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 加護を与え続けて、無事に成人を迎えたら、ルーシャには将来の王妃の立場が与えられる。そう約束されているだからこそ頑張れた。

 教師をつけてもらえないので自分でたくさん勉強した。足りない部分もあるだろう。しかし正式に結婚すればこの離宮から出ることが出来る。

 もう少しあと半年ほどだったのに、蝋燭の炎のように愛情はふっと立ち消えて、代わりに別の感情がともった。

「…………」

 一度それを押さえようと考えた、しかし、約束が守られないのなら何もかも消えてなくなればいいと心の底から思ってぐっと拳を握った。

「天罰ってご存じですか?」

 様々言いたいことがあった。

 口汚く罵ってやりたかったし何なら叫びだしたかった。しかし、ルーシャは自分が与えられたダメージと同じだけ相手を傷つけたくてたまらなかった。

「聖女の私にここまでさせて今更、二人で幸せなりますだなんて、私が許せると本気で思いますか?」

 心の中に宿る憎しみが口を動かす。

 自分自身に力を持つことが出来ず、他人に加護を与えるタイプの女神の聖女は歴史上でいつも誰かに搾取されて自由を奪われていた。

 弱く力がない存在なのも確かだ。しかし、そんな聖女にも唯一、他人に主張できる力がある。

 文献には載っておらず、教会で聖女として登録されるときにだけ教えられる話だ。貴族の間でも噂話程度には出回っている話だろう。

「婚約破棄にも応じません。貴方達が幸せになるのも許せません。私を踏み台にしたのだから、その痛みを味わって苦しむまで貴方達を憎みます」
「……な、何を、貴方が聖女の地位に胡坐をかいて、クリフを利用しているからあたくしは━━━━
「天罰が下りますよ。必ず、罰が下ります」

 アンジェリカの言葉をさえぎってそう口にする。

 ルーシャだって自分の力を信じているわけではなかった、しかし、そうでなければ割に合わない。きっとそうであるはずだと憎しみを込めて彼らをにらむ。

 愛によって加護を与え、憎むことによって罰を与える。だからルーシャたちのような聖女は、自分の気持ちをきちんとコントロールしなければならない。

 そう教えられた。それは、簡単に他人を憎んではいけない、他人を貶めてはいけないという意味の言葉だったと思う。

 ……でも、いいですよね。これは正当なはずです。私はずっと愛していたんですから、その愛情が転じて憎しみになった分の天罰ぐらいは受けて当然ですよね。

「貴方が受けた幸運の分だけ、天罰が下ります。覚悟してください」
「脅しのつもり? 馬鹿じゃないの? 加護も天罰も現実的に考えてありえませんわ」
「貴方には言っていませんアンジェリカ」
「なんですって?!」

 ルーシャの言葉にクリフは眉間に皺をよせて、苦い表情をした。その顔はどう見ても反省している表情ではなく、呆れかえって面倒くさいと思ってる顔だった。

「一日だって貴方を愛さない日はなかった。だから貴方が加護を受けない日もなかったんです」
「……」
「私の気持ちがブレなかったは私の苦悩の末でした、それなのにご自分の力だと言われるなんて許せません」

 少しでもその腹の立つ顔を焦らせたくて言葉を紡ぐ、しかし、少しイラついてるような顔になっただけでスッキリすることは無い。

「貴方の幸運の分だけ私の孤独があった事をどうして忘れてしまったのですか」
「……」

 愛していた、心の底から。それ以外は許されないから、一生懸命に彼の幸せを願っていた。その気持ちが憎しみになった後でも報われてほしくてクリフに縋るようにルーシャは言ったのだった。

 しかし、ルーシャが言い終えると、彼はもう終わったかとばかりにはぁっとため息をついて、それからちらりとアンジェリカを見て、小さな声で言う。

「妄想もここまでくると、見苦しいな」

 小さな声だった。けれども聞こえた。聞こえるとわかっていてわざわざ口にしたのだろう。

 それを聞いてアンジェリカは少し驚いてから、他人を馬鹿にしたような笑みをうかべ、くすくす笑って「ええ」と同意した。

 目の前がかっと白くなって、ストレスで頭が爆発しそうだった。思わず立ち上がって一度でいいからクリフを殴ろう。そう思って手を振り上げる。

 しかし、パシッと掴まれて、ぐっと腕に指が食いこむ。

「っ、離してください! ユリシーズ」

 すぐに動いてクリフに害を与えようとしたルーシャを捕まえたのは、護衛騎士の彼だった。こうなるのはわかっていたけれどそれでも抑えられない。

「言いくるめられないから暴力に訴えるなんて、まるで獣のようだ」
「本当に……こわいですわ。やっぱり、こんな場所で教育もまともに受けずに育ったこんな女、クリフ殿下にはふさわしくありませんわ」
「……そうだな。きっと私が簡単に騙されて甘やかしたのが悪かったのだろう……」
「そんな、クリフ殿下は何も悪くありませんのよ!」

 必死になってユリシーズの手を外そうとして押したり引っ張ったりしているルーシャを、まるでゲージの外から猛獣でも眺めるみたいな、他人ごとのような顔をして彼らはルーシャを馬鹿にした。

 同じ人間じゃないみたいに扱われて悔しくてたまらない。しかし、騎士であるユリシーズに勝てるはずもなく仕方なくルーシャは言葉を紡いだ。

「貴方たちは、絶対に幸せになんかなれません!天罰が下ります!」
「戯言ばかりで話にならないな」
「ええ、まったくですわ」
「私を利用していたのはそちらです! 私の時間を返してください!」
「ユリシーズ後は頼んだぞ、私たちは付き合ってられん。さぁ、行こう。アンジェリカ」
「はい、クリフ殿下」

 彼らは仲の良いカップルみたいに腕を組んでソファーを立つ。

「これからたくさんの不運に見舞われるはずです! 後悔しても遅いんです!」

 必死に言葉を紡ぐルーシャを彼らは一度振り返った。しかし、また二人でこそこそと話しをしてルーシャを男に捨てられた馬鹿な女だとばかりに笑うのだ。

「っ、っ私は絶対に許しません!」

 悔しくて悔しくてたまらなかった。どんなに力を込めてもユリシーズはルーシャをその場にと止めて、彼らに襲い掛かるようなことはさせてくれない。

 最後のセリフに二人はもう振り返ることは無く、応接室の扉はパタンと閉ざされた。

 後に残されたのはルーシャとクリフの腹心であるユリシーズだけ。しばらくして腕を引っ張るのをやめると、彼はゆっくりとルーシャの腕を離した。

 クリフの姿が消えて、ユリシーズと二人きりになってもまだ怒りは収まらなかった。強く掴まれていた腕は痛くて摩りながら彼を見た。

 眼鏡越しのユリシーズの瞳は、相変わらずの真っ黒で彼の黒髪と相まって陰気な雰囲気を醸し出している。

 このまま何か口を開けば、彼に対しても酷い言葉を投げかけてしまいそうで口をつぐんだままルーシャは俯く。

 しかし、その顔を覗き込むようにユリシーズはかがんでルーシャに目線を合わせた。

「ごめん、ルーシャ強くつかんで、痛かったよね? 手を貸して今日は水の魔法道具を持ってるんだ」

 心配そうにそう言ってユリシーズは優しくルーシャの手を取る。

 彼は自分の魔術をもってないけれどもそれなりに魔力がある。このぐらいの痛みなどすぐに取り除くことが出来るだろう。

「……」

 何も口を開かないルーシャを気にせずに、ユリシーズは水の魔法を使って赤く痕がついてしまっているルーシャの腕を治す。



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