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けじめ 5

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 フィーネたちとは夕食まで共にして、カミルとマリアンネは、自室へと下がった。

 カミルの部屋は国王であるヨーゼフの部屋であったが、カミル達がディースブルクに引っ込んでいる間に内装の趣向も変わり、神聖性に重きを置いた白を基調とした城づくりになっており、マリアンネの白い衣装に馴染むように作られているのだと従者に教えてもらった。

 その従者たちもカミルの事を忌避していた王族の側近たちは、フィーネがすべて取り換えた。若くそして、もともと転変の素養があった者たちを集めてカミルとマリアンネの周りを固めることにより、謁見に来る貴族たちも、外見差別名のようなことを口走れない雰囲気を作り出している。

 ただ、こうして暮らしているだけでも、カミルやマリアンネにとっては、幸運すぎる事態であるのに、フィーネの手にかかれば、生活環境さえ完璧に整えられるらしい。

 ……フィーネが考えすぎる性分なのは知ってるけど、ここまで全部に対策されているとちょっと驚くよね。

 そんなことを考えながら、服を着替えさせてもらってやっとラフな部屋着になる。

「ねえ、明日から予定を少し増やすって言われたけれど、君たちはなにをやるのか知ってる?」

 側仕えたちに聞くと、カミルの部屋で就寝の準備をしていた三人は、視線を交わして、そのうちの一人が少し困ったような笑顔で答える。

「そうですね、少しお稽古が入るようです。カミル様」
「でも簡単なものですよ?」
「そうですそうです、マリアンネ様も一緒ですから、楽しいはずですよ」

 ニコニコ笑って言う彼らの心の中はというと、今まで、まったく教育をされてこなかったカミルが、勉強嫌いにならないように楽しい予定だとアピールしなければという使命感に駆られているのだった。

「……僕、別に嫌じゃないよ?」
「それはご立派です!」
「マリアンネ様も惚れ直すことでしょう」
「素晴らしい事でございます」

 カミルの言葉に三人は勢いよく褒め出して、ああ、子供扱いされているなと思ったが、彼らからすれば子供なのだから仕方がないだろう。

 しかし、子供扱いをするならするで、これほどへりくだるのはどうなのだと思う。大人相手にならへりくだってなんでも言う事を聞いてもいいが、子供にそういうことをすると価値観がおかしくなる場合があるので、やめた方がいい。しかしその問題点についてもフィーネはカミルに説明していた。

 城の従者たちがいっきに変わったことによる不具合や、若者ゆえの子育てや教育について深い知識がないという問題もある、その点については次の世代までにその従者たちが育っていれば問題がないそうだ。

 まだ探り探りで地盤を固めている最中のこの場所では、城全体の関係性の構築や、主と従者の相互的な信頼関係を一から作っていく必要があるのだと言われている。

 だからカミルとマリアンネは普通にフィーネの話をよく聞き、キチンと過ごしていく事が重要なのだ。そして、次世代になるカミルの子供が生まれるころには、彼らも立派な従者となり自然と間に合うと思うから気楽にしてよいらしい。

 確かに、こうして不用意に甘やかされたり持ち上げられたりしたら、普通の子供であれば勘違いすることもあっただろう。しかし二人は身の上から、下についている人間も人であり、事情があったり、感情があることをきちんと理解している。

 だから丁度良い距離感を探して、次の世代につなげていけたらいいとカミルも思っている。

「僕ってそんなに勉強嫌いに見える?」
「いえ、滅相もない、カミル様ごろの歳のころは自分は、勉強もせず野原を駆けまわっていたので」
「私は、趣味の裁縫に凝っていて」
「わたくしは、お菓子作りに……」

 カミルの装飾の多い衣装を片付けたり、ベット周りの準備をしながら側仕えたちは素直にそう答えた。

 ……そうか、そういうのマリーにもあるのかな。好きなものとか趣味とか。彼女の望むことといえば、家族関係?だったかな。この前フィーネのところに来た時家族は一緒にお風呂に入るか、買い物に行くかなんて話をしていたし。

「そっか、僕はそういうのないなぁ。魔法は得意だけど趣味じゃないし。あった方が楽しいのかな」
「無理に探さなくてもいいのですよ」
「そうです、そうです、きっとビビッと来るものがいつか現れます」
「その時の為に温存しておくが吉ですね!」

 カミルがそういうと三人からこれまた似たような意見が返ってくるのだった。こうも息ピッタリに言われるとそんな気がしてきて「そういうもんか」とカミルは納得した。

 そんな中、ノックもなしに部屋の扉が開いた。

「カミルー、来たよー」
「あ、マリー」

 彼女はなに食わぬ顔でカミルの寝室に入ってくる。これについては、カミルの側仕えも、カミル自身もいつもの事なので特に気にすることなく、今晩も一緒に寝るためにやってきた寂しがりなマリアンネを微笑ましく思う。

 それにマリアンネはノックというものの概念すら知らなかったのを王宮に来てからマナーの講師に教えられて、カミル以外にはきちんと実践しているのだ、これはある種の愛情表現のようなものなのだと、カミル国王陛下の側仕え三人衆は思っていた。

「夕食の席でのお姉ちゃんの話、すごかったね」
「あ、ああー。ウン、あれはすごい」

 就寝の支度が整うまでの間、ホットミルクを飲んでいたカミルの向かいにマリアンネが腰かける。側仕えはこんなことがあろうことかと用意してあったミルクをマリアンネにサーブした。

「スプーン一杯のはちみつが入っております」
「ありがとう」

 完璧なタイミングでのマリアンネの好みドンピシャの飲み物に、マリアンネは眠たそうなとろんとした顔で側仕えにそう声を掛けて、祈り言葉はささげないが、手を組み一度目をつむって神に感謝の意を示した後に口にする。

「あの話、情報が渋滞してたよね」
「うん、僕、引きこもってるか、窮地かのどっちかのフィーネしか知らなかったから気が付かなかったけど、フィーネって意外とトラブルメーカーだね」
「んへへ、不器用だよねぇ」

 二人が話し出したのは、マリアンネと従妹の関係にあるフィーネの話だった。側仕えたちは手を動かしつつもカミルのいついかなる不意な疑問にも対応できるように情報収集を欠かさない。

 聞いていないようなふりをしながら、三人とも頭を働かせて聞いていた。

 フィーネとは、とても力の強い調和師の令嬢らしく、王宮に居場所のなかったカミルを保護していた(事になっている)ディースブルクへと嫁入りが決まっているお方なのだ。

 会ってみると地味な人だという印象を受けるが、その功績は目覚ましいものがあり、今こうして日陰者だった貴族の家に生まれた転変の兆候のあるものを王宮という場所で受け入れてくれた張本人だ。

 城の誰もが彼女には頭が上がらないのだった。




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