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謝罪 3

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「カミルは何も分かってない」
『なにが?はっきり言ってよ』
「……私は示したかった。今だってそう」

 軽くキスをしながら、マリアンネはカミルに言ってしまいたい思いがあるのに、それをドラマチックな言葉にすることがうまく出来なかった。

 本当は愛をささやきたいのに、触れるばっかりでマリアンネは感情のうまい示し方が分からない。

 マリアンネは確かに、違和感を持って力を使わない事にした。それを解消してくれるような血縁の存在にも、憧れと夢をもっていた。

 実際にそれは面白いことに特別な繋がりを持ってくれそうであった。

 それは嬉しい……けれどもフィーネは姉になってくれただけで、それ以上ではない。それに、そうなるつもりもない。フィーネはただ、聖職者に身分の落ちたマリアンネの事を嫌わず疎まず受け入れてくれた。

 ……だから、そうなる可能性だってあるはず。

 カミルを見る。彼は純粋であり、優しくもありマリアンネが唯一自由な感情を向けられる相手だった。

『ほんと、君ってさみしがりだね。何が言いたいのかよくわかんないけど、こんな恋人みたいなこと、良くないよ。フィーネにもべたべた抱き着いちゃってさ』
「……さみしがりだからこうして貴方との触れ合いを求めていると、本気で思ってる?」
『違うの?強がらなくてもいーって、僕らの仲じゃん』

 不器用にキスばかりするマリアンネの事をカミルは、両手を広げて抱きしめる。ぎゅうと抱き留められるのに、フィーネのような柔らかな人らしい匂いや、安心できる心音はしない。

 それは、とても虚しくて、カミルはここにはいない。彼の現実はいつだってずっとマリアンネなんかより悲しいもので、その事実がマリアンネの心をぐちゃぐちゃにするほどに苦しい事であった。

 そんなマリアンネの気持ちを、カミルは魔法も使えてこんなに近くにいるのに気が付かない。カミルは誰にでもマリアンネがこうして甘えただと思っているが、そんなわけもなかった。

 今まであえて口にしてこなかった事の一つであり、これもまた言うのが難しかったが、カミルに抱きしめられながら、口を開く。

「私、キスしたことあるのは貴方だけ」
『そんなことないでしょ』
「本当に。そうなの。ねえ、カミル」

 言わなければ、マリアンネがどんなに想ったってカミルには伝わらない。人の感情の機微に特段鈍い人ではないのだが、マリアンネも必要なことをまったく口にしない、そんな状況だからこそ、今までずっとカミルは勘違いしてしまっていた。
 
 変えなければ、伝えなければ。

 強く思って、けれども情に訴えるとか、相手の気持ちを動かす言い方だとかがやっぱり思い浮かばなくて、いつも通りに普通の顔で普通の声音で、マリアンネを抱きしめるカミルの手を取った。ぎゅっと包み込んで、真剣にカミルを見つめる。

 暗闇の中で淡く光るカミルは神秘的で、とても人らしく思えない。マリアンネはそれがやっぱりとても悲しくて、彼が人に戻ったら、自分から彼がどこにもいかないように強く抱きしめるのにと叶わぬ事を願う。

「……フィーネは、私の事を認めてくれた。フィーネは私のお姉ちゃんになってくれた」
『そうだね……さっきの話の続き?』

 聞かれてこくんと頷く、カミルは、珍しく話を逸らしたり堂々巡りの事を言うマリアンネに、よほど言いづらいことがあるのだろうと察して、できるだけ話をさえぎらないように、促した。

「お姉ちゃんは……私の存在を認めてくれた」
『うん……?』
「認めてくれた。カミル……」

 きちんと聞こうとしているのにマリアンネの言いたいことがわからない。それは知っているし見ていた。良かったと思う。しかし、ここまで何度も繰り返すということは別の意味があるように思えて、それは少し考えると、もしかしてと思い当たることがあった。

『……僕に、言ってるんだ』
「そう。カミルに言ってる。私は認めてもらえた。カミル……」

 それ以上の確定的な言葉を紡がないマリアンネの心を今だけ読んだ。これ以上の事を彼女が言うのは難しそうだったから。

『認めて、貰えた。だから……きっと、きっとカミルも、生きることができる可能性になると、思う』

 強くマリアンネの手がカミルの手を握る。心の言葉をカミルが読んだのをマリアンネは理解していたのか、将又、していなかったのか。どちらかカミルには分からないまま、マリアンネはその手の力を緩めて、「えへ」と困ったように笑った。

「認めてもらえたんだよ。……でもそれだけじゃ、生きる理由にはならない。えっとほら。私はさみしがりだから、さ」

 先ほど自分自身で否定した言葉を使ってカミルに言う。

「……カミル、今回も死ぬんでしょ、私も一緒にいく」
『……』
「カミルが残るなら私もこのる」

 核心的なことをすべて飲み込んでマリアンネは小さく笑った。それからもう一度、カミルに「でも、認めてもらえたの」といって、身を引いて離れていく。

 ……話したことあったんだっけ、マリーにも。

 フィーネには最近言った気がするが、マリアンネとは付き合いも長い。どこかで伝えていてもおかしくない。カミルの望みは認められることだと、カミルの正体を知っているマリアンネはより的確に、カミルの望みを体現して見せた。

 ......認められたから、か。……マリーって僕のこと……。

 そこから先を認めるのは、何故か難しく思えて、カミルは思考を打ち切った。

 今まで、まるでそんなつもりだとは気が付かなかったし、こんな実態が存在しないような人間のなにを好意的に思ったのかわからなかったが、驚いたのと同時に、可哀想なことをしているのは、マリアンネをいじめているのは自分自身だと気が付いた。

 しかし、だからと言って、何も言われてはいない。マリアンネはただ、姉に認めてもらえたけれども、それでも生きる理由は無いのだからカミルについてくるといっただけだ。

 なにも明確にはしていない。それはきっと、マリアンネの押し付けたくないという優しさでもあったが、人と関わることの多くないマリアンネの唯一想った人に対する臆病でもあった。

 それをカミルはわかったけれど、無意識のうちに押し流して、目をつむった。もう二度とフィーネに執着した理由など聞くことは無い。

 何故かカミルに背を向けて、膝を抱いて小さくなっているマリアンネの背中に手を触れた。

『ごめんね、マリー』

 会話の上では、カミルも残るなら私も残るといった、マリアンネに対する、今回も生きる気はないカミルの死ぬことに付き合わせることになるという謝罪だった。

 しかし、心情では、彼女の気持ちに目をつむる事に対することや、その気持ちに応えてあげられない事、それにきっとマリアンネが成せたと示したことでも、自分ができる気がしないという臆病に対するたくさんの意味の籠った謝罪だった。

「……」

 少しの沈黙の後、マリアンネは、純白のドレスに一滴だけ大粒の涙をこぼしながら、声が震えないように細心の注意をして「いいよ」と答えるのだった。

 カミルはそのまま姿を消して、マリアンネは一人残ってもう泣くことすらせずに、テーブルに置いてある自殺用のナイフをドレスのリボンに忍ばせるのだった。



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