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彼が救われた日 4
しおりを挟む聞いたこともない存在でも今、王宮の奥まったこの場所に単身で現れたのだから、その特異性は担保されているだろう。そんな風に納得して相談してみた。
「ねえ、精霊王様。僕消えてしまいたいんだけど、体は自然に死なせることは出来る?」
「可笑しなことを言うのね。ならば自害なさい。そうすれば消えることができるわよ」
「ええー?酷いなぁ、違うよ、存在がね、認識されないようにしたいんだ。僕は不要な存在みたいだから。でも転変したって知れ渡ったら色々大変でしょ、だからひっそり死んだ事にしたいっていうかさぁ」
「……体から分離するようなことになるわ」
「それでもいいよ。それって自由にあっちこっち行ったりできるの?」
「制約はあるけれど、わたくしのように生者の前に姿を人前に現すこともできるわ」
言われて、もしかすると、彼女も今そのカミルが望んだのと同じような状態なのかもしれないと思い、まじまじと少女の事を見つめた。
「……けれど、それほど都合よくはないわよ。体は勝手に死なないし、お前は精神体でも自分自身を保持できるようにならなくてはいけないわ」
それが具体的にはどういうことなのかよくわからなかったが、カミルは「いいんじゃない?」と適当に答えた。
「ではお前の望みは決まりね……」
言いつつ、少女はカミルに近づいてくる。既に夜の遅い時間で、眠るためにベットに入っていたカミルに手を伸ばし、肩に触れてそれからうなじに手を滑らせた。
「精神体がきちんとお前の魂に馴染んだら、体に戻って自害しなさい。それであなたはきちんと魔物になることができる。わたくしは自分が転変させた生き物の面倒はみるわ。やることが無くなったら、アメルハウザー公爵家にいらっしゃい」
その名前を聞いて、やっとカミルは彼女が精話師の家系の人間なのだと理解した。それと同時に、簡単に彼女が言った自害という言葉に驚いた。
それはまだ子供であるカミルにとっては難しい事のように思えて、制止しようとしたが、意識がすぐに落ちて、次に目が覚めた時には、少女と同じように、暗闇の中で淡く光る存在になってた。
目の前には眠っている自分がいて、本当に自分は化け物になったのだと理解しつつも、どこに行っても何をしていても誰にも嫌な顔をされない今の体をカミルはかなり気に入った。
それに顔にある、こうして蔑まれる生活を余儀なくされた原因の顔の大きな痣は綺麗に無くなっているし、城のあちこちでいろんな情報を得ることができた。
たまには街に降りたし、少し足を伸ばして別の領地に行ったりして外の世界を満喫した。しかし、中途半端な転変というのはカミルに弊害をもたらした。
カミルの精神体とは別に実在する体は、カミルがいない間は生命活動を著しく低下させて休止状態になる。しかし、カミルが戻るとそれらが一気に復活し、さまざまな欲求を生み出し、同時に時の流れに合わせるように急激に成長するので痛みを伴った。
それでも、適度に体に戻ってメンテナンスをしているうちに、精神体も同じように歳をとっていって、子供の姿から少年へと姿を変えたころ、カミルが眠り続けているという異変は、城の中に噂話として広がるようになってた。
けれども誰もカミルと関わろうとはしない。見て見ぬふりをして存在しない物として扱われた。
そんな日々が過ぎていき、ある女の子がカミルの部屋の隣に連れてこられた。
彼女は、マリアンネといい、ときおり叫ぶような声が聞こえていたのだ。
事情は、城のあちこちに行っているカミルなので大方理解していた。国王である父親を精霊王様が魔物に転変させたのである。
それはカミルにした優しい願いを聞く行為ではなく人間性を喪失させるような、非道なもので父親は人としての理性を失い、ただ獣のように食事をして暴れまわる化け物になったのだ。
その時に、精霊王様からローザリンデという名を聞き、それから魔物化させて帰っていこうとする彼女をひきとめると、割と気さくに、今の生活はどうかなど話を聞いてくれた。
そんな彼女をカミルは、感謝こそすれ恨むことは無かった。父親とは名前ばかりでカミルの事を疎ましく思っているただの生物学上の存在だったからだ。
だからカミルは、ローザリンデと親しくしていたし、マリアンネの事情も聞くことができた。しかし、彼女も可哀想な身の上であるが、どうやらローザリンデの力では救う事の出来ない存在らしい。
調和師という家系は、魔物を生み出す精感を逆流させる能力を打ち消す力があり、望みを叶えてあげることは出来ないのだ。
そう聞いて、なにやら悲痛に叫ぶ隣人に、カミルは会いに行ってみた。それは、聞こえてきていた意味不明な叫び声からは、想像もできないほど可愛らしい女の子で、カミルと同じくらいの歳だった。
しばらく様子を見ていて、殴られたり、焼かれたり、切られたりしても抵抗をし続ける彼女に、力を国王に使えば楽になると言う逃げ道があるのにもかかわらず、それをしない彼女に自分にはない強さを持った女性だと思った。
頑固で、意固地で、頑なな彼女は、長く続く拷問のような日々に、いよいよ嫌気がさしたのだろう。けれどもマリアンネを思い通りにしようとする彼らの思い通りになって、力を使うのではなく、自らの首にナイフを突き立てようとした。
「……、」
そうなったときにはじめてカミルは姿を他人の前に現した。ナイフの切っ先を握り、実態はあるが、痛みは無いし血も出ないので、そのまま彼女のナイフを取り上げた。
「……は、はぁ?ええ、へへ。ええ?」
混乱したマリアンネはそんな風に笑って、乱暴に切りそろえられた髪をくしくし触りながら、酷い顔をしているのに、笑みを浮かべてえへえへ笑った。
『し、死ぬのは、どうかな。僕が何とか助けあげようか?』
気が付いたらカミルはそんなことを言っていて、さらに首を傾げたマリアンネは、パチパチと二つ瞬きをしてカミルに問いかける。
「ええ、ええーと、まず誰なの」
『カミル、っていうんだけど……』
はじめて会った歳の近い女の子に若干緊張しつつもそういうと「カミル」と復唱し、それからマリアンネは、一度空に視線を移して考えた後に、おもいついたように口を開いた。
「私は、マリアンネ……マリーで、いい、よ」
『……マリー、よろしく』
「ウン、ウン?う~ん」
二人はぎこちなく自己紹介のようなものをして、それからマリアンネはやっぱり、腑に落ちないというように、首をひねった。
「あ、ああ。あの、ナイフ……かえ、して」
手を伸ばされて、カミルは咄嗟にばっと身を引いた。よく考えるとカミルにはマリアンネの自殺を止められるだけの、関わりも崇高な考えもあるわけではなかった。
しかしそれでも、初めて普通に接してくれた普通の女の子が、死ぬのは勿体ないような気がして傲慢だとわかっていつつもナイフをきつく握りしめて『た、助けるからっ死ぬのは……やめない?』と聞いてしまう。
それにマリアンネは、彼がカミルという名前だという事以外に何も分からなかったし、それにそもそも何者なんだと思ったが、それよりも、助けるといった言葉の方が気になって、咄嗟に聞いた。
「どうやって……」
『え?ええっと、ここから逃がすとか……』
「行く当てないよ、私」
『じゃ、じゃあ、傷を治すとか』
「それ、意味ある?」
カミルが自分の魔法でできることをなんとか提案するのに、それらはマリアンネにとっての打開策にはならない。他に何かないかと考えるが、どれもこれも彼女を救ったという事にはならないようなことばかりで、カミルは必死に思考を巡らせた。
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