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しおりを挟むオリヴァーが向かった先は、王宮内に設置されている騎士の訓練場であり、よくこの場所でベルンハルトにレオンハルトは扱かれていた。だから、戦地から帰ったばかりの彼もここにいて勢いそのままレオンハルトと剣を交えているのではないか。
そう考えての事だったがオリヴァーの思考の正解を告げるように騎士の訓練場へと続く外廊下には人が多くいて、見物に来た使用人たちだろうと見当がつく。
彼らの間を駆け抜けていくと、訓練場の広場が見えてくる。周りには取り囲むように人がおり、そばへと寄ると怒号が響いた。練習場の中心には、ベルンハルトがおり、戦地から帰ったばかりの鎧姿で怒りをあらわにして剣を構えている。
「何故、其方は常に余の邪魔をするだッ、報告を聞いた時の余の羞恥が理解できるかッ?!親不孝者めッ!!」
「っ、」
レオンハルトはベルンハルトの国王近衛騎士団に囲まれるようにして剣を構えているが、すでにその手足には切り傷があり、強く撃ち込まれる父親の剣を受け止めるのでやっとという様子だった。
「やっと成人し、いくらかマシになったと思い城を任せた途端の醜聞ッ!いい加減に出来ぬのかッ、其方が、こうして城で平和に暮らすためにどれほどの兵士が戦地で命を散らせているのか分からぬのかッ」
……主様っ、レオンハルト様、駄目です、だめです、きちんと相手をしてください、どうか、先日はベルンハルト国王陛下に分かってもらうと言っていたではありませんかっ。
「其方は本当に余の血を引き継ぐ誇り高き王族かッ? 下らぬ芸術ばかりにうつつを抜かし、貴族どもを御する事もできずッ」
言いながらベルンハルトはその燃える様な赤毛を振り乱して、レオンハルトに真剣で切り込む。
「女に惑わされッ、この不出来な愚息に余が手を下す以外ないかとさえ考えるほどだッ」
怒りを向けられているというのにレオンハルトはただ、剣を受け流すようにして対峙して、ベルンハルトに何も言わない。それにオリヴァーはどうしようもない気持ちになって、飛び出してしまおうかと考えた。
今度こそ死ぬかもしれないけれど、それでもしかするとレオンハルトが父親に認められるような戦いっぷりを見せられるかもしれない。
……でもそれをしてどうするんですっ、置いていくなんてできるわけがありません。
「戦地での地獄を終わらせるためにッ余は息子を産ませたのだッ決して腑抜けた趣味を楽しませるために作ったのではないッ」
「……」
「みろ、其方の周りにいる騎士をッ!傷を負いしかし国の為に立派に務めているッ国の君主になる其方がそのように腑抜けて暮らしていいわけがないだろうッ!」
確かに、そうかもしれない。この国でのレオンハルトの立場では確かにそうかもしれない、しかし、それだけではないのだってまた事実だ。
レオンハルトだって、自分なりに認められるように勉強も公務も怠らない、ただこうして幼い頃から、無理やりに向かない事で貶められて、痛めつけられてきたせいで様々なものが歪んでしまっているだけなのだ。
今だって、彼がどんなに詰られてもベルンハルトと同じ熱量で対話をすることすらできないのは、すでにレオンハルトがあきらめているからだ。
それに、あんな小さな頃から暴力をふるった相手が恐ろしくない人間などどこにもいないのに、それすら乗り越えて、こんな場で弁明をしろだなんて端から無理な話なのだ。
「……申し訳、ありません」
昨日の言葉とは裏腹に、レオンハルトは、周りの人間が聞き取れるか、聞き取れないかぐらいの声でそう口にする。彼自身ああは言っていたものの自分が何もできない事は理解していたのだろう。
昨日のように彼の瞳に生気はない、ただあるのは絶望だけに思えた。
しかし、その言葉を聞いてベルンハルトは目を吊り上げて思い切り、レオンハルトをたたき切った。
「なんだその態度はッ!!!情けないッ!!!」
はらりと花びらのような血液が空を舞う。血しぶきがこんなに上がったのは初めてだった。オリヴァーはただ呼吸も忘れて、レオンハルトを見つめる。彼は倒れることなく一歩踏みとどまる。
「水の魔法が使えるものはこの愚か者を治癒しろッ、その根性叩き直してくれるわッ!」
その言葉と同時に周りを囲んでいた騎士の一人が、片手をあげて治癒の魔法をレオンハルトにかけた。傷は癒えるしかし、これは、頭に血が上った時のベルンハルトの常套手段だった。
真剣でこんなに派手に切られる事は今までなかったが、レオンハルトが彼の”しつけ”とも”虐待”ともいうそれの間にダウンしそうなほど傷を負うと、こうして傷が治される。そして、ベルンハルトの思い通りになるように続けられる。
きっと、今日はこの拷問のような時間が長く続くだろう。
それにレオンハルトはもう抗わないし、逃げ出さない。けれどもその痛めつけられた苦しみの感情をお門違いの相手にむけて、レオンハルトはきっととても歪んでいく。
彼自身はただ生まれの自由がなかったというだけなのに、こうして破滅へと道を進んでいってしまうのは、運命のように思えて、その場にオリヴァーは崩れ落ちそうになった。
こんなにされているのにオリヴァーはレオンハルトを守れない。彼の生活を苦のないものにすることは出来るのに、人生で一番の問題を取り除いてあげる人間にはなれない。
……それは悔しいです。なんでこうなるのか、なにが間違ってたのかも、未だに分かりません。
しかし、オリヴァーは、ただぐっと手に力を込めた。あきらめることはきっと簡単で、レオンハルトからの信頼も失わずにただ緩やかに破滅していくだけで、目を逸らし続けることもできる。
……それでも、私は、レオンハルト様が幸せである未来を目指したいです。僕のこの世界に生まれた意味を作ってくれた人だから。
そう決意をすると、練習場に背を向けて走り出した。無我夢中になり疲れは感じなかった。
……待っていてください主様、きっとお助けいたしますから。
厩舎へと向かい、了承も得ずに馬の手綱を握り、盗み取るように息を潜めて王宮を出た。向かう屋敷はクラスター男爵家だ。男爵家邸は王宮からさほど離れていない王都内にあり、きっと間に合うはずだと自分に言い聞かせて、馬を走らせた。
馬車とすれ違いながら貴族の館が多い王都の街を駆け抜ける。オリヴァーの頭の中に先ほどのレオンハルトの姿が思いだされて瞬きするたびに涙が零れ落ちた。
泣き虫なのは前世と幼少期だけで終わりにしようと決めていたのにとめどなく涙が溢れてくる。嗚咽だけは漏らさないようにしてクラスター男爵家の館の前へと到着して馬の手綱を持つ。
そのまま、息を整えるっこともせずに服の中から、王族の従者である証のネックレスを引き出して、大きな扉をノックして出てきた侍女に「聖女エミーリアに、お会いしたい」と息を切らせながら言った。
侍女はすぐに慌てた様子で、屋敷の中へと引っ込んでいき、オリヴァーは願うような気持で、刻一刻と過ぎていく時間を息を整えながら待った。
こうして着いて、少し落ち着いてみると、とても非常識なことをしているし、こうして急にエミーリアの元を訪れて、彼女の実家であり、嫁入り前の準備で館にいるはずだとしても、先触れも出さずに来たオリヴァーに会ってはくれないかもしれないと思う。
……それでも、今のベルンハルト国王陛下を泊められる可能性があるのは、聖女様だけなのですっ、どうか。
彼女は、王族派閥に良い影響をもたらすだけではなく、ベルンハルトとも打ち解けていて、何かと仲がいい。そんな彼女が取り持ってくれれば何とかレオンハルトを救えるかもしれない。
そんな賭けのような策であったが、先日の婚約破棄の件、それ以外にもレオンハルトはエミーリアをないがしろにするような行動を取り続けている。
それを吞み込んでレオンハルトを救ってくれるだなんてそんな都合のいい事が簡単に起きないのだと分かっていても、彼女に縋るしか他に当てはなかった。
一分が一時間にも感じられ、今か今かと気持ちが焦る。そんな中、待ち望んだエミーリアはエントランスホールに現れた。
「……オリヴァー様? 急にどうしたのですか」
ただ事ではない様子のオリヴァーにエミーリアは少し戸惑いながらもそう言った。そんな彼女の前にオリヴァーはまったく躊躇することなく膝を折って地面につけた。
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