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精霊王 7
しおりを挟む……というか、フォルクハルトを作った?
「魔物化させると良く懐くわ。まあ、魔物化させてもヨーゼフのようにまったく主導権を得ることができない者もいるけれど。お前も、時をまたいでも助けにこさせられるぐらいには懐かれていたじゃないの」
「……な、懐くってそんな、動物じゃあるまいし」
「ではなんて言ったらいいのかしら?わたくしからすれば大差ないわ、人も動物も」
そんなわけない。明確に違うものだ。
少なくともフィーネはそう思う。それにフォルクハルトを魔物化させたって、そんなことは許されてもいい行為ではないだろうし、この言い分ではやはり魔物の教団襲撃の黒幕は彼女だろう。
けれどもおかしい、なにかフィーネの知っている常識と違いすぎて、別世界の人間と話をしているようだった。
だって、そうだろう、そうで、無ければ……。
でなければ目の前の彼が、自分という人間を作り替えられても、なおローザリンデに愛着を示しているのは、フィーネも持っている”力”のおかげだと。
カミルのフィーネを助けたいと想った気持ちも、前のフィーネが”力”を使ってそうさせたから、ということになってしまう。
「で、でもそんな、事。あるはず……」
「魅了の力とでも言うのかしら?……今お前が頼っている男だってお前の力にあてられた一人だわ」
「……アルノー様?」
「そんな名前だったわね」
ローザリンデは、嫋やかにほほ笑んだ。しかし、その笑顔にフィーネはぞっとして、同時に自分はなんて、姑息な人間だったのだろうと、力の事を聞いて思わざるを得ない。
信じたくはなかった。
しかし、現に、目の前に、その力にかけられたであろうフォルクハルトがローザリンデにべったりと惚れこんでいる様子で、ニコニコとしているのだ。
そう考えると先程の、突飛な行動も、それにあてられたからなのかもしれないと思えた。彼の事を変な人間だと思ってしまったがそうではないのだ。
「古来より人と交わってきたのだから、こう言った力があるのも当然ですのよ。好意的にみられることはとても利点になりますわ、しかし、……お前、その感情はなんですの?」
「っ……」
指摘されたことにフィーネはわかりやすく動揺してしまった。
フィーネは感情を悟られないようにするのも、取り繕うのもうまい人間だ。しかし、驚かずにはいられなかった。自分のルーツが人ではないものだなんて、理解もできない。
それに、そんな自分が今まで擬態して人らしくしてたとしても少なくとも、ローザリンデが言ったように二人もその奇怪な術にかけてしまったことになる。
今まで協力してくれる人を、フィーネは自信家というわけでは決してなかったが、しかしそれでも、フィーネという人物を認めてくれたが故の好意であると思っていたのだ。当たり前に。
そうではないのかもしれない……いや、そうではないのだ。
「嫌悪することなんてなにもありませんわ。お前もわたくしも、ただそういう風に生まれついた生き物だというだけですのよ」
「……それが、他人を勝手に操っていい理由にはならないと私は思うわ」
何とか絞り出した言葉を、ローザリンデは鼻で笑って心底くだらないという顔をした。
「その力でお前、今やっと生きることができているだけなのに、傲慢なことをおっしゃるわ、滑稽よっ」
そして、フィーネの感情が可笑しなことだと言わんばかりにくすくすと笑うのだった。
「それに、そんなことはどうでもよい些末な問題だわ。良くお聞き忘れ形見、本題はそこから先よ」
話は進む、ローザリンデはフィーネが頭の中を整理するのを待ってはくれない。
「王族の動きがここ数十年で変わったのは、知っているわね。わたくし達は目先の魔力が減ったところで、消えたりしないし困窮しているわけでもない。けれども、目障りですわ」
にっこり微笑む。フィーネとそれほど歳も離れていないはずなのに、とても大人びた笑顔で言う。
「王族を排してしまいましょう。そうすれば、後はお前がどうとでもして構いませんよ。忘れ形見」
「……王族を……排するというのは、つまり」
「新しい王を立て、今の王族は用済みということよ」
それは想定していた出来事だった。しかしどうしてか言い方が引っかかるのだ。用済みと言われるとまるで彼らを……。
……殺して消し去るみたいに聞こえるわ。
「その通りよ。きっと嫁に入るお前の傲慢な妹もね」
「……王権を譲らせるという話では、ないという事ですか」
「ええ、新しいく変えるには、それを望まれるだけの悪党が必要というもの、それともお前は、お前の事を死へと追いやったものどもを擁護するというの?」
……それは……。
「それならそれで構わなくてよ、忘れ形見。お前たちはいつも人の側に立つ、わたくしがどれほど良い案を持っていても、否定して、自らの信じる偽善のために尽くすのだわ」
責めるような言葉だが、ローザリンデはいたって平常であり、それがさらに事実を淡々と述べているだけのような気がして、彼女の言葉がフィーネに重たくのしかかる。
「そのせいでしょっちゅう身を滅ぼすのだから、わたくしは面倒で仕方ありませんけれど、いつもの事ですわ。自分の力を呪い、人を優先して生きるあなた達はいつも、自ら望んで人を信じる。呆れてしまいますわ」
はあ、とローザリンデは頬に手を添えて、ため息をつくのだった。
「……しかし、よく考えなさいね。わたくしはわたくしが言った方法以外では、動くことはありませんわ。お前が、平和的に新たな王家を作るのだとしても果たしてそんな能力がお前ににあるかしら」
「……」
「お前は、なにかを決断して、時代を動かす側でない。たしかにお前は有能よ、けれどお前は自分の生という最低限の望みしか持っていない、人の上に立つ欲を持っていないつまらない人間だわ。そんな人間に、人々の心はついてこないわ」
言われることは確かに事実で、フィーネはこの国の王家について、問題意識はあった、がしかし何か行動を起こすのではなくまず、その予定がありそうなローザリンデに話を聞こうと考えていたし、正直にいえば血が流れることをできるだけ避けたいだけで、そんな大層な志をフィーネは持っていなかった。
ただ、身近な人を救いたい。自分を貶めた人でも殺されるような事をしたとは思うことができないのだ。
「それにお前ひとりでは何もできないのに、善を説いて、お前はお前の忌避している力で人を動かして、お前の思想に付き合わせるなど、都合の良い考え方ですわ」
そうだただでさえ、アルノーもカミルもロジーネもそのよくわからない力とやらでフィーネに付き合わされているだけで、彼らの意思ではないらしいのだ。
そんな力は、良くないと思いながらも利用するなんてダブルスタンダートというやつだ、つまりは、都合の良いこと以外は認めないと。
そんなのは理屈っぽいフィーネが一番嫌いなことだった。
けれどもしかし、王族をそんな風に扱われては困るとても大切な問題がフィーネの中にはまだあったのだ。
……それでも、カミルが私を助けてくれたように……私はカミルを救いたいの。
「あら。酷い自己満足ね」
フィーネの大切な目的を、ローザリンデは簡単に読んで笑顔を向ける。自己満足なことなど承知の上だった。しかし、ローザリンデは美しい銀髪を、なびかせながら立ち上がって、その海のような光を反射する美しい水面の瞳をフィーネに向けて、ぐっと顔を近づける。
「わたくしはカミルが哀れで仕方がないわ。正当な血筋を継ぐことができなかったマリアンネも、哀れで哀れで仕方がないの」
「っ」
「責任はお前にあるわ。お前はやり直す前に、カミルを中途半端に救って恩を売った。その恩を返しただけなのに、やり直したお前に救いという名の呪縛を与えられる」
いいながら、ローザリンデはフィーネに手を伸ばす。頬に触れられて、フィーネはその手を避けることなく、奥歯をかみしめていた。
「お前さえ、いなければマリアンネはもっと早くに、あきらめて楽になれていたというのに」
二人を、フィーネが苦しめている。そう言いたいのだという事はわかった。それでも、とフィーネは思う。
その頑固さに、ローザリンデは、やっぱり、バルシュミューデの後継者はこのエルザの忘れ形見だと、納得しつつその青い瞳を暗く陰らせて、つい最近、精霊を通して知った記憶をフィーネの中に放り込んだ。
「っう!!」
苦痛に顔をゆがめて、フィーネが意識を失って力なく机に頭を衝突させる。それをなんの罪悪感もなく見つめていた。
すべてを知るといい。そうして選び取るべきだ、アメルハウザーと対をなしてこの精霊の国を守るバルシュミューデの後継者はその役目を担っている。
人に完全に寄り添う事の出来ない精霊を体に宿した精霊王と、人として生きやすいように長年の記憶を引き継がず、寄り添って動く調和師この関係は国ができた時からずっと変わらずに、引き継がれて来た。
それをこの代で終わらせるわけにもいかない、だからこそフィーネを助ける必要があったのだが、そのことについてはあえてフィーネに教えてやる事は無かった。
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