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しおりを挟む玄関扉を開けて「ただいまー」と間延びした声をかける。靴を脱いで部屋に上がる。リビングの扉を開けて、中に入るがユキの姿はない。大体は、俺が帰ってくると様子を確認するように、自室の扉を開けて顔をのぞかせているのだが、今日はそれもない。
不思議に思って、鞄を置いてからユキの部屋をノックする。
コンコンと軽い音を立ててそれから、少し間をおいて入る。
「ユキー、入るよ」
すると椅子の上で、背中を丸めて、タオルで顔を覆ったまま小さくなっているユキがいて、彼はすこしタオルから顔を上げて、俺のことをちらっと見る。
「……どうしたの?ユキ」
その瞳は涙に濡れていて、タオルで擦ったのか顔が少し赤い。思わず声をかけるが、ユキはさらに体を小さくして、それから呼吸を一生懸命に整えて、タオルを顔から外す。けれどもうつむいていて表情は見えない。
「……なんでも、ない」
そんなわけが無いと、すぐに思ってユキの肩をつかむ。
「ユキ、何かあったなら教えてほしい」
咄嗟にそう言って、じっと彼を見据える。けれども、ユキはこちらを見ようとはしない。そして俺の手を掴んで、やんわりと拒否する。
「セージには、関係ない。ごめん。今日はご飯食べる気にならないから、一人で食べててくれ」
……関係ない。
その言葉は確かにその通りであり、俺はユキの飼い主であって、決して恋人ではない。ユキを無理矢理に家に引っ張り込んでペットなどと言ってるだけで、実情は相手のことを全く鑑みないただの爛れた関係だ。
それを望んだのは俺だし、そう言われてしまえば、それ以上踏み込む権利は俺にない。
その涙の理由を知りたくなる気持ちを何とか、押し殺して部屋を出た。
「……」
それから、無心で食事をして風呂に入り、持ち帰った仕事を進める。何十秒かに一回、ユキのことを考えそうになるがそのたびに、その考えを振り払って仕事をしようとするが、どう頑張っても集中できない。
仕方なく自分の部屋からバルコニーにでて、煙草に火をつける。
眼下に広がる夜景をなんとも思わずに、見下ろして灰を落とす。ニコチンが体に回ると、少しリラックスできたように感じて、ため息と同時に煙を吐き出した。
ユキは俺が拾った俺のペットだ。基本的には少し抜けていて、ぼんやりしながら絵を描いているだけの、可愛いい生き物。でも、多分、俺に懐いてない。
そりゃ、そうだろうと思う。なんせだまし討ちのようにして、ノーマルの彼を抱いたのだ。怖かっただろうと思うし、だから未だに、本名を教えてくれないのも、ユキが趣味だと言い張る絵に関することをまったく言わないのも、それらすべては彼が俺に抱いてる忌避感からくるものだろう。
そしてそれが、ペットとして、いろんなものを与えてもらう代わりに体を差し出す、俺たちのゆがんだ関係の線引きなんだろうと思う。
だから、彼とそういう風な関係性を築いた俺が、関係ないと拒絶されることに関して、とやかく言えることではないのだ。それに、俺はこの関係を築いてまだそれほど日は経っていないが、少し安心しているのだ。
これならきっと、凛久のように不安になる事もないと思える。
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