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けじめ 2

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 ……僕の救わなければならなかった人だけど、僕の本当に大切にしたかったフィーネじゃないんだ。

 そう言い聞かせた。

 ……フィーネは僕の事を”救って”くれたんだ。だから……。

「君はさ。勘違いしているんだよ」
「勘違い?……どんな」

 できるだけ、拒絶しているような声でカミルは言った。フィーネは相変わらず何を考えているのかはよくわからない。

「僕は、君に救われたと言ったけどその”救い”は君が思っているようなものじゃない」
「……」
「君とは違うんだやっぱり、僕の大事なフィーネは、君みたいなことしなかった」

 その理論はおかしいのだと自分でも分かっている。カミルがマリアンネを想う気持ちと、フィーネがカミルの想った気持ちは同じなのだと、今ははっきりとわかっているのに、あたかもそれが正しいのだとしか思っていないように、カミルは、布団を握りしめてフィーネに言った。

 彼女は暗闇の中でも、カミルに睨まれても平然としていて、カミルの顔だって初めて見たはずのくせに、今までの彼とまったく同じというようにそのまっすぐな瞳を向けているのだ。

「……フィーネは、僕がこの体を維持するために、フィーネは僕の体を殺してくれたんだ。それが僕が君に救われたって事、君の力で無理やり生かされたわけじゃないっ」
「!」
「君は、そういうの得意じゃないってわかってたけど、フィーネは僕のために、僕を……僕が辛くないようにって、殺して、くれたんだ」

 言っている途中で何故だか、カミルは苦しくなって、フィーネが泣くんじゃないかと思うと可哀想な気もしてきた。前のフィーネも今のフィーネも泣いているところなんて、数えるほどしか見ていないのに、そう思えて顔を俯かせる。

 ……なんだよっ、僕は間違ったこと言ってないのにっ。

 これでは僕が駄々をこねているみたいだ。当たり前の主張のはずなのに、前の三人だけの世界では普通のことだったのに。

 カミルにとって普通に関わり、深く付き合えたのは、フィーネとマリアンネの二人だけだった。カミルの世界は長らく、それだけで構成されていて、そして二人のあきらめるしかない状況もこの考えも、常識にも近いものだった。

「今の君にはわからないんだ。君はあの時を生きていたわけじゃないから、生きられない人間の気持ちなんかわからない」
「……」
「君はただ、自分の幸福を喜んで幸せになってくれれば僕はいいんだっ、君は僕のフィーネじゃないっ、君は希望を人に説けるような人間じゃなかったっ」

 感情に任せて声を荒げた、結っていない長い髪は振り乱されて、顔にかかる。生身でこんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。息が切れて、動悸がして、どうにも苦しい。

「僕の事を想うなら放っておいてよ……僕は、もう、あきらめてるんだ」

 ダメ押しで口にする。それは確かに嘘ではない真実で、フィーネの苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

 すぐには、フィーネは返答を返さなかった。けれども、不意に手を伸ばされて、まだあきらめてなかったのかとその手を振り払う。パンッと歯切れのよい音が響いた。

 カミルの知っている前のフィーネよりも随分若くて幼い手、まだまだ、これから苦労を重ねていく手、そんな手が視界の端で小さく震えながらも、カミルの手を掴み返した。

「っ、……」

 顔を上げると、フィーネは、鏡を見ているときと同じ顔をしていた。
 
 あの、自分自身を律しているときの厳しい顔だ。

「勘違い、確かに認めるわ」
「な、なら、あきらめてよっ!」
「でもっ!!」

 カミルの声にフィーネは耳をかさずに、滅多に出さない大きな声を出して、その細い腕のどこにそんな力があるのかと感じるような強い力でカミルの腕をぎゅうっと掴む。

 光の少ない部屋で彼女の二つの瞳は涙に潤んで、キラキラ輝いていた。

「それでも、私は、私の事を誰よりも知っている。私がカミルに希望を説けなかった理由も、その辛さも、きっと誰よりも私がわかる」

 カミルも負けじと睨み返した。それでも本当は泣き出す寸前だった。

「その希望を確かにカミルに与えたかったのだということを私は、絶対にこの世の誰より、カミルより知っているっ!!」

 耳にキーンと響く、透き通るフィーネの声が頭の中で反響する。

「同じではないわ!確かに貴方を救った私ではない、でも貴方を救える私でありたいと、前の私が少なくとも望んだ私よっ」

 カミルの両手を掴んでその夕日色の瞳から、しずくが零れ落ちた。激情から、出てきてしまう涙をフィーネは拭うこともなく、カミルから目をそらさなかった。

「…………その私に、導いてくれたのは、背中を押してくれたのは……カミルだわ。……貴方なのよ、そうなれた。なりたいと望んでいたものに、私は、そうだと確信している」
「……っ、だ、だからなんだっての」

 フィーネが今こうしてカミルの事を救おうとしているのが、カミルのせいだと言わんばかりの言葉に、カミルは思わずそう返した。

 それにフィーネは、前のフィーネがよく向けてくれた愛情の滲んだ笑顔をする。

「だから……だからね。当たり前の事なのよ。貴方が思いやってくれたこと、それに対して貴方を思いやりたいと思う気持ちは、当たり前でとても必然的なことだわ」

 それでも、だからなんだと、カミルが言おうとしてそれよりも先に、フィーネが言った。

「だから……私は、貴方の望むことではなく、貴方から与えられた希望の道で、貴方の為になるように動きたいだけだわ」

 フィーネにとっては、それはただ単に刹那的な望みよりも、未来の明るい方へと進む道を選んでほしいという意味の言葉だった。

 しかし、それはカミルにとって昔に聞いた、とても印象的な言葉だった。

『……私の中に確固たる信念と、希望があれば、きっと私は貴方の望むことではなく、貴方の為になるように動いた』

 意味が分からないと一蹴した言葉は、ここにきて、彼女が希望をもってカミルの為に動いているという証明のようにしてカミルに降り注いだ。

「君、おもいだして……」

 つい、そう口にするカミルに、フィーネは首をかしげてカミルを見る。思い出しているわけではない。けれども本当にフィーネという人物は、頑固であり信念のある筋の通った不器用な人間だ。

 カミルの愛したあのフィーネだ。今は希望をもってカミルもマリアンネも二人ともを助けるために来てくれた。

「……、な、んだよぉ、……はんそく、じゃん」
「え?あ、えっと、なにかルール違反でもあった?」

 決壊したように泣き出すカミルに、フィーネは、あるはずのないルールに違反したのかと戸惑ってそう言った。

 そんなことがあるはずないのに戸惑う彼女に、「ふっ、はは、あはは」と笑いだして、カミルはフィーネの白い手を自分の項に持ってくる。

「!……いいのね」
「聞かないでよ。野暮だなぁー」

 そんな風に茶化して言った。野暮と言われた彼女は「そうかしら」と少ししょんぼりしながらそう言って、一つ深く瞬きをする、瞼を開くと彼女の瞳の中には、美しい夕日の水面が浮かんでいて、それが自分に向かっていることが不思議だったけれども、覗き込んだ瞳の中はとても美しい。

 さらりと項を撫でられると、柔らかな肌が心地いい。ずっと愛してやまない、カミルのフィーネの感触だった。




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