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暴走 3
しおりを挟む「本日はこのあたりで失礼いたします。ローベルト様、エリーゼ様」
「ローベルトお父さま、エリーゼお母さまおやすみなさい」
晩餐会が終わった後、フィーネとヴィリーは二人そろって席をたった。久しぶりに戻ってきたアルノーの事を考えてか、早めに席をたつ二人に続いて、王都の情勢を報告していたアルノーも椅子を引いてローベルトとエリーゼに視線を移した。
「俺も今日はこのあたりで失礼する、フィアンセと積もる話もあるしな」
「そうするといい。久々の再開だろう、我々の事は気にせず過ごしなさい」
「おやすみなさい、三人とも、また明日」
気を使ってそんなことをいう父に、朗らかに笑みを見せる母。こんな光景も珍しいと思いながら、自分達の別邸へと戻る二人の後を歩く。
ダイニングを出るまで穏やかに笑顔を見せる両親にアルノーは、なんとも言えない気持ちになっていた。
前を歩いているのは恋焦がれたフィアンセだ。自分の家族とうまくやってくれるのはとても良い事のはずであるのに、素直に喜ぶこともできない。
……出来すぎているとでも言い表そうか。
そう感じるのも流石に無理はなかった。
まず第一に、アルノーの記憶では父と母はそれほど仲良くない。夕食の場での口論なんてざらにあるし、なんなら母が別邸に移った理由だって、不仲が原因である。
しかし、今日は二人とも気持ちよく話し、お互いの事を理解しているようだった。
それがうまくいっている理由として、フィーネが父と母の間をさりげなく取り持つような発言をするのだ。
父は合理主義者であり、仕事ができない人間を見下す節がある。一方母は、ときおり感情的にもなるし、合理的とは言えない提案をして父を呆れさせることがままあった。
アルノーもそのことには面倒だと多少感じていた、そう思えば思うほど母は怒りやすくなっていたようにも思う。その母の性分をフィーネは上手い事、父に伝わりやすい合理的な言葉使いで説明する。母も味方が増えて父にも感情的な面が理解されると、うっぷんがたまらない。
フィーネが心根の優しい女性だという事は知っていたが、ここまで他人に取り入るのがうまい人間だとは思っていなかった。
それが王妃として施された教育のたまものなのか、もしくは心を読んだ時のような圧倒的な思考力によってなされている彼女の性質なのかは分からないが、とにかく出来すぎている。
「フィーネ姉さまはこの後、アルノー兄さまと何をするのですか?」
「そうね、アルノー様の魔物の討伐話を聞いたり、星空を眺めたりするのだと思うわ」
星空を眺めるなんて、そんなロマンチックなことをしたいのかとアルノーはボンヤリ思った。彼女がしたいのなら、やぶさかではないが子供の夢を壊さないようにわざわざそういうことを言っているだけなのだろうと、そのヴィリーに向ける柔らかいまなざしを見て理解ができた。
「と、討伐……魔物……」
しかし、弟のヴィリーはロマンチックな恋人同士の夜よりも、現役の精霊騎士であるアルノーの語る討伐談の方が興味をそそられるようでフィーネと手をつないでとことこ歩きながらちらっとアルノーの方をうかがった。
にこりともせずにヴィリーと目を合わせるとヴィリーはすぐにぱっとフィーネの方に視線を戻して、子犬のように彼女に視線を送るのだった。
「ふふっ、どうしたの?」
フィーネに心配されてヴィリーは屈託のない笑顔を彼女に向けた。きゅっと手を握りながら。
そのヴィリーの行動にアルノーは若干イラつきを感じながら、ただでさえ鋭い目つきをもっと鋭くして弟を見やった。
……貴様、俺には懐かないじゃないか。
実の兄であるアルノーがどれだけ剣術を叩き込んでやったって、反発したり、ふてくされたりして距離を置いてくるくせに、なぜかフィーネには、実の兄弟のように接している。
それにも出来すぎていると思うし、単純にまだ手もつないだことだってないのに幼い弟に先を越されたことが、大人げないとわかっていても看過できない問題だった。
「べ、別に何でもない!それより今度はいつ来てくれるのですか?」
「……あら、ヴィリーそれは、ナイショの話ではなかった?」
「あっ」
ヴィリーはフィーネの言葉に口を覆って、ぱっとアルノーを見る。
ひくっと頬が引きつって、ナイショの話とやらを問い詰めて洗いざらい吐かせてやろうかと、小さな弟にとんでもないことを考えた。
「また、今度は別の方法で連絡するわ。見逃さないようにしてね」
そう言い含めるフィーネは今回はどんな、秘密の手紙を送ろうかと考えた。別に普通に伝えたってエリーゼには了解を取っているのだから何の問題のない普通のお茶会なのだが、密会と言っている以上は、それらしい方が楽しいだろうというフィーネなりの遊び心だ。
それと同時に、大人になった時に秘密のやり取りがしたいときの暗号文書や特殊なインクを使ったやり取りなんかにも興味を持ってくれたら、息抜きと勉強もできて一石二鳥という面白作戦だ。
ちなみに、前のお茶会の誘いは、あぶり出しを使った日時指定だった。もちろん、ヴィリーが見落とさないように、家庭教師にそれとなくその知識を伝えてもらうという配慮まで欠かしてはいなかった。
そのおかげで面白いし、息抜きをさせてくれるし、お菓子もくれて優しい姉さまという最強の姉という人物像が完成していて、それはもうべったり懐いていた。
「わかった!僕頑張って、フィーネ姉さまに会えるようにします」
「そのいきね」
二人の会話が終わるころに丁度短い外廊下が終わり、ヴィリーは名残惜しそうにフィーネに抱き着いた。
「おやすみなさいっ」
「おやすみ」
フィーネはヴィリーの頭を撫でて、にっこり笑う。それからヴィリーはさすがに実兄の事を無視するのは良くないと思ったのか、フィーネから離れてから、じっと兄の事を見て若干テンションの落ちた声で「アルノー兄さまもおやすみなさい」と、口にした。それにアルノーはぶっきらぼうに「ああ」とだけ答えて、自分の別館に戻っていくヴィリーを見送った。
「……私たちも、戻りますか。アルノー様」
振り返ってフィーネは、アルノーにも笑みを向けていう。その笑顔はヴィリーに向けられるものと、ほんの少しだけ違うように思えたが、フィーネが笑顔でこちらに声を掛けているというだけで、どうしようもない気持ちが胸からあふれてくるようで、ヴィリーに対するイラつきも霧散してしまうのだった。
フィーネのために整えた屋敷へと戻ると、フィーネは何食わぬ顔で、アルノーに「後でお部屋に伺います」と言うのだった。
それに、アルノーどころかフィーネの側仕えの赤毛の姉妹も、侍女頭のアデーレも驚いていて、同時にアルノーにぐっと熱意の籠った視線を送ってくるのだった。
そんなに期待された視線を送られても困ると思いながらアルノーは湯浴みをしてそわそわとフィーネの事を待った。少しだけワインを飲んで、ついでにフィーネがつまめるような適当なお菓子でも用意するように使用人に言いつけた。
しかし、フィーネはこない。ヴィリーには魔物の討伐話をしたり星を眺めたりするのだと言っていたのに、いっこうに来ない。
いつになるのかそわそわしている時間は長く感じて、同時にこの程度で浮ついている男など、甲斐性のかけらもないと思われるかもしれないと普段はセーブしているアルコールを流し込んだ。
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