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しおりを挟むオリヴァーは意識を失ってしまったレオンハルトを運び、それから服を着替えさせ、傷を清潔にし、出来る限りの魔法を使って治癒をしたが彼が目覚めるまでは魔力を持たせることが出来なかった。
しかし、ベルンハルトにも治癒を施し彼を休ませたエミーリアがテレーザに連れられてレオンハルトの元へとやってきて、目に見える傷のすべてを癒してくれた。
そのころにはもう日も暮れていて、ゆったりとした寝息を立てるレオンハルトに安堵しながら必ず翌日、エミーリアの元へと向かうので王宮で待っていてほしいとオリヴァーは伝えて別れるのだった。
やはり聖女の力というのはすさまじく身分がそれほど高くない彼女がこうして王太子妃に選ばれることにも納得できた。
……それに、あんな風に自分を侮辱した相手にもこうして施してくださるのですから、出来た方ですね。
そんな風にオリヴァーは彼女を恨めしく思ってしまった。どんなに大切にしていてもオリヴァーの力ではレオンハルトを危険から守ることも癒すこともできない。それなのに彼女はそれを飛び越えて、ベルンハルトまでも癒してしまう。
……稀代の癒し手なんて言われるぐらいですもんね。
自分なんかとは全く違って、惨めになるのはレオンハルトも同じだったのかもしれない。ベルンハルトの暴力を心配だなんて言って認めて受け入れることなんて考えもつか無かった。
……あの方のようになれたら、主様も救われるのでしょうか。
なんて、ありえもしない事を考えた。レオンハルトは、ベルンハルトが心底恐ろしいのだ。認めてもらおうと努力をして運命として受け入れてもそれでも、対峙すると声が震えて血の気が引いてしまう。
そんな彼を見てきたからこそ、オリヴァーは暴力を認めて心配だなんて絶対に言わないし、許さない。
……ありえないですね。結局、国王陛下とは相容れないんです。
悔しくそして、心苦しいが結局そうなのだ。だから、レオンハルトにはエミーリアが絶対に必要で、彼女がいなければ今後の命すら危うい。つなぎとめる必要がある。
それだけは事実でレオンハルトに認めてもらわなければならない事だった。けれども今までのオリヴァーだったらそれをどのようにして彼に逆らったと思われないようにして受け入れてもらうかと考えたが、今日の出来事が思い浮かぶ。
彼の命令を無視して望まない事をしてしまった。もうきっと取り返しはつかない。それでも彼の命と、彼が傷つくのを比べたら、後者の方がいい。だから、関係を変えなければならない。
……うまく言えるでしょうか。ずっと、逆らわないようにしてきましたから。
彼を守るためにそうしてきた、同じく彼を守るためだとしても習慣を変えるのは難しい。
……。
考えてもうまく出来そうな気がしなくて、オリヴァーは暗い室内で視線を巡らせた。目の前で寝息を立てるレオンハルトの姿。ベットサイドに置かれた軽食用のフルーツと水、あと何か必要なものはなかっただろうか。
……そうだ、明日エミーリア様にもっていく手土産でも用意しておきますか。考えてばかり居ても仕方ありませんし、私は仕事をしてた方が落ち着くんです。
レオンハルトの看病のためにベットのそばにもってきていた椅子を引いて、立ち上がる、どんな手土産を持っていったら彼女は喜ぶだろうかと考えながら、ランプをとりに向かおうとするとぐっと後ろ髪をひかれて、体がびくりとはねた。
「……」
驚いて声も出ないオリヴァーはそのまま固まったけれどもぐっと強く髪を引かれて、吐息を漏らす。
そのままかがんで髪を引かれるまま、ベットを振り返ると、起き上がってオリヴァーを責めるように見ているレオンハルトの姿があった。彼はじっとりとした声で「どこへ行く」と恨めしそうに呟いた。
……。
「少々明日の準備をしに」
「……」
先ほどまではすっかり眠っていたのに、起きぬけてすぐにこんな風にするだなんてよっぽど神経が張りつめているのだと思う。引かれた髪はじんじんと痛むほどに強く握られ、心臓の音が強くなる。
彼が起きたらどうしようかといろいろ考えてはいたものの、良い答えなど出ていなくて、しかし言葉を尽くすほかないと思う。
……私は、主様の味方だとでも言えばいいんでしょうか。それとも、命令を聞かずに自己判断で行動を起こしたことを謝罪すればいいのでしょうか。
言うべきことは沢山頭の中に浮かぶのに、オリヴァーはただ、じっとして何も口にできずに視線を逸らす。今の彼が何を求めているのかわからなくて、同時にレオンハルトとともにいてこんなに沈黙が怖かったのは初めてだった。
どんな時だって、レオンハルトを恐ろしいと思ったことは無かったのに今はただの沈黙が息が詰まるほど重たい。
ふと手を離されて、オリヴァーはなんとなく所作いなくなって自分の髪を手櫛で梳きながら彼に向き直ってベットの前に膝をついた。
下から見ればレオンハルトの表情からなにかを伺うことが出来るかもしれないと思っての事だったし、なにより自分は今でもきちんとレオンハルトに忠誠を誓っているという事を示したかった。
「…………、……なら、……だろう」
オリヴァーがレオンハルトを見上げると彼は、ぶつぶつと小さな声で何かを言った。それはオリヴァーのいる位置からは聞き取れずに、首をかしげる。耳を近づけようかと考える合間に、のそりとレオンハルトはベットから起き上がって、ベットから降りて床に足をつける。
「主様、まだ安静に━━━━
それにはすぐに反応して、彼をベッドに戻そうとオリヴァーが声を上げたが、思い切り肩を押されてオリヴァーは床に転がり、カーペットに体を預けた。
「お前が私の元からいなくなるぐらいなら、お前の意思などない方がいいだろう」
聖女の力で完璧に回復しているのか、レオンハルトはまったくふらつきもなく痛みもない様子で仰向けに転がったオリヴァーにまたがった。元より父親に鍛えられているレオンハルトと従者職についているオリヴァーとでは体つきが違う。
背格好にはそれほど大差はなくても、それだけで力の差は歴然としていて、馬乗りになられてオリヴァーは表情を硬くした。
彼の言葉にやっぱりそうなったか、と後悔半分納得半分で主を必死に見上げる。
「わ、私は、主様、決して、居なくなりません。レオンハルト様、今回は仕方なく、動いただけです、本当です」
「……」
「ただ本当に、このままでは、主様が危険だと、そう、思い、ですから、私は、主様の一番の従者であることに、変わりはっ」
変わりはない。それでも、今までのように変わらず何もせずに仕えることは出来ない、エミーリアの件だけでもと、続けようとした。しかし、レオンハルトの手のひらがオリヴァーの口元を覆うようにして押さえて、オリヴァーは黙り込んだ。
きっと言葉でどれだけ言っても伝わらない、レオンハルトはとても衝撃的な体験によって考えがゆがんでしまっている。それはわかっていて、そしてそれを刺激してしまい彼を傷つけてしまった今、これまでの関係は壊れてきっと日常すら送れなくなるだろうとわかっていた。
だから、たとえ彼がオリヴァーを失わないと理解するためにどんなことをしようとも、受け入れるつもりだった。その途中で死ぬかもしれないし、彼がどんな手段でそのことを信じてくれるのかわからなかったけれどもオリヴァーはただ言葉を尽くそうとした。
しかし、早々に言葉は封じられ、レオンハルトは平坦な声で必死に見上げてくる従者を見下ろして言うのだった。
「居なくなるのだ。お前も、他の従者や、母上や、貴族のように俺を見捨て、置いてくのだろ」
「……」
「ならばお前の心などいるものか。俺の一番の従者でいてくれるお前はもう俺の中ではいなくなった。俺は言っただろう部屋にいろと、俺を裏切り、あの女を呼び寄せ、俺を救い」
恨み言を言うような声だった。
「お前はいつも正しい、俺には相応しくないほどお前は優秀だ、だからこそ遠ざけようと妻を愛そうと考え、自分の思うままに動いたが結局は意味をなさない」
彼のなかには、堪えるほどが難しいほどの激情があふれているのだろうに、それでも冷静に言葉を紡ぐ姿が、彼らしいなんて思ってしまう。
……ああ、ロミルダ様に心酔していらっしゃったのはそのためですか。
命令を聞け、前に出るなそういう彼らしくない行動であったとは思っていたが、オリヴァーの為を思っての行動でもあったらしいそれはまったく、見当違いでもあるが結局それも徒労に終わった。
「つまるところ、俺にはお前しか居ないし、俺はお前を失うことがなにより怖い」
「……」
「勝手に、所帯を持って離れていく可能性があるのも、俺の問題で父上に殺されるかもしれないのも、何もかも看過できない」
瞳は狂気的な光を帯びていて、オリヴァーを見つめている。
これだけ、彼の事を考えて大切にして愛して、仕えても、レオンハルトの中にはオリヴァーがレオンハルトよりも大切なものを見つけて居なくなる可能性があることは変えられない。
しかし、それと同時にレオンハルトを守ってオリヴァーが死ぬ可能性も考えてしまっている。
それら二つは矛盾しているように見えて、彼のなかでは、一つの答えにつながっている。
そしてそれをオリヴァーも知っていて、だからこそ今まで逆らわなかった。
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