【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第2章、村上編

【1】化学教師、村上浩輔

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生徒を抱いてしまった。


子供だと思っていた生徒は、確実に女だった。
17歳の、一時の気まぐれに乗るなんて、どうかしていた。

どうして見守れなかったのだろう。

どうして俺は、こんなに情けないのだろう。

――白川の、迷子のような不安げな瞳は、詩織に似ていた。



夏が終われば、研究所に戻れる。
最初は嫌でたまらなかった教員生活も、終わるとなると寂しいものだ。

抱いた生徒は、別れた妻に似ていた。
一見大人しく見えるが、色気のある眼差しですっと俺の心を支配し翻弄する。そして、ひどい淋しがり屋。

別れた妻の名前は、詩織といった。


詩織は、俺が勤めていた研究所の事務員だった。
今ではどこでどうしているのかもわからない。俺に気を使って、所のメンバーも詩織の話はしない。

子供はいないまま離婚した。

結婚したのは27の年、詩織は24歳だった。
2年ほど付き合い、結婚したがる彼女に断る理由もなく、むしろ愛しさを覚えながら籍を入れた。

結婚してすぐ、詩織は子供を欲しがっていたが、俺はまだいいと思っていた。
その頃俺は臨時教員となり、仕事が忙しかったからだ。

結婚と共に仕事を辞めた詩織だったが、近所のパートなどを見つけてきては、ちょこちょこと働いていた。俺は仕事の忙しさにかまけて、彼女の事を放ったらかしだった。

週に数回愛し合っても、どこか物足りなさそうな彼女に気付いてはいたが、朝になるといつも通りだし、特段不満もなく、仲よく過ごしているのだと思っていた。

そうして、3年ほど経った頃。
「子供を作ろうか」と、詩織に話した。

待たせて悪かった。
でもまだ、俺は30になったばかりだし、詩織も20代。
当然、詩織は喜ぶものだと思った。
あんなに俺との子供をほしがっていたのだから。

しかし、彼女の表情は、想像していたものとは違っていた。
気まずそうに俯き、両手は膝の上でぎゅっと握っている。

「子供、ほしくない?」

黙りこくる彼女に、純粋に問いかけた。すると、大きな瞳から、涙の粒が落ちた。
詩織は、「好きな人がいる」と、俺に泣きながら打ち明けた。

こんな気持ちじゃ、親になんてなれない。
結婚生活だって、続けては行けない。
ごめんなさい。

泣き続ける詩織に、掛ける言葉は見つからなかった。
そして俺は、下品な嫉妬に見舞われていた。

今まで、嫌々俺とセックスをしていたのか。
俺に抱かれながら、誰の事を考えていたんだ。

しかし、俺にも落ち度があると思い直し、しばらくはそれでも夫婦生活を続けた。情けないことに、他の男の存在に嫉妬し、欲情したりもした。



ある夜、ベッドの上で交わりながら、詩織はついに男の名を呼んだ。
俺の名前ではない、男の名を。

そこで、糸が切れた。

その詩織の「好きな人」とは、体の関係などなく、ただ単に片思いしているだけだと言っていたが、到底信じられるはずもなく、俺は逆上した。
今思えば、暴力に近かったと思う。

詩織の顔は恐怖に歪み、ごめんなさいと何度も繰り返していたが、許せなかった。
泣き叫ぶ詩織を無理矢理押さえつけ、事を終えた。

詩織だけが悪いのではないのに。



俺が離婚に応じたのは、それからすぐ後のことだった。
ローンの残るこの家に一人。
内装だって、詩織の望むとおりにした。
アイランドキッチンがいいだのなんだの、和室は小上がりにしたいだの。
子供部屋はここだね、なんて話したりしたその部屋は、今は物置だ。

全て要望を実現したはずのこの家を、詩織は躊躇せず出ていった。

俺も、売り払って出て行ってもいいはずなのに、物ぐさなのが災いして、いまだ住み続けている。


この家に上がった生徒は二人。
白川と……、もう一人は浅野だ。

学園が初めて女子生徒を受け入れた年。
女子の入学生徒数が少なかったこともあり、教員側には想定していたほどの混乱もなく過ごしていた。

気になったのは、一人の男子生徒。
入学当初から、人を見下し、世の中に失望しているような目つきをする浅野を、俺は放っておけなかった。

浅野は両親が不仲である影響をまともに受けていた。
小学生までは、真面目な子だったらしい。小さい頃の夢は、父親の職業である医師だったそうだ。

ご両親もきっちりした方だという事は知っているが、実際の家庭生活まで立ち入っているわけではない。

休みがちな浅野の家に寄って帰る日が続いた。
母親はたびたび遠い実家に帰っていた。金は置いてあり、食うものには困っていなかったし、家の掃除は行き届いていた。

最初は浅野も警戒して俺の事を受け入れなかったが、学校に来た時は、ぽつりぽつり俺に話しかけてくるようになった。

「先生、なんで離婚したの」

そんなことを聞かれ、イラッとしながらもバカ正直に経緯を話した。
浅野は、まっすぐ俺を見ながら話を聞き、俺が話し終えると、考え込むような顔をしていた。

「ふぅん。……じゃあ、俺がいなかったら、俺の両親は別れられてたのかな。俺のせいで、別れられないのかな」

高校一年生。
幼い子供ではないとは言え、まだ、子供でいたい部分もあるはずだ。
そんな時期に、そんな疑問を抱かせる両親に、静かに憤りを感じた。

「お前がそんなこと気にするな。それより、女とかいないのか。恋愛でもして青春してろ」

軽口を叩き笑いかけると、浅野は一丁前に鼻で笑いやがった。

「俺、童貞じゃねーし」と、偉そうにふんぞり返っている。バカめ。

「俺だって童貞じゃねぇよ」

俺も完全に大人げない返事をする。
浅野はひひっと笑いながら、話を続ける。

「あの、放課後いつもサッカー部見てる子。なんて名前だっけ」

浅野の表情で、その女子に気があるのはすぐにわかった。……それが誰のことだかはわからないが。

「……知らないな。」
「うちのクラスだよ。なんで知らねーの、担任なのに」

何だ。執着しやがるな。

「うちのクラスぅ?じゃあ白川か須賀だろ。須賀はブラバンだから、白川碧か?」

華やかで活気のある須賀に比べ、白川は、穏やかでニコニコしてる無害な生徒。
少し幼さが残る輪郭に、艶のある黒髪。大きな瞳が印象的だ。

「あいつが白川碧かぁ…」

含みをもたせるような言い方をする浅野に、俺は笑いながら「青春だな」と冷やかした。

「うっせーな、別に興味ねぇよ。そいつを狙ってる奴を知ってるだけだよ」
「あっそ」

俺から見る高校生は、キラキラ輝いていて眩しい。
彼らのこれからの可能性は、今の俺より無限に広がっていて、無数の選択肢がある。

天文部の顧問になり、大人になって初めて目の当たりにした星空には、胸が震えた。
その星の数ほどの可能性が、彼らにはある。

「そうだ、お前部活やんないの?リトルリーグ入ってたんだろ」
「野球は中学でやめたよ。今更…音楽聴いて漫画読んでるだけでいい」
「じゃあ、天文部入れば?たまには空でも見上げろ」
「ハア?興味ね~」

浅野は煩わしそうに眉を寄せた。
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