【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第3章、碧編

【2】春の観測会

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「星空送ってやったら。あっちはここほど星が見えないだろうし。撮ってもよく見えないかな」

空を仰ぎながらスマホを向け、シャッターボタンを押し、村上先生に画面を見せた。

「はっきり映らないけど、拡大したらぼんやり映ってる」

“観測会だよ”と添えて遥に送信すると、すぐに電話があった。
「わあ、かかって来た」と先生に笑いかけ、電話を取った。

『キレイじゃん、星』

元気そうな遥の声。
鼻の奥がツンとして視界がジワリとぼやけた。

「…きれいでしょ。……元気なの?」

涙声になりそうだったが、堪えながら話をする。

視界に入っていた村上先生の口元が微笑む。
私の頭を軽く撫でて、他の生徒の所へ行った。


『元気だけど……もう会いたいな。碧がここにいたらいいのに』

遥の声が魔法のように不安と焦燥を鎮めていく。そして胸の奥に暖かな灯がともる。

「私も…」

ここに遥がいたらいいなって思うよ。





帰りの車では、美咲ちゃんが助手席に座った。
学校から近い私を先を送り届けてもらって、その後バス通である美咲ちゃんちに向かうそうだ。

美咲ちゃんは村上先生が好きなのかな。
運転している先生を見つめる瞳が、いつにも増して可愛い。


私は遥が好き。だけど数日前、先生に抱かれた記憶はまだ鮮明にあって。

もう、先生と身体を重ねることなんてないけれど、ほんの少し、ヤキモチみたいな、先生を誰かに取られたくない気持ちがあって。

それが美咲ちゃんであっても、少し淋しくて。

全部、何もなかったみたいに出来る先生は、すごいな…。



車を走らせ、程無くして私の家に着いた。

「忘れ物ないように」

先生が、助手席に手をつきながら振り向き、手を掛けられた美咲ちゃんが頬を赤らめていた。

「先生、送ってくれてありがとうございました。美咲ちゃんも、バイバイ」
「ああ。早く寝なさい。もう10時回ってるからね」
「碧先輩、さようなら!」

そうして、先生の車は美咲ちゃんを乗せて発進した。

……先生が再婚したりしたら、私は新しい奥さんに嫉妬したりするかもしれない。
心も身体も、私の全部を受け止めてくれた事は、先生にとって大した事じゃなくても、この先、先生が忘れたとしても、私はずっと覚えてる。
ずっと変わらない、特別な存在。


そう考えて、ふと気になる事を思い出す。

遥にとって、結愛ちゃんはどんな存在なんだろう。特別な女の子なんじゃないかなぁ…。
遥がいなくなって、結愛ちゃんはどう感じているのかな。
小林先輩は、結愛ちゃんに優しくしているのかな。酷い事されたりしてやしないか、さすがに心配になる。
撮影ごっこの被害に遭ってやしないかと…


「ただいまぁ…」

誰にも気付かれなければいいと思いながら、小さな声で挨拶をして家に上がった。
居間の電気はついたままだ。母と義父がいるのか、義父だけなのか…。

晩御飯はカレーを食べてきたので、居間には用事はない。
お風呂と洗濯だけさっと済ませて、すぐに自分の部屋に入ってしまおうと考えた。


凛太はもう、二階の寝室で寝ている時間だ。
無事に一人で入浴し、洗濯機を回す。

その間私も二階に上がり、また脱水が終わった頃下りて来ようと、居間の隣にある階段を上ろうとしたら、啜り泣く声のようなものが聞こえてきた。

すぐには気付かなかった。それが母のものだとは。

義父が何か笑いながら喋ると、今度は明らかな、纏わりつくような喜悦の声が聞こえる。

吐きそうになるほど不快だったが、あの人たちは夫婦だ。そういう事もしていて当然なのだ。
もしこれが、あの義父じゃなく本当の父だったら、ここまでの不快感はないのかもしれない。

―――本当の父とか、義理とか関係ないか。
白川孝介じゃなければ、ここまでの気持ち悪さは……きっとない。

極力声を聞かないでおこうともう一歩階段に足を掛けたら、再び義父の声がした。

「スケベだなぁお前は。お前に似たら碧ちゃんも淫乱だろうな?」

……気持ち悪…。

言葉責めにしてはセンスのない下らない台詞だ。
少し息苦しさを覚えながら、奮起して階段を上がる。

母は何か義父に答えていたが、妄りがわしく不明瞭で分からなかった。
大好きだった母が、遠くに行ってしまったように感じた。


もう、もう先生には縋らないと決めた。
遥も今、大変だし。

ゆっくり息を吐き、呼吸を整えようとするが、堪えていた涙は止まってくれず、次第に嗚咽が出てきて苦しい。

「はあ…うっ…ぐっ…」

一人、部屋の真ん中に座り込んで泣いていると、フローリングの床に置いていたスマホがヴーッ!と震え、ビクッと驚いた。
まるで私の嘆きを諌めるような有無を言わせない勢いのバイブに、涙も少し治まり、あたふたと内容を確認する。


「あ…先生だ…」

村上先生から、『プリン食べる?差し入れだから車には乗せないよ。』というメールが来ていて、顔を綻ばせながらスマホを両手で持つ。

『食べます。』と送ったら、『5分後寄ります』と返ってきた。


洗濯物干さなきゃ!
涙をごしごしと拭く。

夫婦の営みを邪魔してやりたかったけど、あんまり音を立てて凛太が起きるのもかわいそうだし、先生が来るのを見つかりたくもないので、静かに下り、洗濯かごを持って庭に出た。

焼きプリンはそんなに好きでも嫌いでもなかったが、先生がくれてからはちょっと好きになってきた。


触れられないと落ち着かない、いてもたってもいられないあの衝動は、遥と最後に会った日からほとんど消えている。

早くしなきゃと急いで干していたら、家の前の道路が少し明るみ、私が門を開けたと同時に先生の車が着いた。

窓はすでに開いていて、先生の手とコンビニの袋がにゅっと出てきた。

「はい。食べなさい」
「ありがとうございます…」

ふふっと笑ったら、先生も頭を掻きながら微笑む。

「早かったですね、美咲ちゃん送り届けるの…」

無意識に出た言葉には、ヤキモチが少しだけくっついて、ちょっとだけささくれ立っていた。

美咲ちゃんが…私と同じように先生に迫ったら、私と同じような展開になるのかな。って…
そんな小汚い考えを抱いていた自分に気付き、私ってつまんない女だなぁと落ち込む。

「家に送るだけだもん。何もないよ。本人元気だったし」
「そうだね…」

じゃあ…プリンを渡しに来てくれたのも、何も意味はないのかな?
なんて…、聞かないけれど。

すると、急に村上先生が笑い出した。

「プリン見たら思い出すんだよね。まんまるで満月みたいで白川の顔に似てない?」

ひっ…

「ひどいぃ~!」

人の顔をプリンや満月扱い!
私が怒ったら、先生は車の中でお腹を抱えて笑っていた。

先生って、実はデリカシーないの!?
私の事、太ってるって思ってたのっ!?

「じゃあね。早く寝なさい。プリン食うのは明日でもいいから」
「あ、うん。夜食べたら、余計にまんまるになっちゃうもんね…。太っちゃうし」
と嫌味を言うと、また、ぶーっと吹き出された。

「太ってないよ。元気かどうか確認したかっただけだから」
「…元気にはなった。」
「よかった。じゃあ、明日遅刻しないように」

笑顔で頷いて見せると、ウィーンと窓が閉まってゆき、先生は帰って行く。
先生は……こんな風に、遥の家にも通っていたのかな。

プリンを縁側に置いて、残りの洗濯物に手をつけた。
村上先生が来てくれただけで、あっという間に心が晴れた。
これから、プリンと満月を見たら村上先生を思い出しそうだ。

「失礼すぎる…」

つぶやきながら、空になったかごを持ち、軽い足取りで家に入った。
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