上 下
102 / 137

精霊王 6

しおりを挟む




 ……待って、そう言われても、分からない事が多すぎる。

 急に責務と言われてもぴんとこなかったし、それに彼女とフィーネは初対面なのだ、どのように接したらいいのかも、そもそも精霊王がどういうもので、その精霊王の彼女として話したらいいのか、アメルハウザー公爵令嬢として話しかけたらいいのか、それとも精話師しての彼女と話をしたらいいかすらわからなくて、頭をフル回転させた。

「あら、なにが分からないというの?忘れ形見。お前はもうすでに必要な情報を大方知っているはずだわ」

 当たり前のように、心を読まれてフィーネは目をむく。薄暗闇の中、向き合っている彼女は、美しくそして得体がしれない。恐ろしいと思ってしまいそうだったが、しょんぼりしながら女々しく彼女を見つめるフォルクハルトを見て、それから、カミルやマリアンネが気軽に話題に出していたことを思い出す。

 彼らにとってこの人は畏怖の対象ではない。恐ろしく、完璧に整った神秘的な人ではある、しかし同じ人間だろう。

「……まず、聞いてもいいでしょうか」
「ええ」
「”忘れ形見”とは、母の、という事ですよね。母と何か関係があったのですか……」

 フィーネが一番最初に聞いたことは、彼女の呼び方だった。その呼び方は初めてされたと思うのに、どこかきっと前の記憶でも聞いた気がするのだ。

 そしてその時にも微かに疑問を持った。どうしてそう呼ぶのだろうと、母が亡くなってずいぶん経つ。フィーネだって一人前の大人に近づいている。そんなフィーネの事をそう呼ぶというのは、エルザとそれなりに関係があったのではないかと予想が出たのだ。

 フィーネの問いかけにローザリンデは、少しも考えずに、フィーネを見据えて答える。

「関係があったも何も、わたくしが認めてた調和師は、この世代に彼女だけ。だからお前はエルザの残した幼い子、あの子の忘れ形見。わたくしにとってはそれだけですの」
「……なる、ほど」

 その言葉に、フィーネはローザリンデからの若干の拒絶を感じた。重要なのはエルザであってフィーネではない、そういわれているような気がしたのだ。

 彼女がどう感じるかは、彼女次第であってフィーネがどうこう言えることではない。しかし、今、ローザリンデと向き合って話をしているのはフィーネである。それをないがしろにされている気がした。

 しかし、それを指摘したところで、故意にそう言っているのだから変えるということは無いだろう。それに、フィーネの事を認めたら、名前で呼んでくれるのかも知れない。そう希望的に解釈して、フィーネは気を引き締めた。

「そうね。幼い子。……わかりやすく、説明してあげましょうか」

 彼女は気まぐれにフィーネにそう言い、少しだけ口角を釣り上げる。

「……お前はね、エルザに守られた幸せな子。お前はエルザが死んだとき、本当はマリアンネのようにすべてを奪われるはずだった」

 マリアンネのように、そう言われて家が潰され、テザーリア教団の聖女として崇められている彼女の事を思い浮かべた。確かに母の尽力がなければフィーネは、王太子であるハンスとの婚約などありえなかっただろう。

「しかし、エルザはわが子だけは守った。自分の子供だけを。可哀想なマリアンネを見たでしょう?あれは、お前がそうなるかもしれなかった姿よ。そして今の彼女の苦悩もお前が背負う可能性もあった」
「いまの?」

 なにかそれでは、マリアンネが教団で酷い事をされているようでなないかそう、思って聞いたのに、ローザリンデは、フィーネの問いに答えずに続ける。

「お前は愛された。幸福を望まれた。それをわたくしは知っているわ。……だからエルザの最後の望みを私は叶えてやることにしたのよ。一度、死を迎えたお前をやり直させたのは、わたくしよ。会うのはあの日以来ね」

 ……あの日。前の私が死んだ日、その時に彼女に会っている?

 目を閉じて思い出してみると、膨大な前のフィーネの記憶の中にある最後の日の記憶が、ふとよみがえった。彼女は死に際のフィーネに、聞いてきたのだ。何を望むのかと。

「そしてお前は、やり直したいと望んだ。結果お前は何を得られている?」
「す、少なくとも、死にはしない状況を……」
「そうね。幸せになったかどうかはわからないけれど、これでエルザの最後の望みは果たしたわ、忘れ形見。お前は母に愛されたという事を精々ありがたく思っておくことね」

 ……言われなくても……。

 そんなことはわかっている。しかし改めて言われると、フィーネの中にはなんだか反発したい気持ちがもたげてきてローザリンデに沈黙で返した。

「それにお前は良く愛される子だわ。”力”の使い方が上手いのね」
「力?」
「ええ、そうよ。お前とわたくしの人間には持ち合わせない”力”、自覚がないのね哀れだわ」
「人間には……?」

 ローザリンデとフィーネにしかないものといえば、精話師と調和師の力だと理解はできるが、彼女の言い回しが気になった。

「家系が途絶えたせいで、とんだ弊害が生まれているようね。忘れ形見。お前、自分が他と同じ人間だとでも思っているのね」
「……そ、それではまるで……私が、人でないような」
「大まかな構造は同じよ。けれど、貴方は治す力。わたくしは壊す力を持っている。逆とも言えるけれど」

 彼女の言っていることがまったく理解できずにフィーネは、混乱したまま、ローザリンデの事を見た。

「それに、お前たちバルシュミューデは人間に擬態しすぎて、そちらに寄った考え方になりがちね、人なんて、わたくし達にとっては些細な存在だというのに」

 言いながらローザリンデは、ふとフォルクハルトを見やった。彼はローザリンデに見られてニコーっと笑顔を見せた。それからローザリンデのそばに寄り、その手を取ってキスをする。

 うっとり微笑むその様は、他のものなどなにも見えていないとばかりの顔で、普通だとは思えない。

「あ、あまり意味が理解できないのですけれど」
「あら、うすうす感づいているはずよ。これらがわたくし達に与えられた、国を治めるための大切な力だという事を」

 言いながらローザリンデは、その紺碧の瞳を輝かせる。キラキラとしていて、美しい光をはらんでいるような夜が明ける前の済んだ青色をしていて、まるで宝石のようだった。

「わたくし達の精霊の国を守らなければならない。使役する魔物を作るのは、わたくし、自然に発生した魔物を狩るのがお前。調和師だとか精話師なんて言うのは人間が勝手に自分たちに都合のいいように力を勝手に解釈して役割のように言っているだけだわ」
「……」
「この子はわたくしが作ったのよ、少し頭が悪いけれど、良く動いていい駒よ」

 フォルクハルトの頭を撫でて、ローザリンデはそう笑った。

 ……。

 たしかに、フィーネだってまったく気が付いていないわけでは無かったのだ。人や動物の転変は精感の異常からおこる。それを調整できるフィーネの力は魔物化した人間や動物を元にもどせるのではないかと。

 それに、カミルは言ったのだ。彼は私が救ったのだと、つまりは救える力がある。そして、彼の家名はエーデルシュタイン、つまりは王家だ。

 昔、王家には、第一王子であるハンスの他に、妃が最後に残した第二王子がいた。

 しかし、生まれてすぐにその彼は、病死したことになっている。彼は、認めて欲しかった、とそうフィーネに言ったのだ。人ではないしかし人ではあった。

 病死とはいっても、その病とは精感に関することであり、彼は魔物に転変してしまった人間なのだろう。魔物化とはフィーネが出会ったグリズリーのように、凶暴かつ攻撃性の強いものだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

私の幼馴染の方がすごいんですが…。〜虐められた私を溺愛する3人の復讐劇〜

めろめろす
恋愛
片田舎から村を救うために都会の学校にやってきたエールカ・モキュル。国のエリートたちが集う学校で、エールカは学校のエリートたちに目を付けられる。見た目が整っている王子たちに自分達の美貌や魔法の腕を自慢されるもの 「いや、私の幼馴染の方がすごいので…。」 と本音をポロリ。  その日から片田舎にそんな人たちがいるものかと馬鹿にされ嘘つきよばわりされいじめが始まってしまう。 その後、問題を起こし退学処分となったエールカを迎えにきたのは、とんでもない美形の男で…。 「俺たちの幼馴染がお世話になったようで?」 幼馴染たちの復讐が始まる。 カクヨムにも掲載中。 HOTランキング10位ありがとうございます(9/10)

処理中です...