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精霊王 5
しおりを挟む気軽に出発したはいいものの、アメルハウザーの領地も、ディースブルクの領地も広大であり途中にある中小領地を抜けて進んでいくと、到着するの頃には夕暮れを過ぎて、日が沈んでしまっていた。
そんな中、アメルハウザー公爵邸の近くを通っている小道に馬をつないで、フォルクハルトは正面入口ではない場所から、お屋敷の方へと進んでいった。
お屋敷の周りはぐるりと囲むように樹々が生い茂っていて、パンプスで歩くのが大変だった。
もうすでに薄暗闇であり夜目の利かないフィーネは足元の木の根にひっかり何度も転びそうになった。しかし、そんなノロノロと歩くフィーネに、フォルクハルトが手を取って軽く支えてくれたので幾分歩きやすくなって、とことこと林を抜けていった。
こんな場所から入って、あの高貴な人物に会えるのかと、フィーネはフォルクハルトを正直疑っていた。
なにやら見通しも甘そうだし、本当にこの人についていって大丈夫なのかと心配になった。
それでもここまで来たのだからと覚悟を決めてフォルクハルトに手を引かれて歩いていくと、アメルハウザー邸の来客用ではないプライベートな花園にたどりついた。
色とりどりの花が美しく咲きほこり、しかしそれらはすべて作り物のように完璧でどこか現実離れしていた。今の時期はハウスでなければ咲いていないような花がたくさん立ち並び、フィーネたちが入ってきた小さな小道を除いては、半円状に花壇が広がっている。
その中心には、つくりの凝ったガゼボがあり、小さなランタンしか置いていないというのに、暗闇の中でも目立つ少女の姿が映った。
……あれが、ローザリンデ様……。
夜闇によく映える美しい銀髪の髪は、どこか人間らしさが無く、すっと通った鼻筋に彼女の気高さを感じさせる鋭い瞳。
これほど暗いというのに、フィーネは彼女と目が合った気がして、ごくっと息を飲んだ。その場でお辞儀をして、何故だか緊張してしまうのを押し殺しつつ歩いていく。
そんな、フィーネの心など露知らず、フォルクハルトは、腕を目いっぱい振って久しぶりに会ってもらえたフィアンセに突っ込んでいった。
「ローザァ!!」
ぱあっと明るい笑顔を浮かべてフォルクハルトが走っていくのをフィーネは、驚きながら見やって、それから自分のそのあとを少し小走りで追った。
フォルクハルトはフィーネにとって、言動は普通ではないし、腕っぷしはたつし、しかしどこか擦れているというか、底のしれない人物だと思っていたのだ。
しかし今の笑顔はどうだろう。まるで純粋な子供だ。駆け寄ってガゼボ内に入っていく彼を追いかけていく。
フォルクハルトは、ガゼボに取り付けられている、ベンチで優雅にくつろいでいるローザリンデに全身全霊で抱き着いた。
「会いたかったっ、ずっと俺の事を放置して、ずっと寂しかったんだ」
「……」
「こうして会ってくれたって事は俺のこと婿にもらってくれる決心がついたっていう事だろ~?うれしいっ、ローザ」
大きな男性に勢いそのまま抱き着かれたというのに、ローザリンデはびくともしなかった。不動である。美しい銀髪がフォルクハルトに無造作に抱きしめられて少し肩から落ちるぐらいで、抱きしめられたままフィーネの事を見る。
「ああ~、嬉しい。このままだと君の家に強襲するところだったんだから、いい加減に俺のことあまり放っていると、ローザの家族み~んな殺しちゃう」
「……」
ふと、ローザリンデは自分に縋りつくようにして抱き着いている男に視線を落とした。そして口説き文句なのか何なのかよくわからない言葉にフィーネは心底、引いた。
フォルクハルトの目は、先程は子供のようだったのに、今ではすっかり夜の色と同じに真っ黒になっていて、男性にしては白い肌を喜びに染めている。
「ローザの事ももう俺から姿を隠せないぐらい嬲って、一生を奪ってしまいたいと思っていたんだ」
「……」
「黙っているってことは肯定と思っていい?君がいいっていうなら俺、なんでもやっちゃうけど~問題ないって事??」
うっとりと笑うフォルクハルトにローザリンデは、冷たい視線を向けて、それから口を開く。
「うっとおしい」
「えっ、せっかく会えたのに、ローザ」
「お黙り。いい加減にしなければ、この場からお前だけはじき出すことになりますわよ」
「そんな、俺せっかく君に会いに来たのに、酷い」
「わたくしに、逆らうのなら仕方ないわ」
そう言って未だに縋りつく大きなフォルクハルトに、なにやら緩慢な動きで手をかざす、しかし、その瞬間にフォルクハルトは、ばっと飛びのいて、両膝をついて彼女の前にひざまずいた。
「わかった!わかった!ローザの気分を害したりしない、俺、君を愛しているしっ。それに、今日は当たりを引いたからここまで通してくれたんだろう?褒めてくれよ」
「……」
手ひのらを返したように従順になるフォルクハルトに、ローザリンデは、鋭い視線を変えないまま、フィーネに視線を戻した。
それが、彼らの間での許しの合図になっていたようで、フォルクハルトはぱあっと表情を明るくして、跪いたまま彼女の場による。そうすると、ローザリンデは、慣れているかのようにフォルクハルトの真っ黒な髪に片手を置いて撫でるでもなく、そのままフィーネの方を見て喋りだす。
「あんがい早かったのね、忘れ形見。……この駄犬も飼っている価値があったわ」
机に置かれているランタンに隠れてフォルクハルトの表情は見えなかったが、悦んでそうしていることは簡単に想像できてフィーネは、一連の流れを見ていて流石にすぐに、かしこまった態度をとれるほど落ち着いていられなかった。
びっくりどころか、怖いまであった。何故そんなことになっているのか、確かに男性が、美しい女性に弱いのはわかる。彼女は美しいし、暗闇にたたずむ姿は女神か何かだと勘違いしてもおかしくないほどであった。
しかし、断じて、そんな風に飛びついたり跪いたりは大人の男の人がやることではない。
というか貴族だろう。この人も、一応は。
そのことにが気になって仕方がないのに、ローザリンデはまったく普通のように会話を始めようとしている。
……こ、ここは、我慢よ。フィーネ、ちょっと可笑しな人ぐらいざらにいるものなのよ、動揺してはダメ!
何とか自分を叱咤して、いつもの笑みを張り付けて、目上の人にする挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ローザリンデ様、わたしは━━━
「仰々しい挨拶は結構。わたくしたちの間にそういうものは不要でしてよ。……それにこのような時間の訪問です、そんなことをするのなんて滑稽だわ」
さえぎられて、フィーネは納得せざるおえなかった。その通りとうなずいて「かけてちょうだいな」というローザリンデに従って、彼女からテーブルを挟んで反対側にある、椅子に腰かけた。
「お前はいつかわたくしのところに来るとわかっていたわ、忘れ形見。さあ、わたくしたちの責務を果たしましょう?」
「…………」
ローザリンデはフォルクハルトの頭をポンと叩いたそうすると彼は、もう終わりなのかと寂しそうにしながら立ち上がって、それでも彼女を視界に収めていたいらしく、ガゼボの柱に寄りかかって、じっとローザリンデの事を見ていた。
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