稀代の癒し手と呼ばれた婚約者を裏切った主様はすでに手遅れ。

ぽんぽこ狸

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 翌日の昼、レオンハルトの部屋はお通夜のような雰囲気になっていた。頑なに自分の執務机から離れないレオンハルトとただ静かにソファーに座って紅茶を飲むエミーリア。

 彼らはとてもぎこちないというか緊張しているような面持ちで、同じ部屋にいるというのに無言だった。

 昨晩、尽き果てるまでレオンハルトと体を重ねたオリヴァーは将来の王妃であるエミーリアにどんな顔をして会えばいいのかわからなかったが、それでも、彼女が昼頃に訪ねて来てくれたので、快く迎え入れて主が謝る機会を作ってくれたことに心から感謝していた。
 
 しかし、当のレオンハルトはそんなつもりはない様子で、すごく機嫌の悪そうな顔をしていて、それにはエミーリアも少したじろいだような様子で切り出せずにいた。

 オリヴァーはもう何度目か分からないがエミーリアに紅茶を入れ替えて、まったく殺風景だったソファーのローテーブルに、もともと今日飾る予定だった花を用意してその花を口実にソファーの方へとレオンハルトを呼び寄せるつもりだったが、レオンハルトから声をかけられて振り向いた。

「……オリヴァー、紅茶が冷めた」
「……」
「オリヴァー聞こえてるのだろ」

 ……まったく主様は本当に……私と心が通じ合っても主様ですね。

 そんな風に思って、オリヴァーは少し呆れる様な気になりながらも彼の元に戻って、紅茶を下げてそれから、新しい紅茶はエミーリアの対面の位置になるように置いた。

「……」

 それに今度はレオンハルトが黙る。それから、従者らしく笑みを浮かべるのをやめて、彼のそばに寄り、手を取った。

「主様、エミーリア様とお話を。そのあとでしたらいくらでも紅茶を淹れて差し上げますから」
「……」

 柔らかく言うオリヴァーにレオンハルトはぐっとそのオリヴァーの手を握った。それから恨めしいような顔をしてから、渋々立ち上がる。

 ……たった一夜の出来事ですべてが変わったとは言いませんけれど、それでも、私が逆らっても横暴を働かなくはなったようですね。

 そんな風にオリヴァーは客観的に思ってエミーリアと向き合うためにずんずんと歩いていく彼の背中をついていく。そんなやり取りをエミーリアはちらりと見ていたが、すぐにオリヴァーから視線を逸らしてレオンハルトを見る。

 しかし、レオンハルトはまったく目を合わせずにドスンとソファーに沈み込んで、両方の膝の上で拳を握ってむすっとした表情を浮かべた。

 その行動にはなんだか既視感があって彼がこういう風にふるまうときは大概……。

 ……怯えてるんですか。

 たしかに考えてみるとしっくり来ていて、けれども、どうしてかと思う。エミーリアはただの華奢な女の子だ、レオンハルトよりもずっと弱い。多分苦戦はするだろうけれどもオリヴァーよりも弱い。

 それなのに強張った顔をして視線を合わせない彼を不思議に思いつつ背後に立つ。

 すると、先にエミーリアの方が口を開いた。

「……レオンハルト王太子陛下、一つ伺ってもいいですか」
「……ああ」

 エミーリアの問いかけにレオンハルトは重苦しく返す。それに安堵してからエミーリアは短く聞いた。

「何故、私を遠ざけるのですか」

 その疑問は確かに、オリヴァーも感じていたものだ。彼女を大切に思うまではいかなくても普通に接するぐらいは出来るはずである。それに今回だって救ってくれた。それでも、それほど頑なにエミーリアに対する硬い態度をとる意味は分からない。

「……」
「ロミルダ様の事はすでにあきらめられているんでしょう?でしたら、私がレオンハルト王太子殿下のお側にいることになんの問題もないはずだと思うんです。それでも私を遠ざけようとするのには何か理由があるのですか」

 責めているというわけではなく単純に疑問だというようにエミーリアは少し自信なさげに聞いた。しかし、レオンハルトは何故かすごく追い詰められたかのように黙り込んで動かない。

 どうしてこんな風になるのか分からなかったけれどもオリヴァーは少しまずいなと思い、どうにか彼のケアをしなければと思うが、時すでに遅くレオンハルトは話し始める。

「お前のような、愚鈍で愛嬌の無い女を誰が好き好んで嫁にすると思うんだ」
「……」
「喜んでそばに置くわけはないだろう。仕方なくそうしてやることにしただけだ、ロミルダの事など関係がない、聖女だろうが……」

 言い始めてしまったレオンハルトを仕方なく思って、オリヴァーは彼の肩にポンと手を置いた。すると、レオンハルトはピタッと言葉を止めた。それから目線だけで確認するようにオリヴァーにどうするべきかと問いかけた。

 本心ではない事を言っているのだと言うことはわかるが、今ここでレオンハルトにああしろこうしろというのは、エミーリアがいる手前やりずらい。

 話を聞いて後日ということにしてもらおうかとエミーリアを見ると彼女はふと思いついたとばかりにオリヴァーに声をかけた。

「オリヴァー様は、どう思われますか? レオンハルト様は私の事をどう考えているか知ってますか?」

 そう問いかけてきた。本来であれば従者であるオリヴァーに問いかける行為はあまり喜ばれないが、こうしてレオンハルト自体もオリヴァーをわざわざ振り返ってしまっているし、話に入ってみるか、と慣れないながらもレオンハルトの後ろから横に出て、片膝をついて彼らとの身分の違いを表しながら一層丁寧に言う。

「……存じ上げておりません。ですが今の言葉が本音ではないと私は思っております」
「……」
「そうなのですか?」

 オリヴァーの言葉に、さらにエミーリアに聞かれ、レオンハルトは忙しなく視線を彷徨させて、それから、長らく逡巡してやっとエミーリアの事を見た。

 眉間にしわを寄せて、拳を握る力を強くしてそれから、落ち着いた声で言うのだった。

「お前は父上ととても仲が良いだろう」
「は、はい。それは、否定しませんけど」
「……何故だ。お前のような細くか弱い女をどうして父上が対等に扱う」

 その言葉だけでオリヴァーは彼がどうしてエミーリアを遠ざけようとするのか理解ができた。それと同時に、勘違いだとも思う。

「それは……」
「きっと心根が父上と似通っているのだろ、そんなお前を私が妻に迎え入れたりしたら、と思うとぞっとしてならない」

 ……父上が本当に理解できない分、その彼に気に入られて父上から勧められたエミーリア様だからこそレオンハルト様は拒絶しておられたのですね。

 納得の行く答えに満足したけれども、肝心の彼女がどんな反応をするのか少し心配になる。エミーリアからするとベルンハルトとの仲を取り持ってくれようと彼女なりに考えての結論だったと思うのだ。

 それなのに、レオンハルトの思い込みだけでこんな風にされたのかと怒り出すかもしれないと少し心配になった。しかし、そんなオリヴァーの懸念など、杞憂だったとすぐにわかる。

 エミーリアは、ゆったりと女性らしく微笑んでレオンハルトに瞳を向けた。

「私は、苛烈に他人に怒りをぶつけたり、戦いをする事も心の底から苦手です、ですから国王陛下と似ているわけではありません」
「ではなぜ、父上はお前の事を重用するのだ」
「それはきっと、国王陛下自身もとても苦労している方だからです。ですからそれゆえの心労をただ少し理解して、お話し相手にならせていただいているだけです」
「……何故、身内の私ではななく、お前のような人間が父を分かったようなことを言うのだ」

 ……あのような暴力的な方、分かり合う必要などないと私は思いますし、主様を傷つける彼の防波堤になると考えてエミーリア様と仲睦まじくしてほしいと思っていましたが、レオンハルト様は違った考えをお持ちなのですね。

 そんな風に思った。そしてエミーリアが疑問に答える。

「レオンハルト王太子殿下ほど理解しているというわけではありません、ただ、一心に期待を向けられているからこそ、伝わらない苦労や気持ちがあるのだと私思います」
「……」
「ですから、貴方と夫婦になることによってきっとより良い家族関係を作っていけると思いませんか?」

 少し声が震えていて、振り絞った声で決意を固めていったのだと思う。そんな声に、レオンハルトもすぐには反応せずに考えてからオリヴァーを見た。

「私はレオンハルト王太子殿下のように優しいお方が夫となることはとても喜ばしいと思っています」

 彼の視線にオリヴァーは小さく頷いた。それからレオンハルトも納得したように頷いて、エミーリアへと視線を向ける。

「……聖女エミーリア、どうやらお前を勘違いしていたようだ、これまでの数々のお前を侮辱した行為を謝罪する」
「!……ええ、謝罪を受け入れます。こんな風にわかっていただける日が訪れて、うれしいです。女神の導きに感謝しなければなりませんね」

 そんな風に言ってエミーリアは祈るようなポーズをとってにっこりとほほ笑んだ。その顔はやっぱり、レオンハルトが警戒していたような恐ろしい裏のある笑みではなく屈託のない純粋な少女の笑みだった。







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