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新しい居場所 4
しおりを挟むフィーネをドレッサーに移動させると彼女は書いていたと言っていた紙束を持ってくるように要求し、すらすらとまた何やら文字を足して紙を追加していく。
「レナーテ……えっと、私のお部屋から、アイメイク用のグリッターを持って来てください」
「分かりました、姉さん」
髪結いを終えると軽くお化粧するために、あらかじめ備え付けられている、お化粧品たちを引き出しからだして、足りないものをレナーテに頼む。するとフィーネが少し視線を上げて、鏡越しにエレナを見た。
「ど、どうかされましたか?」
「……貴方がお姉さんだったのですか」
驚いたようにそう言うフィーネの表情は、どこか普通の彼女の笑顔よりも親近感がわくようで、それと同時にいつも勘違いされるようにレナーテの妹だと思われていたのだろうと気が付いて笑った。
「そうなんです。よく間違えられるんです、私たち」
「なるほど、人は見かけによりませんね……あ、悪い意味ではありませんよ」
特にそんな風に受け取ってはいなかったのだが、フィーネの訂正ににっこり笑ってエレナはまったく気にしていないとわかってもらうために言った。
「……フィ、フィーネ様もおっとりなさっているように見えてとても、利発な方なのですね」
お化粧をされながら片目ずつ瞑って、なにか書き物をしているフィーネがとても器用だと思ったからの発言だった。
しかし、誉め言葉であったにも関わらずフィーネは、少し気落ちしたような顔をして、またエレナの事を見上げた。
「それ以外に家系の力しか取り柄のないような人間ですから」
それは、単純に自らを卑下している言葉であり、エレナはそんなことないと思った。少なくとも、貴族なのに横暴にふるまったりしない点は良い所だし、女性としてもメイクのし甲斐がある整った顔つきをしていると思う。
「気に入られようと思っても、これ以外方法がわからないんです。つまらないと思われてしまわまいようにしなければ、なんとか有用性を示さなければ……でなければアルノー様の顔が立たない」
言い募る彼女の目には、なにか仕事を得ようとしたり自分に徳があるように物事を動かそうとする野望がまったくなく、むしろ、捨てられるのを怖がる子犬のようだと、不敬だとわかっていても、エレナは感じてじっとフィーネを見た。
そのエレナが驚いたわずかな合間に、フィーネは感情の読み取れない笑顔にすぐに戻って演技じみた表情で、すぐに取り繕う。
「ごめんなさい。少し卑屈になりすぎたわ、こんなではだめね、もっとしっかりしないと」
「お待たせしました姉さん。フィーネお嬢様」
レナーテが戻ってきて、その手の中にある、エレナの秘蔵のお化粧品たちを受け取って、張り付けた笑みを浮かべているフィーネの肩を両手でポンっと軽くたたいた。
「っ、?」
驚いて固まるフィーネにエレナは自信げな笑みを浮かべた。
「フィーネお嬢様、リラックス……リラックスなさってください。この屋敷の者は、お嬢様の味方です。奥方様もご当主様もきっとお嬢様の事を簡単に決めつけるような方ではありません。きちんと人格を見て判断してくださると思います……と、言っても緊張はするのだと、お、思うので、見ているだけでも華やかになるよう、仕上げます」
「……た、確かにそれならどんなに私がつまらなくても場が持ちそうだけど、そ、そんな初対面で騙すようなことをしていいのかしら?」
「騙す……ですか」
「後から話が違うと言われるのではないかしら?」
エレナは不思議だった。今まで美しく着飾ることをそんな風にいう女性を見たことがなかった。だって、元の顔つきや華やかさなんて自分ではどうしようもない、それを相手が望むから変えて楽しませようとしている行為なのに、そんな風な言い分を女性の側が心配するなんて不思議以外の何物でもなかった。
「そ、そう言われると、どうなるのですか?」
「……解雇、されるのでは?もしくは返品?とにかく契約不履行になると思うのよね」
「では、止めておきますか?」
「いいえ、よく考えてみれば普通にみんなやっていることだから駄目なわけないのよ。少し考えすぎたみたい。ごめんなさい変なことばかり言って」
「い、いいえ。全然」
「お願いします。できるだけ、その、気に入られやすいように、してほしいわ」
今までの会話をベットを整えながら聞いていたレナーテとメイクをしているエレナは、同じタイミングで顔を上げて、視線を交わした。目線を伏せてアイメイクがしやすいようにしているフィーネのことを見て瞬時に二人ともが思った。
……フィーネお嬢様は、少し変わっているのですね。
「はい、悦んで」
けれども、まったく嫌な気持ちではなかった、むしろ、こういう人なのだと思えば不器用ながらもこの領地の事を考えて、ちゃんとアルノーの伴侶になるべくやってきたのだと、確信が持てた。
そうとなれば話は早い、彼女が過ごしやすいようにこの場を整え、そして誠心誠意仕えるのだ。
覚悟が決まって、エレナは、長年、女主人に仕えた時のためにと磨いていたメイクの腕を振るうのだった。
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