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新しい居場所 2

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 アルノーの正妻として迎えられる令嬢が、ついにこのディースブルク辺境伯邸にやってくるのだと聞いた時はエレナは心が躍る気持ちになった。

 なぜなら、アルノーはこのまま妻を迎えることもなく、爵位は継承しても、子は成さずに、弟であるヴィリーの子供を養子に入れて継承させるのではないかという噂が立っていたからだ。

 それに、若く美しく良い血筋の女性ほど早くに婚約して、次々に結婚してしまう。今からアルノーがフィアンセを見つけるとなると、一回り、もしくは二回りほど歳の離れた子供との婚約になってしまう。

 しかしそういったことを、する方ではないのも屋敷の皆が知っているし、かといって、家格の下の相手を適当に選ぶようなこともしない。それにそもそも女性嫌いと貴族の中では有名らしく、我らが主にエレナは長い間、落胆していた。

 妹のレナーテはそんなアルノーに一切の希望を持つのをやめて、もうなんでもいいとばかりに仕事に邁進し、侍女としての立場の向上に努めていた。

 けれども唐突に告げられて、唐突にやってきた、フィーネという令嬢、歳の差もアルノーと申し分ない、家柄も悪くない、むしろディースブルクにとって喉から手が出るほど欲しい力を持っているとかいないとか。

 貴族の問題は難しくてエレナにはわからなかったが、とにかくなんでもよい。令嬢が、アルノーの妻が来たのならばそれで。

 だいだい、ディースブルク辺境伯家の使用人として代々仕えてきた家系の女として生まれついてから、歳の近い女性主人をずっと夢見ていたのだ。どんなに横暴で、どんなに問題のある方であったとしても、生涯をかけて立派なご婦人へと育て上げるのだと息を巻いていた。

 そして運よく側仕えへと抜擢されたのだった。それも妹のレナーテと一緒に。

 なんという幸運、なんという運命。エレナは待ち焦がれた令嬢に感激しすぎるあまり、緊張が先に出て、今日はあまり上手く動けなかった。

 明日は朝から、フィーネの身支度を手伝い、朝食を出し、それから屋敷での予定に付き添うのだ。夢にまで見た仕事だ。フィーネの部屋の隣にある、使用人用の控室でエレナはいつ呼び出されてもいいように、椅子に座りながら、明日の仕事を妄想しつつ、待機していた。

「姉さん。交代の時間です。仮眠をとってください」

 背後から声がして、先に眠っていたレナーテが少し眠たそうにしながら、髪を纏めている。

「も、もう少し眠っていても良いですよ?レナーテ、私今日は全然眠くならないと思いますから」
「……」

 ただでさえ、嬉しさから多幸感に包まれているエレナは、目がギンギンに冴えていて眠れそうになかったのでそんな風に妹に言った。そうするとレナーテは昼間と同様に視線を厳しくしてエレナのことを見る。

「姉さん。貴方という人は、本当に簡単な人ですね」
「そ、そうですかね」
「ええ、そうですよ。……姉さんはフィーネお嬢様をどう思いますか?」

 レナーテは、エレナの向かいに座りながら、髪をきっちりまとめ終えて、エレナの事を見据えた。他の人から見れば、レナーテのこの厳しい目線はエレナの事を軽蔑しているように映るのかもしれないが、エレナにだけはそうではないとはわかる。

 これは、純朴な姉を守ろうとする心配の目線なのだ。

「ど、どうと言われてもまだわかりません。しいて言うなら、落ち着いた方という印象ですかね」
「確かに、とても大人っぽいというか、そうですね。しかし姉さん。私は、思いますよ、だって流石におかしくないですか、こんないきなり使用人もつれずにやってきて、あんなに少ない荷物……」

 ……それは……私も気になっていましたけれど……。

 改めて指摘されると、フィーネが普通の令嬢ではないことは確かだった。しかし、そもそもアルノーが普通に婚約できない状況にあったのだから、訳ありの相手が来るのだってしょうがないとは思う。
 
 そのあたりはエレナだって、気になってはいるけれども、目をつむるしかないと考えていた。

「普通の方ではないのではないですか?嫁ぎ先にきて、すぐにその家の経済状況と家系図を確認する令嬢がいますか? 普通は家具を自分の好みに変えたり屋敷の中を散策するものではないですか!」
「……それは……」
「フィーネお嬢様は本当にアルノー様と婚姻関係を結ぶつもりがあるのでしょうか……これでは、まるで王都から視察にくる事務官と同じではないですか」

 レナーテに言われて、視察と監査にやってくる王都勤めの貴族を思い浮かべて、ハッとした、そして確かに!と思ってしまった。だって彼、彼女らも礼儀正しく落ち着いている。けれども、ここに住まうつもりではないのでエレナやレナーテに興味を示さずに当たり障りなく接するのだった。

 そう考えてみるとフィーネと今のところ接してみた感じと大差ないような気がしてくる。

 この場所を住まいとして、二人の側仕えの一生の主人として過ごしてくれる気がフィーネにはないのではいかと思ってしまいそうだった。

「姉さん。きっと、フィーネお嬢様も同じなんです。何か訳ありのようですし、私たちが一番にお仕えする主にはなっていただけないのですよ」
「……レナーテ……」

 いつだって気丈にふるまう妹だったが、今回ばかりはレナーテも気落ちしているように見えて、エレナも悲しくなってしまった。けれども、それと同時に、私だけでも、なんとかお仕えして、ここに留まる心づもりを固めてはもらえないだろうかと今日会ったばかりのフィーネを思い浮かべた。

「レナーテの言いたいことは分かりました。で、でも、もう少しフィーネお嬢様にお仕えしてから判断しても良いと、私は思います」
「……期待した分、悲しい思いをするのは明白ではないですか、姉さん」
「それでもかまわないんです。……やっと、現れてくれたアルノー様のお相手なのですから」
「……わかりましたよ。……付き合います、姉さん」

 仕方なくそういう妹に、エレナは緩く微笑んで、そのくるくるとした赤毛を揺らした。



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