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しおりを挟む彼がそうしてあからさまにオリヴァーの気を引くような事をするのだって、オリヴァーがこうすれば自分の元にきて優しくしてくれるはずだという幼い信頼があるからそうするのだと知っている。
そしてその幼さは嫌いではない。甘えられていると思えば従者として嬉しいという気持ちすらあるのだ。
だから悪びれもせずに今だってオリヴァーの髪に勝手に触れて弄んでいる彼をため息もつかずに許してやってから、髪を引っ張って自分の方へと引き戻して聞く。
「それで、どうなさるおつもりですか。主様。聖女様との婚約は、もうすでに国王陛下に認可されている事項です。あんな場の言葉だけでは到底許されるとは思えません」
「……」
「所詮はエミーリア様への当てつけにしかならないですし……あの方まで引き入れて、私はいつも言っているではありませんか。立場を考えて冷静にと」
オリヴァーがレオンハルトにされたわがままも横暴もすべて許してやって、それからわざわざ跪いてまで彼の意見を聞いてやろうと問いただすのに、レオンハルトは自分の膝元にいる口うるさい従者をまた不服そうに見つめる。
「そんな顔されましても、私は貴方様が言えと仰ったから、言っているのです。ロミルダ様を王宮に泊めるなどほかの従者からも苦情が上がりますよ」
「……お前は日に日に乳母様に似てくるな」
「口うるさくなったといいたいのですか」
「そうはいってない、いつだってお前の声は小鳥のさえずりのように耳心地の良いものだが、さえずりの内容が気にくわない」
言いながらレオンハルトは、オリヴァーに手を伸ばし、まったく躊躇もせずに頬に触れる。男にしては色白の綺麗な肌色をしていて、綺麗に整えられた彼の動きに合わせて柔らかく揺れた。
……またこんな風に触れて、私が男だからいいものの。
オリヴァーはまた仕方がない人だと思いながら、その手も受け入れる。頬をつねったり、耳をなぞったりレオンハルトを見上げるその瞳をさえぎったりするのをただ拒絶せずにいた。
前世の記憶からすると、主従であり、乳兄弟であり、男兄弟である彼とのこんな関係など背徳的であり、誰にも話すことが出来ないようなそんなインモラルな関係性のように思うが、この世界ではそれほど忌避されることではない。
むしろ、貴族にはそういう関係性を持つ人間が多くいるのだ。だからこそ、これも拒絶には値しない。明確な出来事すら起こっていないが、それがもし起きたとしてもオリヴァーは何があっても彼には逆らわないと決めている。
その手が唇に触れて、下唇をなぞるのに変な感覚になりながらも一度決めたからにはと心も動かないしなんとも思わない。
……前世だったら、ドン引きしてたと思いますけど、今の私の指標は全部レオンハルト様を基準にありますからね、そう考えれば前世の常識なんて軽く吹き飛びますよ。
「……薄い唇だな」
「女性のように色っぽい唇をしていなくて申し訳ありませんね」
「……ああ、そうだ。お前は、女じゃない」
「……ええ、見ればわかるでしょう」
離れていく手を見ながら、オリヴァーは当たり前のことを言うレオンハルトを見た。返答を聞いて、レオンハルトは金の瞳を機嫌が悪そうに細めて、オリヴァーを睨んだ。
彼のオリヴァーによってよく手入れされている艶やかな藍色の髪がさらりと揺れて、また子供のように拗ねた声で言うのだった。
「だから俺の生活を共にする相手にはなれない。だからそのぐらいは口出しをするな。俺だって自分の事は自分で決められる」
思いだしたようにレオンハルトはいつもの一人称へと戻り、オリヴァーの事を拒絶するように軽くその肩を押して視線を逸らす。
「最近は父上にも認められて来ている。きっと、自分だけの女を囲いたいというのだって、甲斐性があると評価されて認めてくださるはずだ」
「……」
「今夜は、何があってもこの部屋に来ないでくれ、お前だっていつかは嫁を取るのだ。その時には、俺の心情もわかるだろ」
そういって、レオンハルトは自分で言った言葉に自分自身が心底傷ついたみたいな顔をして執務机に戻る。オリヴァーはせっかく拒絶もせずに付き従っているのに、彼の方から距離を置かれてしまったのを少し、納得いかない気持ちになりながらも立ち上がった。
それからその机に向かう後ろ姿を見て、オリヴァーは、相変わらず仕方のない人だと思う。自分は逆らうな、前に立つな、従え、拒絶するなというのに、オリヴァーに対してその従順に対するだけの信頼も向けてくれないのだから割に合わない。
……どうせきっと貴方様は、今。私に言ってほしい言葉があるんでしょう。分かりますよ。でもそれと同時に、私が強く出たら貴方様は傷つく。繊細で、仕方がなくて、横暴で、いつもそうです。
……私は、……僕は、お嫁さんなんていらないっていつも言ってるじゃないですか。
彼が不安定になっているとオリヴァーは自分の方までどうにも引っ張られてしまってそんな風に思う。こうなるともうどうしようもない、オリヴァーにはただ、彼に従う事しかできない。
生まれつく前からこの使命を与えられてきたオリヴァーは、レオンハルトとこれ以外の関係性を持っていないし、常に主従が存在していた。
そんな中でのレオンハルトの気持ちは歪んでいて不明瞭で、独占欲にも依存にも似た何かであり、答えはどこにもない。
……いつか、僕の心から貴方様を大切にする気持ちが伝わる時が来るのでしょうかね。
そう思いながらも気持ちを切り替えて、前世の自分に戻りかけていたオリヴァーはこの世界の王族に仕える産まれたオリヴァーなのだときちんと自覚する。
……さて、明日の予定の確認に戻りますかね。主様は当分、ゴキゲン斜めのはずですし。
考えつつも彼の後ろから歩き出して、明日の衣装を出してしまおうとドレスルームへと向かう。
数歩歩いたところで「オリヴァー」と拗ねた声が聞こえる。
それにきちんと振り返って「はい、主様」とオリヴァーは柔らかい声で言った。今までのやり取りの事などまったく覚えていないような顔をして彼を伺う。
「……紅茶がない」
「ええ、ただいま」
そんな風にいつもの会話をして夜の時間を過ごすのだった。
もちろん、言われた通りに自らの部屋に戻ってからは、レオンハルトの部屋へは一切入らない、逆らうことはしないし、言いつけには順守する以外の選択肢などないままなのだった。
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