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しおりを挟むここへきて、十日ほどたった。しばらく、なんだかんだと忙しい日々を送っていたが、やっと少し落ち着いて生活をすることができている。
細々としたものを買い足して、生活に必要なものはそろったし、セージからこの部屋のカードキーももらった。買い物用にクレジットカードももらったけれど、近くの画材屋で一度使ったきり、使用していない。正直いって、ボクはあまり家から出る必要性を感じていなかった。
なんせ、朝起きてから少し家事をして、それからずっと絵を描いていても誰にも邪魔されないのである。絵に文句を付けられることも、怒鳴られることもない。それだけで、さくさく筆は進むし、依頼の品もこれまでにない速さで書き上げる事が出来た。
あとは、これをミノルに渡すだけなのだが、それだけがとにかく億劫で、ボクはまだ彼からの電話に出られないでいた。
……。
筆をおいて、絵を眺める。
ボクの描いてる絵は水彩画だ、油絵はやったことがない。そして一応は、その絵をヤギさんという知り合いの伝手で売ってもらって収入を得ていた。
ボクみたいな、学歴もないし、経験もない、独りよがりな画家志望の絵を売るのは大変らしく、ボクの絵を見て気に入った人から依頼を受けてその依頼に合った物を描いて、少しいい金額で買ってもらう。言ってしまえばオーダーメイドの販売スタイルだ。
ただし、その売り上げは、大部分は手数料として、ヤギさんが持っていくし、何ならボクは彼のところで面倒を見てもらい働いていたので、最低限の生活ができる以上のお金は貰っていなかった。
それについては特に問題はない、高校を出て、黄色い旅行鞄が唯一の財産だったボクの面倒を見てくれたのだから、文句を言うのは筋違いだろう。
けれど、どうしても許容できないことがあった。だから、また、大きな鞄に荷物を詰め込んで逃げ出したのだ。
そんなときに、ヤギさんを紹介してくれた、高校からの友人であるミノルから連絡が来て、色々あって無一文になった。
その、色々、というのは喧嘩といえばいいのか、はたまた、騙されたというのか、まあそんな感じの嫌なことが起きたのだ。けれども、この状況をずっと放置しておくわけにはいかない。
依頼の資料もスマホだけでは、画面が小さすぎるし何より、完成したものは、ミノルに渡すようにと、ヤギさんから言われている。それと報酬も、ミノルから受け取るように、とのことなのだ。
完成している絵はもう納期も近い。その期限を破るようなことはしたくない。……したくないのだが。
……会いたくねえ。でもこの生活を続けていくとして、金銭的にセージに頼り切りになるのは、もっと駄目だ。
そろそろ、セージが帰ってくる時間なので、机の上を片付け始める。
……今回の報酬以外にも今まで手数料として、持っていってた分もヤギさんはボクに返してくれるつもりだって言ってた。だからそれを使えば当面の生活費は、セージに渡せるし、画材だってたくさん買えるだろう。
ヤギさんがどんな思惑があって、ボクにそのお金を返そうと思っているのかはわからないけれど、今のうちにもらう物をもらっておくのは悪いことじゃないはずだ。それを、今もミノルが持っている。
ボクがヤギさんの元から逃げ出してから、ヤギさんは多分気を使ってボクにヤギさんと顔を合わせなくていいように、ミノルを介して色々とやり取りをするようにしてくれたのだが、それをいいことにミノルはボクにいろんなことを要求してくる。
理不尽にキレるし、あいつ、たぶんボクのこと嫌いだろ。
そのくせ、どんなにきちんと対応しても、ヤギさんがボクによこした手数料の入った口座は返してくれない。
あらかたの片づけが終わって、完成した可愛らしいネコの絵を眺めながら、スマホに電源を入れる。途端にバイブレーションの音が部屋に響き渡って思わず顔をしかめる。今回はきちんと充電してあるから、どれだけバイブが鳴っても充電が切れることは無い。
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