【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第2章、村上編

【5】急転

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山家さんの誘いは感動すら覚えるほど嬉しかった。

教員免許を持った若い研究者の中で、俺が一番見栄えがいいという理由で(それは山家さんの勝手な主観で、俺はイケメンでもなんでもない)、この学園にあてがわれたのだが、いずれは研究所に戻ると思いながら働いていた。

あれから数年経ち、教師としての喜びも確かに知ったが……昨日から自責の念に駆られながら自分の受け持ちの生徒で自慰に耽る。まともな道を踏み外してしまったような不安は消えず、教育者としてやっていく自信はもうなかった。

そもそも、俺は教師などやりたくなかったんだ。
研究所に戻れるならすぐにでも戻りたい。

『新しい人員は、またうちの若い奴を送ろうと思うんだ。どうだ?早い方がいいんだが、まずは生徒が第一だからな。学園とも話をするよ』

俺は二つ返事で快諾した。


戻れる、また研究できる。
その場にはもう詩織はいないが、心が湧き立った。

やっと戻れる――。



翌日は我ながら上機嫌で過ごした。未来に思いを馳せると後ろ暗かった感情も薄らぎ、最後の日まで、悔いのないように授業を進め、丁寧に仕事をしようと心新たにした。

見慣れた風景の職員室。辞めるとなると、もうここに来ることもなくなるんだな。
A組の連中は、卒業までみてやりたかったとも思う。
しかし、このチャンスを逃せば、研究所に戻るのもいつになるかわからない。

少し感傷に浸りながら書類を仕上げた時だった。丸い掛け時計を見てハッとする。

「あ、いけね。放課後話聞くって白川に……」

すっかり忘れていた。
放送をかけようと椅子から立ち上がったら、ちょうど白川が入室し、俺の席まで歩いてきていた。

「あ。放送かけようと思ってたら、来ましたね」
そう言うと、白川は上目遣いで俺に囁いた。

「放送かけられたら、悪いコトして呼び出されたって思われそう……」
「悪いことって何?」

いちいちこいつの発言にエロスを感じる俺も俺だが、今日は笑い飛ばせる。

「教室使いましょうか」

俺は白川をつれて、2年A組の教室まで歩いた。

生徒はもう帰っていて、教室には誰もいなかった。古びた椅子を引いて腰を掛け、机に肘をつく。
白川は、しおらしく昨日の礼を述べた。

「あれでよかったのかなと、帰り道考えたんだけどね。俺の対応は合ってたのかなって」

もし、俺の欲情云々言ってられない、深刻な話だったら、昨日の俺は白川を見捨てたことになるが…
酷く抽象的な俺の物言いに、白川はぽかんとしながら、静かに答えた。

「…合ってたと思うよ。寂しくなって電話しただけだから…」

彼女は俯き、きれいな髪が柔らかく揺れた。

寂しさ、か。
また頭を撫でてやりたくなったが、頬杖をやめた手を自分の膝の上に置き直した。

白川は、義父と母の話を、まとまらない様子であれもこれもと話し出す。話の大半は、どこの家庭でもよくありそうな日常の話だったが、義父に脱いだ下着を見られているということや、性を匂わせる発言だけは心配になった。

「私ばっかり話してるね。きいてくれてありがとう、先生」

一頻り話し終えた彼女は、すっきりした笑顔を俺に向ける。現に小一時間は話し続けていて、罪滅ぼしができた気がしていた。

そして俺も、話したくなった。

「じゃあ、ひとつだけ俺も話そうかな」

俺がそう言うと白川は、大きな瞳を輝かせてねだるように見入ってきた。

教師になった経緯と、昨日の山家さんの電話。
いよいよ念願の地に戻れる喜びで浮かれていた俺は、生徒相手に洗いざらい話した。
さっきまで輝いていた白川の瞳が翳ったことにも気付かずに。

「やめちゃうの?先生を…」
「そうなるね。でも俺みたいな人間より、いい先生が来ると思うよ」
「会えなくなるのやだよ。天文部もせっかく入ったのに…」

寂しげに言うが、その言い草が引っかかり、大人げなく指摘をする。

「白川は俺目当てで入ったんじゃないでしょう。浅野だろ?」

すると白川は、困ったような顔をして俯いた。その表情は可愛らしく、俺の胸を素直に擽った。


そして、思い切って苦言を呈した。

「年頃だし、付き合うなとは言わない。でも学校で危なっかしいことはするなよ」

こいつのあられもない姿を想像してオナっていた俺がよく言えたものだと思うが、心配している事に偽りはない。
特に校内で誰かにあんな場面を見られでもしたら、ただじゃ済まないだろう。これからの未来もつぶれてしまいかねない。

しばらくきょとんとしていた白川だが、俺が何を意味して言ったか思い当たったようで、顔を真っ赤にして肩を震わせた。混乱の色さえ見える。

「み…見てたの?」

見たくて見たわけじゃないと弁解したが、彼女の耳には入らない。

「どこまで見たの?裸も?私、どんな格好―――」

どんな格好…って…
いやらしい顔して浅野の上で腰を振ってた…なんて、こんな所で言えるわけねぇだろ。
取り乱す彼女を宥めたが、聞く耳を持たず、とうとう泣き出してしまった。

俺は頬杖をつき、涙をこぼす白川を眺めた。
泣き顔が似てるんだな…詩織に。
でも、もう白川は白川であって、詩織とは違う――。

撫でてやりたい。
抱きしめてやりたい。
下心なくそう思った。

「自己嫌悪で泣いている」と目にこぼれんばかりの涙を浮かべて言う彼女の涙を、そっと指ですくう。
白川はぴくっと体を硬直させたが、目を閉じて泣き続けていた。

て言うか、浅野よ。ずっと好きだった女を泣かせるようなことすんな。
こんなに泣かせて……もっと大事にしろよ。

俺が辞めたら、浅野に説教もできねぇし、こいつが泣いててもどうにもしてやれないんだな。
ここの職場にはそこまでの未練は持たないが、危なっかしいこいつらの行く末は心配だ。

白川の涙は止まる気配がない。俺はポケットのハンカチを彼女に差し出し、呟いた。

「危なっかしいなあと思うけど、俺は好きだよ。大事な生徒だよ」

大事に思っているよ。
白川も、浅野も、A組の連中も。
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