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新しい居場所 3
しおりを挟む深夜のうちの呼び出しは無く、朝食の準備ができたころに部屋へと入ると、部屋着のまま、フィーネはぼんやりとテーブルに置いてある彼女が持ち込んだ花瓶に生けられている花を眺めていた。
昨日と同様に思いつめているような表情で。
「おはようございます、お嬢様。早起きなのですね」
「お、おはようございますっ」
エレナたちが声を掛けるとフィーネは途端に、穏やかな笑顔を浮かべて、彼女たちの方へと視線を向けて挨拶を返すのだった。
「おはようございます。……今日、アルノー様のお父さまやお母さまにお目通りすると思うとどうにも落ち着かず、目が覚めてしまいました」
緊張してしまうことが恥ずかしいとばかりにフィーネは、視線を伏せる。そんな姿に、そうか、緊張をしているのかと誰だって初めて夫の両親に挨拶するときには、そうなるものだとなんだか少し親近感がわいた。
「奥様も、ご当主様もとても人柄の良い方々です。お会いになったことはありませんか?」
レナーテがそう聞き、フィーネはまた困ったように笑顔を浮かべつつ頭を振った。どうやらそういう事らしく、それなら側仕えとしてのエレナの出番だとエレナはここぞとばかりに、にっこり笑顔を作って、フィーネの手を取る。
「で、では、フィーネ様、沢山着飾って、気品ある令嬢だとアピールいたしましょう!どのような髪結いにするか、食事をとりながら決めましょう。まだまだ時間はありますから」
フィーネはエレナの事を気の弱い妹だと思っていたので、提案されて少し驚いたが、すぐに昨日は調子が出せなかっただけで、この人も普通に側仕えとして仕事のできる人なのだろうと考えを改めた。
しかし、エレナの言ったことに同意しようとして、あ、と気が付く。
「そ、その。私としたことが、あまり良いドレスも、装飾品も持っていないのですけど、昨日のうちにどうするか話し合っておかなければならなかったのに……失念していました」
しょんぼりとしながらフィーネがそう言った。しかしそれについては既に解決済みだったので、エレナはレナーテに視線を送る。そうするとレナーテは部屋に備え付けられている衣装棚へと向かい、静かに開く。
「……ドレスや装飾品であれば、アルノー様がある程度そろえておりますので何の心配も誤差いません、お嬢様」
開かれた衣装棚の中にはたくさんの種類のドレスが収められており、それを見たフィーネはパチパチと瞬きした。エレナは、フィーネがどんな顔をして喜ぶのだろうと朗らかな気持ちで彼女を見つめていた。
だってそうだろう普通は喜ぶはずだ、きちんとした採寸が必要なオートクチュールのドレスはこれから用意するとしても、こうして、贅を尽くされた贈り物をされれば、いかに結婚に乗り気ではない令嬢でもほだされるものだ。
「……、……素晴らしいですね。アルノー様にお礼の手紙を書かなければ」
「ええ、そうしてくださいませ」
「……」
フィーネの完璧なまでの笑顔に、レナーテはまるで何の違和感もないとばかりにそう答えて、朝食の支度をする。
しかし、エレナはなにかおかしいなと長年、務めてきた侍女の勘が働いて、彼女と対話をしてみようと考えた。
「……し、しかしフィーネ様は、とても行動が早いのですね。もう少しこの屋敷でゆっくりと過ごして、様々なものをそろえてから挨拶に向かっても悪くないのではありませんか?」
決して嫌味にならないように、エレナは気をつけつつもそんな風に口にする。それにフィーネは、少し考えてから眉を困らせた。
「普通はそうなのかもしれないけれど、多分、私の場合は違うと思うのよ。それにやっぱり、あまり私は、普通の令嬢とは考え方が違ってきてしまっていますから」
「……と、言いますと?」
「……アルノー様のご両親に挨拶に行くために、エレナから言われるまで着飾ろうなんて微塵も考えていなかったんです。それよりも何かしら提案できるように色々と書いていました。それで十分準備が整ったと勘違いしていたので……本当にアルノー様の気遣いには感謝ですね」
美しいドレスを選びながら、フィーネはそんな風に言う。やはり彼女は、わが主であるアルノー様の伴侶となることよりも、お仕事の方を重要に思っているのかもしれないと思う。
ドレスを選び終えて、それをフィーネに二人掛かりで着せて、あの地味な色のドレスを着ているよりもこちらの落ち着いたワイン色のドレスの方がずっと似合う彼女に少しだけ驚いた。
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