122 / 137
彼が救われた日 5
しおりを挟むそんな、カミルにマリアンネは、彼も自分と同じように力のない存在なのだと分かった。けれどもそれで幻滅するようなことは無く、必死に考えてくれているというその事実が、なんだか嬉しくて、体中が傷だらけで痛むのに、思わず笑みがこぼれた。
「……ん、んへへっ」
『な、なんで笑ってんの?』
「いや、変な人だって……だって私のこと、たすけても、いいことないでしょ」
『! そそんなことっ、ない』
「そ、そぉーかなぁ」
『そうっ、だから━━━━
だから、生きてと、勢いのまま言おうとしたところに、マリアンネの部屋の扉が開いた。途端にマリアンネはびくっと跳ねあがって、立ち上がろうとするが、足につけられた枷のせいで上手く逃げ出すことができずにベットの上から転げ落ちた。
迫ってくる男の影に歯をカチカチ言わせながら、カミルを見た。カミルはてっきり助けてと言われるのだと思って、その男に向かって魔法を放とうと両手を向けたが、マリアンネはふっと微笑んで、それから「また後でね」と冷静にそう言った。
そんな風に言われてしまうと、カミルはもう勝手に、魔法を使って彼女を助けることは出来なかった。
そうしてしまえば今は良くても、もっと別の屈強な男がマリアンネを嬲りに来るだけということは簡単に想像できて、せめて、終わったらすぐに治してやろうと側にいることしか、してやれないのだった。
マリアンネと出会いを果たしたカミルは、様々なことを二人で話した。彼女がどうしてここにいるのか。カミルの小さな望み。出会ったばかりのころは希望的な言葉も多かった。
しかしここから二人とも逃れるすべを持たず、マリアンネに振るわれる暴力は変わることなく、そのうちに、マリアンネもカミルも、助かるとか、助けるという言葉を言わなくなり、ただずっと何気ない会話をしながら二人は時を過ごしていた。
ひどい状況なのも、希望がない事をわかっていつつも、カミルが来てからマリアンネは死を望まなくなった。しかし、生きたいわけではないというのはお互いの共通認識として存在していた。
そんな日々の中に、また一人、城に連れてこられた哀れな少女がいた。少女というよりすでに成人を迎えているので、女性と形容するべきだろう。
彼女はマリアンネとよく似ていて、しかし、マリアンネよりも感情の起伏が少なく、なにを考えているのかわからない女の人だった。
カミルは、一日のうちに、マリアンネの部屋と、そのフィーネと呼ばれている女性の部屋を行き来して、フィーネの事をマリアンネが来た時と同様にじっと眺めていた。
彼女の特徴は、いつも地味な色のドレスを着ていて、お気に入りのクローバーの髪飾りをつけていることだった。あと、薄っぺらな笑みをいつも浮かべている。
マリアンネのように恨み言を言ったりしない、ただ、鏡で自分を見ているとき彼女は、よく鏡の中の自分を睨みつける様な表情をしているのだった。
そんな、フィーネの部屋には、王太子妃となった妹のベティーナと、本来フィーネの伴侶となるはずであったカミルの兄のハンスが会いに来る。フィーネはそんな彼らに、真摯に接していた。
ハレの日にあんな貶め方をされてもフィーネは二人に向き合って、きちんと話をしようとしていたし、ちょっとやそっとの暴力では折れることもなく罵られても、正論を言うような人間だった。
……なんていうか、不器用な人だなぁ。マリーだってもっと上手くやるよ。
と少し呆れた気持ちになって、ベティーナの仕事を引き受けてやっているフィーネの事を、カミルは少し馬鹿にしつつ見ていた。
しかしながら彼女は仕事ができる。王妃の公務としての仕事を引き受けては効率化を計ったり、国王がすでに倒れている状態での意思決定の方法など新たなる案を出し、様々な解決策を提案したのだ。
けれどもそれらはフィーネの手柄になることもなく、また、ハンスやベティーナの怠慢によって、フィーネの完璧な計画を歪められ、国はその度に少しずつ傾いた。
それをフィーネの責任にして責め立てる二人は、まるでカミルからみて人間だと思えなかった。転変はしていなくても、彼らは父親と同じで人間性を失った怪物のように思えたのだ。
だってこんなにも優しい人をこんな風に使い潰すなんて可哀想だと思う。彼女はもっと、彼女自身を大切にしてくれるような、共に過ごすのにふさわしい人がいるはずだと、いつしか考えるようになった。
そして、そのあまり感情を表さない表情は、カミルがいきなり姿を現したらどんな風になるだろうか、と気になって気になって仕方なくなった。
そうなってしまうともう、どうしようもなくなってカミルはフィーネの前に姿を現した。
『こんにちは』
彼女の部屋は、ハンス達の住んでいる付近の近くにある。この部屋はマリアンネやカミルの部屋と違って、窓もあるし一応は、貴族らしい豪華な家具や装飾がある。
だから昼には日が差し込み、夜にはカーテンが閉まって灯りがともされるのだ。
昼下がりの部屋で読書なのか勉強なのかわからない事をしているフィーネに声を掛けた。
彼女はふと顔を上げて、それから暫く固まる、けれども、大げさに驚いたり取り乱したりはしない。
「……、……子供?どこから入ったの?」
『全然、驚かないじゃんっ』
「え、ええと、驚いた方がよかったかしら」
『そーいうわけじゃないけどさっ!僕はカミル。よろしくね』
状況はよく理解できていないらしかったが、フィーネは「そう……」と答えて、それから、また笑みを張り付けてカミルを見た。
「私は、フィーネよ。貴方、ご両親はどちらにいるのかしら?この部屋には来ない方がいいわ、見つかったら、あの二人がなにをするかわからないから」
『……見つからないよ?だって僕は君にしか見えないし!』
「見えないって、どういう……」
少し混乱したように言うフィーネに、カミルは彼女の視界から消えたり出てきたりして見せた。そうするとフィーネは本をパタンと閉じて、カツカツとカミルの方へと寄ってきた。そして、眉間にしわを作ってカミルの事をペタペタ触った。
「……今、カミルが消えたように見えたのだけど」
『だから、そういうものなんだって、すごいでしょ!』
両肩に触れて、背中を摩って、フィーネは、自慢げにそう言うカミルの体を医師が触診するときのように確かめながらに触れていく。
「おかしいわね。貴方なにか、存在がフワフワしていない?よく見ると影がないわ。それに感触はあるのに匂いがしない。消えたり出たりできるというのは魔法なの?私の視界を操るのであれば黒魔法ね。あまりやらない方がいいわ。ああ、でも貴方自身の存在がなにか妙だから、もしかすると自身の体に魔法をかけているの?」
『え、ええ?よくわかんないんだけど』
「では魔法の術者がほかにいるのかしら?私は魔法は使えないけれど、その種類や危険性は理解しているわ。どんな方法を使っていたとしても貴方の体に負担がかかっている可能性があるわ。危険なことは、やってはいけないのよ。まだ子供なのに、こんなことをしては将来、なにか障害が残る可能性だってある」
少しかがんで、フィーネはカミルの事を覗き込んだ。その顔は、笑顔はなく心配一色に染まっていて、それは彼女の愛してやまない二人の愚者に向けられるのと同じ色の感情だったように思う。
10
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
私の幼馴染の方がすごいんですが…。〜虐められた私を溺愛する3人の復讐劇〜
めろめろす
恋愛
片田舎から村を救うために都会の学校にやってきたエールカ・モキュル。国のエリートたちが集う学校で、エールカは学校のエリートたちに目を付けられる。見た目が整っている王子たちに自分達の美貌や魔法の腕を自慢されるもの
「いや、私の幼馴染の方がすごいので…。」
と本音をポロリ。
その日から片田舎にそんな人たちがいるものかと馬鹿にされ嘘つきよばわりされいじめが始まってしまう。
その後、問題を起こし退学処分となったエールカを迎えにきたのは、とんでもない美形の男で…。
「俺たちの幼馴染がお世話になったようで?」
幼馴染たちの復讐が始まる。
カクヨムにも掲載中。
HOTランキング10位ありがとうございます(9/10)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました
瀬里
恋愛
その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。
婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。
しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。
――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)
ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。
しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。
今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部)
全33話+番外編です
小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。
拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。
https://www.pixiv.net/users/30628019
https://skima.jp/profile?id=90999
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる