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謝罪 6
しおりを挟む『君はすでに助かる手立ても持ってるし、アルノーの事を頼るんでしょ。それならまあ、最低限、幸せにはなれそうだよね』
カミルの外見にばかり目がいってしまっていたが、頭を切り替えてフィーネは何の意図かわからないカミルの話について考えた。
提案書についても、アルノーを頼るつもりだというのもその通りであり、提案書が通らなかった場合に、ベティーナを見切るというもの、ただしい。しかしそれは、決して彼女のせいでそうなったと考えるからではない。
提案書が通らないのであれば、これから彼女を取り巻く環境が正常に機能し、問題を取り除ける力がない可能性がある。であれば、フィーネはこの屋敷にいて、デビュタントの日までにベティーナを何とか更生させることによって、将来の国を支えられる力を養わせるだけでは、到底賄えないと思うのだ。
しかし、その提案書が通るのであれば、まともな大人が働いている場であることがわかるだろう。
そうであればベティーナを変えることによって、次期国王であるハンスにまで影響を及ぼすことが可能だと思う。
これはそういう賭けであり、本当はフィーネだって後者であればいいと思っている、しかし現状、八割ぐらいの確率で前者になるのではないかと予想をしている。
『それなら、ここからは、君の問題で君の戦いになってる。僕はただ君を救いたかっただけなんだ。僕は……生きたいわけじゃない』
フィーネは心の中で同意した。しかしそれと当時に、マリアンネと同じだとカミルの事を思った。
……マリアンネも家族と認めることにこだわっていた、カミルは救うということにこだわっている。
中身のない、行為へのこだわりという類似点を見つけて、フィーネはマリアンネの時よりも早く考えて、早く結論を出した。
『だから僕はここで消えるよ。目的は果たしたし、僕はフィーネもマリーも大好きだけど。僕のことわかってくれないなら仕方ない』
「……」
そういう彼の認識をどんどんと阻害していく靄は広がって一瞬だけ彼の顔に、赤紫色の痣が目元から額の方にかけて広がっているのが見えた。
……。
痛くはないのかと、不安になって身を乗り出して向かいにいるカミルのその痣に触れた。触れた瞬間には消えて、いつもの綺麗な美しい少年の姿に戻る。
『何か見えた? フィーネ』
そうして触れた意味をカミル自身がわかっているらしく、そんな風に聞いてきた。見せられたのか、偶然なのかわからなかったが、ほんの少しだけ彼から向けられる敵意のようなものが悲しくて、けれどもそんな程度でひるむつもりもない。フィーネはそのままカミルの頭を撫でた。
「カミル。貴方は私を救い終わった。だからもう、貴方の意思にそぐわない私のそばからいなくなる」
カミルの柔らかな金髪を撫でて、片目をつむった瞼の上を親指で擦る。
「理屈はそれでいいとして、私は腑に落ちないわ。行動にはそれに伴う報酬があってしかるべきよ」
『……何が言いたいの?』
「私を救いたくて救ってくれたのでしょう?その先は?もちろん、私が貴方に返す順番」
『いらない』
「駄目よ。だってそうじゃないと、嬉しくないわ。ここから先の未来、貴方に救われてつながった先、貴方も共に幸せに暮らした、という結果が欲しいの」
『……理想が過ぎるよ』
「夢だって考えて実行しなければなしえないわ。それに、まだまだ相談に乗ってほしいこともあるのよ。花瓶を渡したい相手を探すこととか」
フィーネは自分の言っていることが傲慢な幸せの押し付けだということがわかっていた。しかし、望まなければできることなど一つもない。
偶然うまくいくわけなんてないのだ。だからそうする。カミルにたとえどんな事情があろうとも、彼はフィーネの前で一度だって死にたいとは言わなかった。
手遅れだとか、生きたいわけじゃないとは言うのに、死にたいのだとは一言も。
……だから、私は、カミルにとって仕方ないと思われたいの。仕方なく助けられたから、生きている。それでいい、それでもいいだから、カミルには生きてほしい。
きっと、フィーネが強引に救っても、生きたいわけじゃなくたって、生きていくことになるのだから、フィーネにとってはそっちの方がずっといい。
「だから、貴方にどれだけ拒絶されても私は望むし、必ず助ける」
……それでもどうしても生きていけないというのなら、それでもかまわない。どうあっても、結局は自分の事は自分が決めるのよ。
それがわかっているからフィーネは強く言った。
カミルは、そんな考えまで全部読んだ。やっぱりどう注意深く見ても魔法なしでは、フィーネの考えていることは分からなかったし、言っていることだけでは普段から思慮深い彼女らしくなかった。
だから全部読んで、面倒な思考の展開をしているな、とまた、しょうがない人を見るような気持になりながら、その暖かくて優しい手先に頬擦りをした。
それから彼女を言いくるめるのをあきらめて、仕方なく今は、体の方へと戻ることにした。
いつぶりだったか覚えていないが、きっととても痛むのではないかと思う。
体に靄がかかって、精神だけでできている今のカミルがパラパラと紙吹雪のように消え去っていく。
「っ、……」
フィーネと目を合わさずに、消えていく彼にフィーネはこんな小さな少年に行かないでと言いそうになった。
空気に溶けるように、カミルは霧散して、手に残っている彼の感覚を忘れないうちにぎゅっとこぶしを握った。
……前の私の記憶を思い出してから、ずっとそばにいてくれたものね。あれから、もう半年は経ったかしら。
記憶を手に入れて、急に一人ぼっちになったフィーネのそばにいて、しょっちゅう考えすぎるフィーネを理解して、分かってくれた存在。カミルがいなければやり直しを考え始めることすらできなかったのだと、フィーネは理解している。
最初の時も、魔物の時も、勉強会の時も、動き出すためにカミルは必要だった。
……それだけじゃない、何もかもを失っていた事を知ってしまった私に唯一あった存在。それにどれほど助けられたかは私が思っている以上なのでしょうね。
だって、私は強くなんてないもの。ただずっと王妃になるという与えられた夢の檻の中で、外を見ることをしなかった。だから独りぼっちで、前の記憶を知っただけでは絶対に、新しい未来を望んで生きていくために動くことなんてできなかったと思う。
こうして、行動を起こして望む未来を手に入れるために頑張れるのもすべてがカミルのおかげだった。
目標のなくなったフィーネに、それすら与えてくれた彼も、きっと幸せであるべきだ。
今日はバラの花が活けてある銀の花瓶をひとなでして、流水の紋に指を滑らせた。
この花瓶を渡す相手を考えるのはきっと、カミルも救って、フィーネの立場も安定して、すべてが解決した後だ。その時が早く来るようにフィーネは動くだけ。
……きっと迎えに行くわ。カミル。待っていて。
もうそこにカミルはいないのだとわかっていても、心の中で宣言してフィーネは、席を立った。
これからベティーナと交渉してこの提案書を提出しに行ってもらわなければならないし、事の次第によってはアルノーに世話になることを根回ししておかなければならない。
やることをリストアップしつつ、自らの部屋を出るのだった。
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