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けじめ 1
しおりを挟む……僕を救うって君は言っていた。それを望んでいるって今の君は言っていた。
前の君がどんな風に僕を救ってくれたのか、君は知らない、でも前の君が言っていた言葉の意味が今なら分かるような気がする。それでも、生きることを望めない僕は、臆病なのかな。
カミルは心の中でそんな風に考えながら、自分の胸の中で小さな寝息をたてるマリアンネを見下ろしていた。
やり直したフィーネの気持ちを聞いて、彼女を置いてきてから、カミルは何度かフィーネのところへと赴いていた。フィーネに姿を見せることは無かったが、それでも彼女を見守っていた。
フィーネはやっぱり不器用で、それに前々から感じていたけれども、ローザリンデはフィーネにだけ少し意地悪だ。願いを聞いてあげるときにもカミルの記憶を引き継いであげなかったし、今回のフィーネが会いに来た時も彼女が使う力の事を正確に教えてあげなかった。
それがなぜなのかカミルにはわからなかったけれども、カミルの助言どおりにアルノーはフィーネのことを救い上げてくれた。
カミルにはできなかったことを彼はやってのけた。
前の既にどうしようもない状態でしか出会うことができなかったカミルとは違って彼は、あの優しい人を優しいままにそばにいて笑顔でいさせられるような力のある人だった。
……僕とは全然違う。
カミルはアルノーと比べて考えた。カミルが、知ることのできなかった愛情をフィーネから与えられたというのに、カミルにできたことは自分を救ってもらって、死をただ見つめることしかできない傍観者だった。
既に土俵に存在しない、あっても無くても変わらない、既に終わった力なき存在。
マリアンネも同じだ、そしてフィーネも、前はそうだった。
三人は死を待つだけの慰めあうだけの惨めでしようのない、可哀想な人間だった。
……でも彼女だけでも救われたなら僕らはそれでいいよね、マリー。
暴力を受けて、泣きながら眠ったマリアンネの頬を撫でる。マリアンネはカミルの手を心地よさそうに受け入れて、眠っているのに少し微笑む。
マリアンネが、カミルがあきらめている事に納得していないのを、カミルはうすうす気が付いていた。けれどもマリアンネも、あの日のフィーネと同じだった。
希望をそう簡単に口にすることができない。そういう生い立ちで、そういう心情をずっと抱えて、やり直す前もやり直した後も、救われようと自分自身が願えるような人生を歩んではいなかった。
それでも、マリアンネも、フィーネも、カミルも、あのどうしようもない前のお城の中で、お互いだけは救われてくれたらどれほどかと願い続けて、生きることをやめなかった。
「ん、んん……んへへ」
マリアンネは声まで出して笑って、そんな彼女がカミルは愛おしくて愛おしくて頬にキスをする。
薄暗い部屋で、どれほど陰湿で、どれほど陰鬱としていようと、カミルには慣れたものでそれでも、愛おしいと思う純情だけは、心の中に灯って消えることは無かった。
フィーネがきっと幸せになってほしいと願う相手だとしたら、マリアンネは、一緒に居たいと願う相手だった。だから同じ絶望に落ちていくことを、望んでは無いにしろ、それでも嬉しいと思う。
……ごめんね、マリー。
君を幸せにしてあげられなくて。
きっとその言葉を聞いたら、マリアンネは、あの日のカミルのようなことを言うのだと思う。”なんでそんな責任を貴方が負うのか”と、きっと言ってくると思う。
だから口には出さずに、マリアンネに布団をかけ直してやる。
もう夜も遅い時間だ、このままカミルも一緒にマリアンネと眠ってしまおうか。
そう思って抱き着いたまま眠ってしまったマリアンネを起こさないようにずるずると横になってみる。かび臭いスプリングのない硬いベットだったが、マリアンネがいるならどんな場所だろうと、ここが一番居心地がいい場所に違いないのだと確信できる。
目をつむって意識が落ちていくのを感じて、眠りに身をゆだねていると、ドンッ!!と大きな物音がしてカミルはすぐに覚醒した。
……まさか、こんな時間にも……。
マリアンネに暴行を加える男がやってきたのかもしれない。咄嗟にそう考えてベットから飛び起きた。同じく、騒音にマリアンネもすぐに目を覚まして怯えた視線を扉に向ける。
ゆっくりと扉が開いて、廊下の光が差し込む、一瞬目がくらんだ。
逆光に目が慣れると、そこにはなじみの兵士でなく、別の人物が一人で立っていた。
『ア、アルノー……君なんでこんなところに……』
見たままにカミルは口にした。マリアンネはなにやらカミルの知り合いらしいということ以外はわからずに、掛け布団にくるまって怯えたままその人物を見る。
「……何故と言われても……俺の大切な人が君達を助けなければ気が済まないらしいのでな……それがマリアンネか?」
『気が済まないって……は?なにそれ、僕たちの意見はどうでもいいわけ!』
「そうだが? 俺は、君よりフィーネの方が大切だからな」
アルノーが当たり前の顔をして言いながら部屋に入り、カミルの事をスルーしベットで小さくなっているマリアンネに手を伸ばす。
「行くぞ、マリアンネ。君を連れていくとフィーネに約束したからな」
「っ、?え、と」
強引にマリアンネの腕を掴みベットから引っ張り出す。マリアンネはまったく面識のない相手に、戸惑いつつもカミルの事を見た。その瞳はどうすればいいのか確認しているようで、咄嗟にカミルはアルノーを退けようと手を伸ばす。
『やめっ━━━
「言っとくが、カミル。俺がここに一人でいるのは効率よく二人を連れ帰るためだ。どういう意味か分かるな」
その言葉にぴったりと、動きを止めた。フィーネが、あの責任感の塊のような人間が頼みごとをして高みの見物をしているわけがない。それに二人を連れ帰るということは、だ、もちろんその中にカミルも含まれているのは当然だ。
きっと隣のカミルの部屋には、フィーネがいる。この事態の原因は彼女の方だ。アルノーと話していても意味はないだろう。
『!……マリーを乱暴に扱ったら、フィーネの恋人でも容赦しない』
「……ああ」
すぐにでも体に戻りたかったが、動けずにいるマリアンネを強引に抱き上げているアルノーにそう念押ししてから、すぐに瞳をつむって自分の体に戻る。
頭の中を揺らされるような立ち眩みの感覚がして、すぐに、実態を持った体の中で目が覚める。
いつもの通りベットで眠っていて、すぐ真上には、見慣れた女性がカミルに手を伸ばしていた。
その状況に、すぐにでもカミルを転変からもどそうと動いているのだとわかって、罪悪感はあったが、力いっぱい彼女を突き飛ばした。
「っ、……カミル……起きたのね」
「、ごほっ、つ、……ふぃーね」
長らく眠っていた体は起きたばかりで、喉が渇いてせき込んでしまう。それでもカミルは、やり直して初めて、フィーネと実態を伴って出会うことになった。
本当は一度たりとも、こうして会うつもりもなかったし、それにもう二度と、言葉を交わすつもりもなかった。
カミルにとってフィーネはとても大切な存在だ。多くの時間を共有して側にいて、もうカミルにとって人生の半分ぐらいはフィーネでできていた。あと半分は多分マリアンネなのだが、とそんなことはどうでもよく、フィーネは確かに大切な存在だ。
しかし、それはあくまでやり直し前の彼女との記憶であり、今の彼女ではない。それは心のどこかでは同じだと思っていても、心情的には幸せになったところを見るだけでいい相手であり、そしてカミルを愛してカミルも愛していたフィーネはどこにもいないのだ。
だから、今、突き飛ばすことができた。
そう説明をつけて、カミルは、自分の気持ちを思い出す。自分は生きるためにやり直しに付き合ったのではない。ただ幸せになるフィーネを見たかったから側にいることを選んだだけなのだ。
カミルは今回はマリアンネと共に死ぬ、それを選んだ。
前のフィーネに”救って”もらった。もうそれにやっぱり、生きたいなんて望めないんだ。
決意を思い出してカミルは、自分の項を押さえた。彼女には魅了の力もある、けれどもそれだって抗えないようなものではない。自分を律していれば問題ないのだ。
「……治させてくれるつもりは、なさそうね」
「当たり前じゃん、僕は生きたいわけじゃないって、そう言ってる」
「そうね。知ってるわ」
肯定するようなことを言いながらも、フィーネは、カミルをじっと見据えて、隙をうかがっているようだった。二人ともそれほど腕力に差はない、しかし、魔法を使えるという点では、カミルの方が有利ではあった。
けれども隣には、あのアルノーがいる。どうにかされて無理やりに力を使われてしまえば、カミルには勝ち目はない。
……でも、フィーネはそれをしないよね。だって、僕らは死のうとしているんだから。
だから自分勝手に救っても意味がない事を知っているはずなんだ。つまり、フィーネは説得しようとしてくる。でもそれについても対策を考えてあった。こうして彼女が来たら言うのだと決めていた。あの日の”救い”について。
それは、フィーネがきっと勘違いしていることであり、今のフィーネが前のフィーネではないから、使える手段だった。
きっと深く傷つけるだろう、だからフィーネが来なければ言う気はなかったが、しかし今、こうして相まみえて彼女は目の前にいる。その彼女は、前の彼女とは違う。
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