稀代の癒し手と呼ばれた婚約者を裏切った主様はすでに手遅れ。

ぽんぽこ狸

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 翌日、まだレオンハルトが起きる前の時間帯に王宮が騒がしくなった。侍女たちが忙しなく城内を整え始め、食事をしていたものは早々に切り上げて、持ち場へと戻っていく。

 オリヴァーはそんな状態の城にレオンハルトの朝食を用意しながらまさかと思った。

 朝食を乗せるキッチンワゴンの準備を済ませて急いで厨房から料理を運ぶ。焦りすぎて、カトラリーを途中いくつか落としてしまい、こんなことではいけないと思うが、それでもその懸念が当たってしまっていたなら、朝食の用意など関係なく彼の元へと向かわなければならない。

 足早に移動してやっとレオンハルトの部屋が見えてくる。とにかくレオンハルトの安否を確認しない事には何もできない。

 しかし、部屋の近くに来られたことに安堵したのもつかの間、中から、扉が開かれ、数名の男に囲まれて、レオンハルトが寝巻にしている適当なシャツとスラックスの姿で現れた。

 王太子たるものそんな格好で外に出てはいけないと躾けられている彼がオリヴァーの用意した衣装を着る前に自発的に出ていくはずがない。

 それに周りを囲んでいる男たちには見覚えがある。彼らは全員筋骨隆々な体つきをしており、鋭い目つきが彼らの強さを表していた。

 ……国王陛下の近衛騎士団っ、どうしてここにっ、戦地から戻るにはそれなりに時間がかかるはずなのに。

 最悪の想定が当たってしまった事、レオンハルトが彼らに囲まれていることからして、オリヴァーはキッチンワゴンをその場において駆け出した。

 騎士たちに捕らえられているかのように囲まれて進む主の元へと走り、声をかける。

「主様っ、いったいこれは何ですか!まだお召し替えも済んでいませんし、お食事も終えていませんっ!」

 オリヴァーの声に騎士の数人がオリヴァーの方を向き、瞳だけで人が殺せそうな鋭い騎士の視線をオリヴァーに向けた。

「陛下の命令である、従者風情は黙っていろッ!!」

 怒号にも似た声に長年戦いをしている人間特有の覇気、それらがむけられてオリヴァーは自分の体が恐れから引こうとするのを必死にこらえて、レオンハルトを引き留めようと負けじと言い返した。

「私の主様はレオンハルト王太子殿下にございます、主様ッ、どうかお待ちください」

 このまま彼らに連れられて行くことだけは避けなければならない、彼らがレオンハルトをどんな風に見ていて、ベルンハルトの事を止めない人間なのだとオリヴァーは知っている。

 たとえ国王との面会は避けられなくとも、それでも魔法道具を山ほど持ったり、護身用の道具を仕込むぐらいはしなければ、危険すぎる。そんな危険をみすみす侵させるわけにはいかないのだ。

「レオンハルト様!」

 近衛騎士団にせっつかれるようにして歩いていたレオンハルトは、オリヴァーの声に一度足を止める。しかし、それから静かな声で、オリヴァーの方を見ずに、ただ「オリヴァー部屋で朝食の支度をしておくように、これは命令だ」と冷たく言い放ったのだった。

 それからまた歩き出す。従者の一人も同行させずにあんな寝巻のまま騎士に囲まれて連れていかれる姿は、まるで罪人のような扱いで、しかし命令だと言われたからにはオリヴァーはそれに従う事しかできない。

「っ、あ、主様」

 彼についていっていざというときの盾になることすら許されない。ただ、静かに彼の配慮を受け取って、何かあった時にも、その場に居ることが出来なかったのだから仕方がないと周りに思ってもらえるように過ごすことしかできない。

 ……しかし、こんなのあんまりです。

 辛いときにお側にいることもできず、ただ、部屋を整えて待っているだけだなんて、そんな有様で何が彼の一番の従者だと思う。

 どんなことがあってもお仕えすると決めているのに、命令だとわざわざ言った彼の言葉に体が逆らうことを拒絶している。

 もし、逆らってしまえばきっとレオンハルトは傷つく、逆らったことを罰されるのだって、解雇されるかもしれない事だってオリヴァーはまったく怖くない。ただそれが出来ないのはいつだって繊細な彼が、オリヴァーに裏切られたと思ってしまうからだ。

 小さなころからずっと共にいる大切な存在を誰が望んで、傷つけられるだろうか。

 ……でもどうしたら……。

 そもそも、どうしてベルンハルトはこんなに早く帰還できたのだろう。考えられる可能性として近衛騎士だけを連れて、馬を乗り変え昼夜問わず城に向かって帰ってきたのなら、こんな朝早くに帰還したのにだって頷ける。

 しかし、そうなると、今回の件でのベルンハルトの怒りは相当なもので、レオンハルトがとても無事では済まないのだと理解できる。

 ……やっぱり、昨日の時点で逃亡を計画しておくべきでした。

 自分の常識の範疇だけで考えて、帰還には一週間かかると勝手な想像をして、ベルンハルトのいざとなった時の行動力を甘く見ていた。いつだって、レオンハルトは、オリヴァーの事をすごく優秀みたいに言うが、そんなことなどなく詰めも甘くていつも彼を守り切れない。

 ……でも今更後悔しても遅すぎます。今は……。

 彼の命令に逆らうことは出来ない、しかし、彼が言ったのは「部屋で朝食の支度をしておくように」だ。

 ……それなら……。

 オリヴァーは先ほど騎士に怒鳴られた事や、レオンハルトが心配すぎて震える体をどうにか抑えて、出来る限り早く朝食の支度を済ませた。それからカーテンを開けて、小さな短剣を仕込んで部屋を出る。

 ……主様は朝食の支度をしろとは言いましたけど、朝食の支度を終えた後の事は何も言っていませんから、だから、ただ、私はいつもの通り主様の元へ向かっただけです。

 そんな屁理屈を考えて、オリヴァーは城の廊下を駆け抜けた。きっとそんな屁理屈はレオンハルトに通用しないとはわかっていたが、それをするぐらいには切羽詰まっていて、オリヴァーは仕方がなかった。連れていかれた先には心当たりがある。



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