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けじめ 10
しおりを挟むディースブルクの屋敷に早く戻りたい気持ちはあっても、タールベルクからディースブルクには距離がある。
アルノーもいるのに早く家に帰りたいなどというわがままを言っては流石に大人げないだろうと考えていると、その考えを読まれて長い移動距離を二人を乗せた馬車は馬と御者を変えて夜の遅い時間まで移動し、屋敷へと帰り立つことができた。
深夜に帰ってきたことを使用人たちに申し訳なく思いつつも、入浴を済ませて、久しぶりに自室に戻ったフィーネは、お気に入りの花瓶にただいまを言った。
急に帰宅したというのに、花瓶にはほこり一つ積もっていなくて、今日は美しく蝶が舞うような淡い桃色のスイートピーが飾られている。
テーブルに座って眺めていると、スイートピーの香りが漂ってきて、暫くあちらこちらを転々としていたが、やはり自分の部屋が一番落ち着くと思うのだ。
大切な花瓶には、いつもきれいな花が飾られていて、部屋の中でのお気に入りの場所がすぐそばにある。慣れ親しんだテーブルは、燭台の明かりで照らされて、揺らめく炎になんだか眠たくなってしまう心地がした。
眠たいけれども、ベットに入るのは面倒で、それに朝から予定だってある。
そう考えると、ここでうたた寝するぐらいでちょうどよいかもしれないと思った。
灯りは机の上の燭台しかないし、部屋は暗くしてある、よく眠れるだろう。
突っ伏してそれから炎を反射している銀の花瓶を見た。きざまれた水面の紋様は揺らめく炎に揺られているからか本当に波打っているように見えなくもない。
そんなことを考えていると、ふと思い出した。
しばらく前のカミルとの会話だ。
人生の目標がなくなって、なにをするべきかわからなくなっていた時に、手に入れたこの花瓶は、フィーネにささやかな目標を与えてくれた。
すべてを納得する形で終わらせることができた今では、その目標も同時に達成してしまったと言っても過言ではない。
……花瓶を渡すような相手を見つけるっていう目標だったけれど少し形が変わったわね。
そう思いながら目を瞑る。明日もきっと彼は花を持ってきてくれるのだろう。
どんな花でもいい。フィーネが好きなものだから喜んでほしい、とそういう思いで持ってきてくれるものならな、なんだって嬉しい。
そう思うと朝を迎えるのが楽しみになるようで、意識が眠りへと落ちていく、心地よい眠りに身をゆだねた。
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