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真実の記憶 5
しおりを挟むフィーネとロジーネは、街の中心にある露天商へとやってきていた。休日のためそれなりに賑わいを見せていて、普段はこういった場所に足を運ぶ事のない二人は、怪しい異国の骨董品や、珍しい果実なんかを売っているお店をドキドキしながら眺めて歩く。
「あ、あのお店、見ていってもいいですか」
「はい、行きましょうっ」
ロジーネが指さしたのは、独特な雰囲気を醸し出しているアクセサリー店だった。なにか嗅ぎなれない慣れない香りがして、お花なのか、果実なのか分からないような独特な匂いだった。
売り場には白い布が引かれていて、その上にネックレス、指輪、ブローチといろいろなアクセサリーが雑多に置かれていた。
その中でロジーネが手に取ったのは、独特な花の紋様がきざまれているブローチだった。
「……」
手に取って真剣に見ている様は、彼女は完璧に美しいのに、そのブローチは確かに妙な魅力はあるが、どこか不格好で、彼女に似合うとはあまり思えないものだった。
「……フィーネ。私が気に入ったものを、友に似合うか尋ねるといつも、困った顔をされるのですよ」
真剣にそのブローチを眺めるロジーネの事をじっと見ていたら、彼女はふとフィーネに視線を移してそんなことを言ってきた。確かにそれは困った顔をするだろう、フィーネも同じように思うし。
「だから聞きません。買うと決めました。私はこれが可愛らしいと思うからです」
「……そう、ですか」
少し自慢げにそういう彼女に、フィーネは気のない返事を返した。店の店主に声を掛けて、ブローチを購入するロジーネになんと無しにフィーネは言う。
「……ロジーネ様が、既に美しいから、癖のあるものを身に着けるのに違和感を感じるんだと思うわ」
そのお友達の事をけなすでもなく、フィーネは思ったことを口にして、それに対してロジーネは、ふっと笑顔を見せる。
「あら、嬉しい事を言ってくれますね」
「事実だから……ロジーネ様、お友達とはあれからうまくやっていますか?」
「ええ、王都に屋敷のある子だから、よく私の下宿先に遊びに来てくださいます。手紙にも書いた通り、街へ下りたりお茶会をしたりして楽しんでいます。幸い私は、魔術師見習いの身ですから、よほどのことがない限りは安全ですしね」
そう言いながら、袋に入れられたブローチを受け取って、露店を眺める。
たしかに、こんな人混みに貴族令嬢が護衛もつけずにいるというのは危ない。力の弱い女子供を攫ってお金に換えたい人間はどこにでもいるのだ。しかし、見習いとはいえ魔術師と共にいるというのは、それだけで牽制になる。
魔物とも戦う魔術を極める道にいる者はよほどのことがない限りは襲われたりしない。そしてそれをアピールするように今日のロジーネは見習いのローブをつけている。
お友達と遊びに行くときも同じように魔術師見習いということがわかるようにしているのだろう。
「そうね。私も王都に顔を出せたら、ロジーネ様にここまで来てもらう必要は無かったのに、ごめんなさい」
「謝らないで、フィーネは今とても大切な時期なのだから、リスクを負う必要はないんです。それに、やっぱりディースブルクは話に聞いていた通り面白い場所ですね」
「そうね、確かに。こんなにたくさんのお店があるとは思ってなかった。私も機会がなければ来なかったと思うから、ロジーネ様には感謝しかないわ」
「いえいえ、私こそ、フィーネがいなければここには来なかったでしょう、感謝していますよ」
お互いに、そんな風に言って、それから顔を見合わせてふふっと笑った。少し気恥ずかしいような気がしつつも、気まずくはない。
「それにしても、この品々は、どんな国なら来ているのか、フィーネはご存じですか?」
「……そうですね。おもに森林地帯に住んでいる部族や、そのまた向こうの砂漠の暑さが厳しい国々からですね。あちらの方では、綿を栽培することができますから多く輸入していたと思う。それに工芸品はこちらにはない技法が使われていて、人気の高い商品なんです」
ローベルトの仕事を手伝っているフィーネは、すぐに答えることができた。先日、輸入品の装飾品の金額の割合を調べたり、そのうちのどの程度が王都に入っているのかなど、ざまざまな分析を行ったりしていた。
「なるほど、お土産には困らなさそうですね。できれば王都にないものを買っていきたいですけれど」
「それだったら、あのあたりの物が無難かしら」
そう言いつつ店を移動して、ロジーネが買いもをしていくのをサポートしながらフィーネも実物を見るのが初めてである部族のお守りとか、何の肉かわからかないものを食べてみたりしつつ、広い街を歩いていく。
いくつか買い物をしたあたりで、フィーネは珍しいものを見つけて、ロジーネに声を掛けてその露店へ近づいた。
いくつもの檻が積み重なって売り場になっていて、その中には小さな小動物が入っている。それは、小鳥だったり、ネズミだったり、なにかよくわからない動物だったりした。
ジージーとけたたましく鳴いている動物たちは、どれもこれも不安定というか、不満を表すような鳴き方をしていて、こんな小さな檻に閉じ込められて野生の動物が人間の前に晒されているなんて相当なストレスがかかっているはずだ。
「何か、気になる生き物でもいるのですか?……なんだか可哀想ですね」
フィーネが、これでは街の景観も悪いし、もう少し生体販売についての規制をつけるべきだとローベルトに進言しようかと考えていると、ロジーネが顔を曇らせて、その瞳を伏せるのでハッとして考えを打ち止める。
「ごめんなさい。ちょっと気になることがあったのだけど、気のせいだったわ、行きましょう」
「ええ、……そうですね」
笑顔をすぐに作って、そのまま二人は露店から離れて、落ち着いた雰囲気のあるカフェテリアへと入った。
生体販売の露店については、他の露天商から苦情が上がっていたり、病気の媒介になっていたりと何かと問題になることが多かったので実際に見ておきたかった。
あの店に寄ったのはそういう理由だったのだが、実際に見てしまうと確かに衝撃的だった気がして、小さな檻のなかで怯えている小動物がマリアンネに重なって見えてしまった自分は少し鬱気味なのかもしれない。
適当なものを注文し、二人で向かい合ってテーブルに座る。この場所はロジーネと街を回ると決めた時に、側仕えの二人から教えてもらった場所であり、カフェではあれど半個室のような形がとられている店だった。
大きな窓があり、窓辺には小さなプランターが付いていて、お花が可愛く咲いていた。
飲み物が届き、二言、三言会話をして喉を潤した後。フィーネは楽しかった今までの時間を忘れるようにして切り替えた。こうしてわざわざ待ち合わせをして会って話をして知らない場所に行く、そんな友達は今までできたことは無かった。
これが普通の友達であったら、これからも同じように関係を続けていくことができたのかもしれない。けれども、フィーネとロジーネの関係はそうはいかないのだ。
そんなことは忘れてしまいたいと思うけれども、閉じ込められて酷い目に合っている子がいるのだ。わがままは言ってられない。
フィーネは動かなければならない、そしてきっとロジーネはフィーネが選んだことに協力してくれるだろう、しかし、それは彼女の本望ではないのだ。
「……」
「……浮かない顔ですね。それほどさっきの動物販売が気になっていますか?」
覚悟を決めようとしているフィーネに、ロジーネは慰めるように言う。
違うと思うのだが、たしかに気になってはいる。あれは、あまり見たくないものだった。けれども、この機会に見ておかなければならないと思っていたし、知らずにいてはあの動物たちを助けてあげることは出来ないだろう。
だから見るべきだと思っていたし、見て正しいと思う。
「いえ、その。欲しい生き物がいたのではなく、単純に、少し周りに迷惑をかけているようで、その対策のために一度、実際に見て確認しておきたかっただけなんです」
「そうなんですか、でもそんなことを考えていたなんて……フィーネは働き者ですね。私は、きっと動物が可哀想で、実際には見たくないと思ってしまいますから」
「……そうなの?」
真面目な彼女にしては、意外なことだった。なのでそう聞き返すと、ロジーネはその黒い瞳をやさしくして、笑顔を見せる。
「悲惨な光景を見ると未だに、腹が立って焦ってしまいますので、そうするとその知識を知っているだけの時より、悲しくて辛くなるでしょう?だから、少しは目を瞑るようにしています、あまりいいことではないと思いますけれどね」
……そういえば、前に会った時にも間抜けを見てると腹が立つなんて言っていたわね。それに確かに、知識として知っているときよりも、過剰に反応してしまうのは、そのとおりね。
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