【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

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第1章、碧編

【7】恋

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うちの高校は、おもに野球、バレーボールに力を入れていて、その二つの部は専用のコートやグラウンドがあり、そこを見学している生徒はたくさんいるし、部員数も多い。

サッカー部は強豪と言えるほどでもなく、他校と比べても特に遜色なかったが、スポーツ科に入った運動神経のいい人たちがレギュラーを独占していて、東野君や三浦君はスポーツ科でもないのにレギュラーであることが珍しかった。

昨日まで見ていた風景と、違う。
わくわく、心がはやるような想いを抱きながらサッカー部を見つめていた昨日とは、何かが変わってしまった。


歩いて帰るなら、明るいうちに早く学校出なきゃ。
また襲われたら誰も守ってくれないかもしれない。
浅野君に借りた服も返せていないし……。
帰りも送ってくれようとしていたのに、断らなきゃよかったな。

朝、抱きしめてくれたのは何だったの。
嬉しかったのに……。
もっと、してほしいって言ったら、してくれるのかな……。


諦めて帰ろうと窓を閉めたら、「帰るのか?」と声がした。
振り向いたら、村上先生があくびをしながら立っていた。


「はい、あ、先生、浅野君知りませんか?」
「浅野?天文部の部室で漫画読んでんじゃない」
「えっ?浅野君、入部したんですか?」
「そうだよ。昨日入部届持ってきたからね」

そうだったのか…
先生が誘ってるだけかと思いこんでいた。


「先生、私も天文部入る。今日お母さんに署名してもらって明日入部届出すから、今日部室行ってもいい?」

村上先生は興奮気味の私に驚いている。

「ああ、いいけど…何だ?昨日は『浅野がいるから嫌』っつってなかったっけ」
「変わったの!」

変わったの。
心が、昨日とは違うの。

浅野君のこと、もっと知りたい。




プレハブ建てのような文化部の部室に辿りつき、天文部のプレートを探し、ガチャリとドアを開けた。
そうっと覗くと、ドアを開けたことに気付いた何人かの部員が、戸惑いの形相でこちらを見る。

「あっ、こんにちは。2年A組の白川碧です。天文部に入ることになりまして…」
「え。女の子?」

立ちあがって出迎えてくれた人は優しげな3年生だった。

「部長の高田です。入部の手続きはまだだよね…?」
「はい、明日村上先生に入部届を出すことになってます」
「そっか、了解。2年A組ってことは、浅野君と一緒?」

高田部長が向けた視線の先に、浅野君がふてぶてしく足を机に投げ出し、ヘッドホンを着けて漫画を読んでいた。
マンガみたいな不良の図だな。

その後は、部活動のことについて、一通り説明を受けた。
流星群の時期は、学校の泊まって屋上で観測するらしくて、わくわくした。
とても楽しそうだ。

その時、部室にいたのは、高田部長と、浅野君と、1年の生徒が3人。この日は全員男子だったけど、いつもは1年生の女の子2人組と副部長もいるそうだ。

「幽霊部員もたくさんいるんだけど、普段ここに来るのは10人もいないんだ。でも、みんないい奴だから。これからよろしくね」

部長のスマイルに、心が温かくなる。
私も笑顔で「よろしくお願いします」と返事したら、浅野君がヘッドホンを外し、私を見る。
ひらひらと手を振ると、浅野君が立ちあがった。

「何で入部してんだよ」
「村上先生に誘われたんだもん」
「チッ……」

舌打ちー?

「それより、アレ!返してもらってないの。私も浅野君に返さなきゃ、着替え」

自転車通学は禁止されているので、自転車の鍵という名称を伏せたのだが、怪しい会話内容だと思われたのか、部長たちの頭にハテナマークが見えた。

浅野君がもう一度舌打ちをして、私の腕をつかんで部室を出る。
廊下に出てもまだ進んでゆく。

「痛い、浅野君」
と言うと、手が離れて振り返った。

「……東野に送ってもらえばいいんじゃね」
「え?部活してるよ」
「俺も部活中。」
「音楽聞いて漫画読んでただけじゃん」

浅野君は舌打ちをして、私をにらむ。

「そんなに俺と帰りたい?」

癪に障る聞かれ方だけど、答えは……帰りたいしかない。
ムッとしながらも、こくんと頷いた。

浅野君は、仕方なさそうに言った。

「……じゃ、送るよ」


風に吹かれる薄茶色の髪が、サラサラしてきれい。
切れ長の二重の目で、瞳の色も少し薄くて、全体的に色素の薄いイメージがある。
なんで、そんなに不機嫌なのかわからなかったけど、その理由は後ほど判明した。


下校時刻になり、帰り始める。
今日はお母さんに入部届書いてもらわなきゃ、忘れちゃいけない。

公園の方面へ帰るのは私と浅野君しかいなくて、他の人たちは大体電車通学だ。

部長たちと校門前で別れて、浅野君と共に歩道を歩いた。
運動部の子たちはまだ活動していて、フェンス越しにサッカー部が見えた。
浅野君と歩きながら、東野君を見つけようとしたら、三浦君と目があった。


「碧ちゃん、バイバーイ!」

三浦君に大きな声で名前を呼ばれて、東野君らしき人物がこっちを向いた。

「バイバーイ!」

私も、二人に手を振ってたら、浅野君は速度を上げた。

「あっ、待ってよ、浅野君」

小走りで追いかけても追いつけない。
もう、なにー!


辺りは日も陰って暗くなり、鬱蒼とした植え込みを見たら、胸がドクンと打ち、冷や汗が出てきた。

「……ま、待って、浅野君」

気持ち悪い。
昨日のことが鮮明に思い出されて体が震えだす。
私の様子に、怒っていた浅野君もさすがに立ち止まった。

「……大丈夫かよ?怖い?」

コクコク頷いたら、浅野君は少し周りを見回して、私の手を取った。

「大丈夫だよ。一人で待つ方があぶねーから。……一緒にいるし」

浅野君の手は熱くて、ドキドキして、安心する…


植え込みの中に、一台だけとまっている白い自転車。
浅野君が鍵を出し、解錠に手こずっていた。

「錆びてるよな、これ」
「そうなの」

浅野君は、私の手を握りながら、解錠を試みていた。
カシャンとロックが外れても、手は繋いだままで……。

昨日、ここでおもらしまでして……。


胸を押さえて、浅く息をしていたら、浅野君は心配そうに私を見る。

「おい……」

繋いでた手を離そうとしたから、いや、と首を振った。
私に触れていて欲しい。

「手つないでて……おねがい」

それだけ伝えて短く息をしていたら、浅野君は鞄を前かごに放り込み、もう一つの手で私の体を抱き寄せた。

「ゆっくり息吐いてみな。過呼吸になるぞ」
「か、過呼吸…?」

何だろう、聞いたことはあるけど症状は知らない。
次第に手が痺れてきて、息が苦しくなってきた。

こわい、こわい、苦しい、

浅野君の胸に縋り付いて泣きそうになっていたら、私の頬に浅野君の指が伝った。
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