを晴らせなかった。
しかし、パーカーって。この暑いのに。
どうせパチンコ屋の空調が寒いんだろうけど。
覚えのある息苦しさを感じながら部屋に戻り、買ってきたプリンを開けながら、遥が映る動画を再生した。
口に広がる甘さにふうっと肩の力が抜けて、心が優しく満たされる。
スマホの小さな画面で、遥が笑っている。
今日のバス停での衝動を思い出して苦笑した。
あんなとこでエッチをねだってしまった。
さすがの遥も動揺してたな。
少しずつ積み重ねる思い出は、私の心を強くする。
もう、誰かに縋らなくても大丈夫だ。
一週間後には、遥の街に会いに行ける。
私の未来は、遥と共にあるんだから―――。
そう決意し、遥に会いに行く予定だった、8月の初め。
状況が一変した。
「碧」
出勤前の母が私を呼びとめる。
凛太は保育園の用意を済ませ、玄関で靴を履いている。
「今度の出張ね、宿泊になったの。急だし、家を空けて本当申し訳ないんだけど、家の事お願いできる?お父さんにもちゃんと協力するように言っておくから。翌日は早く帰れるから…」
今度の出張の日は、遥に会いに行く前日。
「うん。でも、次の日は……友達に会いに行きたいの…」
遥に会う約束だけは諦めたくないので伝えると、母はあっさり頷いた。
「いいよ。じゃあ、その日は凛太を保育園に送ってくれる?帰り迎えにはお母さん行けるから」
昔は、義父が送ったり、迎えに行くこともあったのに。
最近仕事が忙しいからと、義父は今朝も居間まで下りてこない。
その方が気兼ねしなくてよかったので、私にとっては好都合だった。
掃除に洗濯。買い物。
部屋から義父が出て来る頻度が減ったお陰で、食事を作ったりもできたし、バイトで家を出られる。
今年の夏休みは、自分なりに快適に過ごしていた。
―――そして、遥に会いに行く日の前日。
『ごはん用意できた?お父さんはごはん食べてる?』
出張先から、母が電話をくれる。
私と凛太がちょうど晩御飯の夏野菜カレーを食べていたところだった。
「おとうさんは部屋だよ。お昼は食べてたけど、晩御飯はまだだよ」
『そう。じゃあいいわ』
電話の向こうの母の溜息がこちらに聞こえてくるようだった。
凛太も聞き分けいいし、いつもより静かで大人しい。
夜、母がいないことが寂しいのかなあと思っていた。
しかし凛太は義父にも懐いているし、毎日一緒に寝てるし。
今日さえ乗り越えれば、明日はまた母も帰ってくるし。
それより、遥に会いに行く準備をしよう。
遥に会える喜びでいっぱいになっていた私は、機嫌良く部屋の電気を消し、眠りについた。
明日は、凛太を保育園に送ってから、新幹線に乗って…
明日は、遥にたくさん抱き締めてもらうんだ。
きっとこれが普段の遥だったのだろう。
それ程、遥にとって堪え難い環境にいたのだと想像しながら、電車に揺られた。
バス停の近くには私のバイト先であるコンビニがある。バスを待っている間、家で食べるおやつが欲しくなり、立ち寄ってみた。
……太っちゃうな。
「あっ。碧ちゃん!今日休みでしょ?」
この曜日のこの時間は、いつも藤田さんがシフトに入っている。
「はい、用事の帰りなんですが、ちょっと甘いものが欲しくなって…」
と言うと、藤田さんは含み笑いをした。
「何ですか?」
「いや、甘いものほしいのって女の子らしいよね。可愛いなと思って」
「……藤田さん、口うまい…」
この人のこういう所、照れる…。
大学生になったらみんなこんな事言うのかな…。
と思ったのを勘付かれたのか、
「可愛い子にしか言わないよ。今日いい事あった?表情が違う」
と優しげな目を細める藤田さん。
……すごい。わかるんだぁ。
驚いて目を見開いたら、藤田さんが苦笑した。
「あ、当たった?テキトーに言ったんだけどね」
「………テキトーですか…」
そんなテキトーな発言にうっかり喜んじゃったじゃん!
「そろそろバス来るんじゃない?はい、おつかれ」
袋の中にはプリン。
村上先生が持ってきてくれた、あのプリン。
「ありがとうございます」
藤田さんから袋を受け取り外に出ると、ちょうどバスがやってきた。
バス停では、ちょうど出張帰りの母が待っていた。
19時を回った時間で、日帰り出張にしては早めに帰ってこれたようだ。
「お母さん!おかえり」
…と駆け寄ろうとしたが、疲れた横顔が見えて、少し歩みを止めた。
「…ああ、碧。こんな所でどうしたのよ?バイトだったの?凛太は…」
「あのね、お昼前から連れ出して、昼寝しちゃったから家に帰して、おとうさんいたから私だけまた外に出たの。転校して遠い所から会いに来てくれた友達だったから、帰りは見送りに行きたくて…」
「そう…」
疲れた母は、話を聞いているのだか、いないのだか、よくわからなかったけれど、横顔を見ていたら早く休ませてあげたくなった。
母と帰宅すると、凛太は一度起きて、また寝たようだった。
……そして、義父から漂う酒臭さ。
最近お酒の量が増えているのは知っていた。
私の下着を漁りには来なくなっていたが、母が忙しくしているのが寂しいのか、気に入らないのか、日中から飲んでいる事もしばしばある。
元々そういう生活で、夏休みになって私が気付いただけなのかもしれないが。
その晩は、私が洗濯機から洗濯物をカゴに移していると、リビングで言い争うような声がし、一瞬時間が静止した。
が、そのあと母の艶めかしいの声が聞こえ、舌打ちしたい気持ちになった。
こんなにあからさまに聞こえるようにするなんて、おかしい。
母は……酔った父に逆らえないんじゃないだろうか。
夜は、望ましくない方向へ妄想を加速させる。
カゴに入っている父のパーカーをヒステリックに広げ、ハンガーに掛けて乱雑に干す。
その程度の事でしか、憂さを晴らせなかった。
しかし、パーカーって。この暑いのに。
どうせパチンコ屋の空調が寒いんだろうけど。
覚えのある息苦しさを感じながら部屋に戻り、買ってきたプリンを開けながら、遥が映る動画を再生した。
口に広がる甘さにふうっと肩の力が抜けて、心が優しく満たされる。
スマホの小さな画面で、遥が笑っている。
今日のバス停での衝動を思い出して苦笑した。
あんなとこでエッチをねだってしまった。
さすがの遥も動揺してたな。
少しずつ積み重ねる思い出は、私の心を強くする。
もう、誰かに縋らなくても大丈夫だ。
一週間後には、遥の街に会いに行ける。
私の未来は、遥と共にあるんだから―――。
そう決意し、遥に会いに行く予定だった、8月の初め。
状況が一変した。
「碧」
出勤前の母が私を呼びとめる。
凛太は保育園の用意を済ませ、玄関で靴を履いている。
「今度の出張ね、宿泊になったの。急だし、家を空けて本当申し訳ないんだけど、家の事お願いできる?お父さんにもちゃんと協力するように言っておくから。翌日は早く帰れるから…」
今度の出張の日は、遥に会いに行く前日。
「うん。でも、次の日は……友達に会いに行きたいの…」
遥に会う約束だけは諦めたくないので伝えると、母はあっさり頷いた。
「いいよ。じゃあ、その日は凛太を保育園に送ってくれる?帰り迎えにはお母さん行けるから」
昔は、義父が送ったり、迎えに行くこともあったのに。
最近仕事が忙しいからと、義父は今朝も居間まで下りてこない。
その方が気兼ねしなくてよかったので、私にとっては好都合だった。
掃除に洗濯。買い物。
部屋から義父が出て来る頻度が減ったお陰で、食事を作ったりもできたし、バイトで家を出られる。
今年の夏休みは、自分なりに快適に過ごしていた。
―――そして、遥に会いに行く日の前日。
『ごはん用意できた?お父さんはごはん食べてる?』
出張先から、母が電話をくれる。
私と凛太がちょうど晩御飯の夏野菜カレーを食べていたところだった。
「おとうさんは部屋だよ。お昼は食べてたけど、晩御飯はまだだよ」
『そう。じゃあいいわ』
電話の向こうの母の溜息がこちらに聞こえてくるようだった。
凛太も聞き分けいいし、いつもより静かで大人しい。
夜、母がいないことが寂しいのかなあと思っていた。
しかし凛太は義父にも懐いているし、毎日一緒に寝てるし。
今日さえ乗り越えれば、明日はまた母も帰ってくるし。
それより、遥に会いに行く準備をしよう。
遥に会える喜びでいっぱいになっていた私は、機嫌良く部屋の電気を消し、眠りについた。
明日は、凛太を保育園に送ってから、新幹線に乗って…
明日は、遥にたくさん抱き締めてもらうんだ。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる