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しおりを挟む頭を垂れて、懇願の声を漏らす。
「失礼なお願いであることは重々承知で申し上げます。聖女エミーリア」
この体勢がこの世界で最も相手にへりくだるときの体勢であり、オリヴァーは、レオンハルトの従者であるが、それなりに名のある王族に仕えて長い由緒ある家柄の爵位継承者で、そんなオリヴァーがそのようにするのはよっぽどのことがない限りありえない事であった。
しかし、今はそんなことは言っていられない。
オリヴァーは何なら、土下座をして靴をなめて、彼女の為に死ぬことだって厭わなかったからどうか、この不躾な願いを聞いてほしかった。
「私の主様である、レオンハルトは今、国王陛下の逆鱗に触れ、逆境に立たされております」
「……」
「春の訪れを祝う宴にて、聖女様に不快な思いをさせ自分勝手な行動をとった事、またその結果について国王陛下は大変お怒りになられ、主様に剣を向けました」
視界の端でエミーリアの聖女らしい白の衣装が揺れている。断られることが恐ろしくて顔を見ることもできなかった。
「その行為もお気持ちも、主様が受け入れるべき罰であり、間違いを犯した主様の運命であると分かっています。聖女様にも不快な思いをさせ、私自身どのような顔をして貴方様にこのような願い出をすればいいのか皆目見当もつきません」
できる限り、丁寧に言葉を紡ぐ。顔を上げて、エミーリアを見上げて縋るような気持のままに視線を向けた。
「ですか、どうか、どうか、主様に助力願えませんでしょうか。あの日の事は手紙でも申し上げましたが、レオンハルト王太子従者筆頭であるオリヴァーが重ねて謝罪いたします。本当に、申し訳ございませんでした。水に流してほしいなどとは申しません、ただ、今この時、ほんの少し国王陛下のお怒りを収めるのに協力して下れば、どんな望みも私の出来る限りで叶えさせていただきます」
それから、神に祈るように手を組んだ。
「ですから、私どもに手を差し伸べていただけないでしょうか」
どんなに惨めに見えていても、それでも彼女の怒りが収まらずに、何をされようとも引く気はない。
あとからどんな事態になったとしても、こうして願い出る事しかオリヴァーにはできない。オリヴァーの必死さに始めは驚いていたエミーリアだったが、オリヴァーが要望を口にする頃には冷静に難しい顔をしていて、オリヴァーの言葉にただ沈黙して、それから長らく逡巡した後、エミーリアはその藍色の瞳を鋭くさせて言った。
「……謝罪は受け入れられません」
「っ、」
それはとても静かな声で、感情のブレが一つも感じられない信念の籠った言葉だった。それでも縋りついてでも憐れまれてでも、彼女に来てもらわなければ後は無いのだとオリヴァーがさらに言葉を続けようとしたとき「しかし」とエミーリアは、続ける。
「しかし、行きましょう。あの方が、困っているのだったら私は手を貸すことを惜しんだりしません」
そういって、彼女は少し柔らかに笑って、オリヴァーの手を取り立たせる。急な態度の変化にオリヴァーはものすごく驚いたけれどもその驚きを振り払って彼女を馬に乗せる。
自分も跨り「あ、りがとう、ございますっ、ありがとう」とまた泣きながら、お礼を言って、仕方なく笑う彼女を連れて王宮に戻るのだった。
王宮の正面の門に乗り付けて、様々な用事で王宮を訪れていた貴族たちに奇異の目線を向けられながらも、オリヴァーとエミーリアは走った。しかし、エミーリアがあまりにも足が遅いので、オリヴァーはじれったくなって風の魔法道具を使って彼女を抱きかかえるようにして浮かせて、練習場の方へと向かっていく。
近づくにつれ、殺伐とした雰囲気が伝わってきて、エミーリアの表情も硬くなっていく。
そんな彼女を逃がさないようにオリヴァーはぐっと強く抱きながら、練習所をぐるりと囲むようにいる野次馬たちの中から抜け出して、視線だけで主を探した。
彼はすでに何度も倒れているらしく土埃にまみれていて、地面には彼の血がしみ込んでところどころ赤黒く斑点がついていた。
こんな凄惨な現場に自らの身を投じることに恐怖があるのはオリヴァーもエミーリアも同じだった。
戦争という人間の殺し合いから帰還したばかりの我らが国王に下手を打ったら簡単に切り捨てられるかもしれない。
そんな事もわかっている。血塗られた大剣は恐ろしさの象徴のようでオリヴァーだって足がすくんだ。しかしそんな彼から、飛び降りるようにしてエミーリアは地に足をつけて、ベルンハルトとレオンハルトの間に入る。
小さな少女の体であるというのに、レオンハルトを庇うようにして両手を広げて、人殺しのような風貌のベルンハルトにキラリと光る藍色の瞳を向けて対峙した。
「お待ちください!陛下!!!」
オリヴァーもそのまま、レオンハルトへと駆け寄った。彼は視線だけはこちらに向けていて、きっとエミーリアをここまで運んできたことを見られていたと思う。
しかし、頭から血を流しているせいで表情も読み取れず、間に合ったのかどうかわからない。とにかく水の魔法道具で回復させて、抱き留めた。
「……エミーリアか、そこをどけ。これは王族としての父と息子の問題だ」
突き放すような怒りをにじませた声が聞こえる。周りの近衛騎士団も王の前に立ちはだかる少女に剣を抜いた。
一触即発の雰囲気にあたりの野次馬は危険を感じて離れていく。
しかし、それでもエミーリアだけは、その場に呑まれずにレオンハルトとオリヴァーを守るようにして両手を広げて口にする。
「いいえ、どきません」
「何故だ」
国王の声はさらに低くなり、立っているのがやっとだったレオンハルトが顔を上げて、怯えた瞳で父を見た。
「私にも関係があるからです。私はレオンハルト殿下と夫婦となるのですから」
「……このぼんくらのやらかしたことを其方とて知らないとは言うまい」
「はい、それでもそれは陛下とレオンハルト殿下の問題ではないのです」
彼女はよく通るとても透き通った声で返す。
オリヴァーは彼女ならと思って連れてきたが、正直彼女がどうやってベルンハルトを納得させるのか分からなかった。だから今だって何を言ってるんだと不可解な気持ちすらある。
それはその場の全員が同じ気持ちであり、ではどういう事なのかと疑問に思った。その全員の疑問を口に出すようにベルンハルトは「では、其方はこの問題をどうとらえておる」と聞いた。
聞かれてエミーリアはレオンハルトを守るように手を広げるのをやめて、ベルンハルトへと一歩踏み出した。それから、剣を構えて硬く閉ざされているこぶしに触れた。
「……私と、レオンハルト殿下の問題です。私たちは初めて喧嘩をしたのです、けれど決して決裂したわけではないんです」
そう言われてしまえば確かにそうとも取れなくもない、けれども、ベルンハルトは顔を険しくして聞いた。
「しかし、この愚か者の行動による問題も起こっている、それは其方らだけの問題では済まされないぞ」
「そうかもしれません、ですが、大丈夫です」
ベルンハルトのもっともな言葉にもエミーリアは明るい声で返した。オリヴァーからは表情は見えなかったけれども、彼女はきっと笑みを浮かべているだろうと想像できるようなそんな声。
「だって、心配してすぐに駆けつけてくださるような家族がいるのですから」
「……」
「陛下に叱られたことは二人でよく話し合い、解決するように努力します。ですからまた後日、お話させてください」
……心配、ですか。
身内としてずっと接してきた、オリヴァーやレオンハルトからはまったく出てこない発想に、どうして彼女がベルンハルトととても仲がいいのか理解できた。
「今はお疲れでしょう陛下、せっかく城に戻られたのですから、おやすみになられた方がいいです」
「何を言っておる、戦場にはいまだに寝床もなく食事もままならない兵士が山のようにいるというのに余が休息を取れるものか」
「それでも休んでほしいと思うのが、情というものです。ですからここは私のわがままを通すと思って、許してくださりませんか?」
「……」
彼女の言葉と態度に当てられて、今まで鬼人のごとき恐ろしさであったのにすっかり力なき好々爺のようになって剣を下ろして、少し肩を丸めて、エミーリアに手を引かれて、歩き去っていく。
……エミーリア様はベルンハルト国王陛下を理解できるのですね。理解して、いたわる方法を知っている。
自分には全くできない芸当に、うらやましくも思わなかった。それどころかオリヴァーはどうしても腑に落ちない。
……でも、心配なんかではないです、僕らから見たら、逃げ場のない暴力なんです。
けれどもそう思って敵対しているだけでは、あんな風に分かりあうことはできない。それがどうしても悔しくて悲しくなる。ぐっと拳を握ってからガクッと力が抜けて、崩れ落ちるレオンハルトにすぐにオリヴァーは意識をもどして彼を支えて、ゆっくりとレオンハルトの部屋へと戻った。
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