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しおりを挟む髪を引かれて、痛みが伴ってもオリヴァーは頑なだった。
「俺は、俺が不甲斐なくて仕方がない。どうすればよかった。何が正解なんだ。オリヴァー、自主性を持たなければまた父上に罵られる。民からも、貴族からも」
「っ、」
「お前が俺を守り切れなかったことなどどうでもいい。俺が痛みに慣れていることぐらい知ってるだろう。そんなことよりもお前が勝手にまた動き、貴族相手に挑んだことの方がずっと危険を伴っていて俺は不愉快だ」
吐き出すようにしてレオンハルトは続ける。そうして勝手に動いたこともまた事実であり、それを知らせるつもりもなく、それでも彼がこれ以上傷つくところは見たくなかった。
それはオリヴァーの純然たる愛情であるのに、どうしてもレオンハルトの望むこととはいつもすれ違ってしまって、上手くいかない。
「それとも、上手くやれなかったお前に罰でも与えればお前は満足か? そんなお門違いの感情をお前にぶつけて、お前がただ俺のように歪んでいけば俺が喜ぶと思うのか?」
「……お、もいません」
それも違うのだとわかる。しかし、オリヴァーがレオンハルトが間違えないように強制し続けるのもそれはまた違うのだ。結局は彼は多くの人間に望まれるような王太子になることは出来ない。
だからこそ、その中でも最善であるようにオリヴァーは尽くすしかできない。
にっちもさっちもいかなくて、上手くいかない事の方がおおい、どうすれば彼を幸せに出来るのか毛頭検討がつかない。
「そうだろう。じゃあ、すべて俺が悪いそういえばいいだろう」
「違います、レオンハルト様はたしかに間違えましたが、悪ではありません」
ぐっと掴まれた髪が痛みを主張して、無理やり持ち上げられるようにして顔をあげさせられているので、目を逸らすこともできずにオリヴァーはレオンハルトを見つめたまま言った。
藍色の髪が彼の顔に影を落としていて、その隙間からオリヴァーを射抜く金色の瞳は憎悪に震えていた。そんな感情をレオンハルト自身に向けてほしくない。しかし、オリヴァーが悪いというと彼も怒る。
……貴方様は間違えているかもしれませんが、決して悪ではないです。違うんです。ただ選択のないこの世界が悪い。
王子で無ければ、戦争をしていなければ、彼に魔術の才能があれば。
そのどれか一つでも選び取れて、変えられるならば喜んでつかみ取るというのにどれもが夢物語に近くて変えることが出来ない。
小説の中の悪役だって、ただそうなるべく周りがそうであったというだけで、すべての責任が本人にあるとは言い切れない。けれどもそれは果たして何のせいなのだろう。
「っ、主様は、悪くないのです」
「……」
その答えはなく、レオンハルトの憎悪はどこにも向けることは出来ない。オリヴァーはそれだけは分かって、彼だけは守ろうとそんなことを口にした。
しかし、ぱっと手を離されて、床に手をつく。そして上から声が降っていた。
「であるなら、いったい誰が悪いのだ。……ああ、そうか、あの女のせいだろう」
それから忌々し気に言葉を重ねる。
「父上に媚びを売って王族に入るあの女が悪い」
「……」
「俺を手に入れて、仕様のない人間にやさしくしてやって、自分の株を上げたいのだろう」
「……」
……ああ、どうしてこうなるんですか。
それは、それだけは間違いなく、お門違いである怒りだった。
……それにどうしてそこまでエミーリア様の事を目の敵にするのですか。ベルンハルト国王陛下との仲も良い王太子妃ではありませんか。
「何が慈雨の女神だ。……俺は許さないぞ」
「……主様、それは」
否定の言葉を紡ごうとした。それでは、本当に悪役になってしまう。割を食うのはレオンハルト自身だ。
「俺に逆うのか」
声をさえぎるようにしてそう聞かれてしまうとオリヴァーは何も言えなくなって、ゆっくりと頭を振った。「いいえ、主様のおっしゃる通りでございます」そう平坦な声で言う。
それに心底安心したというように「ああ、良かった」と安堵のため息とともに声が聞こえた。このままではまずい事は理解していても、どうしようもない事はどうしようもないのだと自分に言い聞かせた。
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